異界都市日記3
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「エンジェルスケイル、ですか……また物騒なのが出回ってますねぇ……」
「本当に何にも聞いてなかったんだな」
「ぅ……すいません……」
呆れたようなため息をつかれ、結理は謝りながら視線を逸らせた。元々相手はこちらを見ているわけもないのだが、気分の問題だ。結理は現在スティーブンと共に彼の運転する車で移動中で、目的地に向かう道中にて先程事務所でされていた話を聞きながら、資料に目を通している。
「こんなのが『門』を超えて外にまで蔓延したら、ジャンキーであふれて危ない……だけじゃ済まなくなりますよね」
「ああ。現物だけでも十分脅威だが、もしも精製法まで出るようになったら、下手をしたら外の戦争の形が変わるだろう」
「第四次大戦は石と棒で殴り合うだろうが現実になりますね。意味合い全然違いますけど」
「……そういう皮肉は君がいた『世界』でもあったのか」
「まあ……種族的な何やかんや以外は『こっち』の日本……てゆうか世界とほぼ同じでしたから。流石にHLはありませんでしたけど、歴代の大統領とか同じ人いますし」
会話をしながら資料を眺めていた結理は、半分ほどめくった紙束を閉じると顔をしかめて天井を見上げ、大きく息を吐いた。
「どうした?」
「下向いてたら酔いました……」
「ええ…!?」
「そういえば、前から気になってたんですけど、何で情報収集の時ってわたしが一緒に行くんですか?」
「君を連れてくとウケがいいのがいるんだ」
「……納得しました」
何人か心当たりの顔が思い浮かび、小さく苦笑を漏らす。情報収集の際はスティーブンと同行することが多く、その時に彼の馴染みの情報屋と顔を合わせるのだが、行った先では相手によって様々な視線を向けられる。その中でも特に、十代半ばの容姿の自分に向けるには少々熱烈な視線には色々な意味で緊張する。だがそれでスムーズに情報が得られるのなら十分に安い。
「何か掴めるといいですねえ……」
希望的観測の意味合いの強いため息をついて、結理は窓の外に目をやった。
それから各々で情報収集を行ったものの、エンジェルスケイルに関する情報は何処からも出てくることはなかった。入る情報と言えば既に摂取した者が暴れ出すといった事後報告のようなものばかりで、そこから流出ルートを辿っても必ずぷっつりと途絶えてしまう。
空振りばかりの結果に、流石の面々も疲労の色が勝り始めた。
「…相当深い場所で事が動いているな」
今日も手掛かりが全くと言っていいほど掴めず、スティーブンは疲れの色を隠さずにソファに座り込んだ。向かいのソファに体重を預けているレオとザップも似たような状態で、結理#に至ってはソファの一つを陣取って完全に寝転がってしまっている。
「潜っちまった可能性高いす。大統領の映像極秘に随所に出回りましたからね」
「もっと深くまで突っ込まなきゃ駄目か…」
「ゾッとしねえっすね。「境界点」付近はもう異界(ビヨンド)と同じなんでしょ?その辺のヤツらが協力的とも思えないし、何より物理法則変わっても俺ら生きていられるのかなあ…?」
「ちょっとリスク高すぎますね……」
「結理だけでも行ってみるか?化物のごった煮ならまだ何とかなんじゃねえの?」
「えー…?もしも見た目が人間じゃなくなったら嫌ですよぉ…アパート人類専用だから追い出されちゃいます」
「心配するとこそこかよ……」
「…?化物のごった煮って……」
「ああ?お前知らなかったのか?」
「そういえば言ってなかったね」
会話の中で引っかかりを覚えて顔を上げたレオに、ザップが意外そうに目を瞠り、結理#が起き上がって答えた。
「わたし人間と人外の混血なの。混血ってゆうか色んな種類のハイブリットってゆうか……まあとにかく純粋な人間じゃないってこと」
「……!」
「こいつの家系図見るとビビるぜ?何せ、親戚ほぼ全員どっかしらに人外要素あるからな」
「むしろ純粋な人間お父さん側のおばあちゃんしか知らないし」
見た目は(とはいっても瞳はオッドアイと少々特殊だが)ただの少女でしかない結理の予想外なバックグラウンドに、レオは思わず絶句する。
だが言われてみれば、ただの少女ではあり得ない身体能力や特殊能力を実際に何度も目の当たりにしている。そう考えるとそういった人外に属する者であってもおかしくはないと、妙に納得した気分になった。
「じゃあユーリって…どっちかっつーと異界側の人ってこと?」
「うーん……そうゆうわけじゃないんだけど、話すと長くなるからまた今度ね」
問いかけに、結理は苦笑交じりに答える。はぐらかされたというよりは、本当に長い話になりそうな気配だった。いずれ話してくれるだろうと思い、レオもそれ以上は問いを重ねようとはしなかった。今は彼女のことで話を咲かせている状況ではない。
「でも割と真面目な話、一回『向こう』まで潜ってみますか?」
「いや、それは最終手段だ。確かなツテがあるわけでもないし、下手に突っ込んで余計な騒動が起こってもマズイ」
「そっかあ……そうですよね……」
提案に待ったがかかり、理由を聞いた結理は納得気に、若干残念そうにため息をついてまたソファに寝転がった。そんな少女を一瞥してから、レオは何となくデスクの方に視線を移す。主は不在だ。
「…今日は…クラウスさん「プロスフェアー」やってないんですね」
「バッカおめえ、そうそう旦那だって遊んでばかりじゃいらんねーだろ」
「ギルベルトさんもいないですね」
「…静かなもんだな…」
何となくぼやいた通り、このヘルサレムズ・ロットで世界の均衡が崩れかけているかもしれない状況だというのに、不気味なほど静かで穏やかな時間が流れていた。
緊急入電が入ったのはそれから少し後、もう一度情報を洗い直してみようという話になった時だった。
発信元はK.Kからの伝言を受け取ったギルベルトで、これから伝える人物と場所を強襲し、気付かれる前に処理せよ。万が一失敗するようなことがあれば、全員ブチ殺す。という内容だった。
その文面に事態の重さと緊急性を感じ取った一同は緊張を走らせ、即座に制圧に乗り出した。
「いやー、エンジェルスケイル。まさか○○が○○通りに分解されて○○の中に分子単位で○○されてたとはなー」
「700人もしょっぴくなんてすごい大事になりましたよねぇ…」
事態の収束した事務所内では、先日とは違う本当に穏やかな空気が流れていた。均衡を破壊しかねない麻薬とそれを取り扱う者達は速やかに駆逐され、ヘルサレムズ・ロットは、世界はいつものように存在している。
「しかし凄いですよね…クラウスさん」
先日の出来事を思いながら、レオがぽつりと呟いた。
「多分どこか秘密のルートで情報を引きずりだしてきたんですよ」
「ほんとだよね。あれだけ正確な情報、よく出てきたって思うよ……」
「正直脱帽だわ…やっぱ旦那は半端ねえ」
自分達がどれだけ駆けずり回っても欠片も掴むことのできなかった情報を、クラウスはどこかから、それもほとんど完全な形で見つけ出してきた。彼が持つ独自のルートがどこでどう繋がっているのかなど、こちらには到底想像もつかない。
「まあ、この手柄に免じて、趣味のゲーム狂いは見逃してやろうや」
「そうですね。人間息抜きってホント大事ですもんね」
「情報って案外そうゆうとこから出ることもあるし。今回は流石に違うだろうけど」
「確かに今回はねえだろうな。あんなどでかい厄ネタが趣味で引きずりだせるかって話だ」
「ですよねー…!」
言い合い、ザップ、レオ、結理の三人は和やかに笑い合った。
異界都市日記3 了
2024年8月11日 再掲