異界都市日記18
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それから数時間後、ザップをからかい倒しながら治療し、「一回ちゃんと検査受けに来なよ?」とルシアナに釘を刺されつつライゼスを出た結理は、電車に乗ってとある場所へ向かっていた。窓の外から見える景色のほとんどは霧に覆われていて、辛うじて見える建物はどれも傾いている。そんな外の風景を、座席に座っている結理は何ともなしにぼんやりと眺めながら、思考を巡らせていた。
(血界の眷属でない吸血鬼は、昔から異界に現れていた……それはつまり、異界は別の次元と繋がることができるってこと…?)
それを確かめるには完全に異界へ入らなければならないだろうが、流石にそれを実行する気にはなれない。だが、少しでも近付いて何か情報を得られればいい。
そう思いながら窓の外を眺め続けていると、巨大な蛇の様な異界存在が横切った。
車内にアナウンスが流れたのは、それから少ししてからだった。それを聞きながら、結理は前方を見る。
『次は……ユグドラシアド中央駅……』
ユグドラシアド中央駅で降りたのは結理一人だけだった。
音を立てて吹き抜ける風にサマーコートをはためかせながら、薄い板の様な階段を下りていく。息苦しい程の威圧感を感じながらも、少女は足を止めない。『永遠の虚』の真上に位置する場所でするのは風の音と、階段を降り続ける軽い足音だけだ。
やがて、階段を降りた先の広場の様なテラスのような場所に出た。相変わらず風の音以外はぞっとするほどの静寂しか流れない空間に身体を慣らすように、一度ゆっくりと深呼吸をしてから柵に歩み寄る。
以前レオがエイブラムスに連れられてこの場所へ来た時のことは聞いていた。異界の底まで見通すことのできた『神々の義眼』は、ここで無数に近い緋き羽根のオーラを持つ存在達を捉えたらしい。
例えば、その緋き羽根を持つ者の中に血界の眷属でない存在がいたとしたら?
考えながら、柵をしっかりと握って少しだけ身を乗り出した。まるで雲海の様な霧に覆われて底を見ることはできない。結理は目を凝らしながら、普段以上に意識的に探知感度を広げた。
「―――――っ!!!」
強烈なプレッシャーを感じ取ったのは探知感度を最大近くまで広げた瞬間だった。弾かれたように後退した結理は、思わずよろけてその場に尻餅をつく。
レオが語っていた通り、下は血界の眷属の気配で埋め尽くされている。その中に自分が探している気配の持ち主がいたかどうかは、分からなかった。
(……もしも、『下』にいる血界の眷属達が、自分達と違う吸血鬼の存在を許さなかったとしたら……異界にいることは難しい…?)
「……ダメかあ……」
はあとため息をついてから、結理は立ち上がってお尻をはたき、その場を後にした。
街の喧騒に戻ると、ずっと張りつめていた緊張がようやく解けてくれたような気がした。ヘルサレムズ・ロットはいつものように人類と異界の者が行き交い、ちょっとした大きな小競り合いがそこそこ起こっている。
「……っ!?」
そんな雑踏の中を歩いていた結理は、遠くから感じ取った気配に表情を凍てつかせた。この距離からでも分かる程強い気配を発している持ち主が、真っ直ぐにこちらに向かってきている。
「何で…!?」
思わず呟きながらも駆けだした。確信を持ってといった訳ではなかったので初速は出さない。もしも外れていたら、走った分だけ戻らなければならないからだ。頭に巻いていた包帯を外し捨て、コートのポケットから指抜きのグローブを取り出してはめながら、人の少ない場所を選んで走る。
強い気配の持ち主は、やはりと言うべきか少女を追うように動いていた。即座に走る速度を上げた結理は、携帯を取り出してかける。
「……結理です!血界の眷属が…っ!」
相手が出るなり叩きつけるように告げようとするが、敵が追いついてくる方が早かった。結理は言葉を中断して振り向き様に術を放つ。
「『炎術』!」
放たれた炎は人影を一瞬で火だるまにした。その結果を見ずに結理は全速力で再び走り出す。理由は分からないが、血界の眷属が自分を狙っていることだけは確信が持てた。現在地と周辺の施設を頭の中で並べて、できるだけ人気のなさそうな場所へ向かう。
(ていうか……何で!?何でわたしピンポイント!?わたし何かした!!?)
血界の眷属の行動パターンは理解が及ばないことが多いが、今回は一際だ。狙われる理由が分からず戸惑いながらも、結理はポケットから血晶石を取り出して噛み砕いた。相手にどんな理由があれど、襲われているのならこちらも大人しくする理由はない。
路地を一気に駆け抜けた先は大きめの公園で、夕方近くだったことが幸いしてか人の姿はまばらだった。