異界都市日記18
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ザップが大怪我をして入院したと聞いたのは、いつも通りに出勤してすぐのことだった。
最初はまた無駄な因縁をつけられてトレーラーにはねられたらしいが、その後に重傷を処置された直後にもかかわらず、別の相手に自分から因縁を吹っかけて返り討ちにあったらしい。
呆れも通り越して苛立ちに近い感情でそれを聞いていた結理だったが、その吹っかけた相手が血界の眷属のペットだと聞いた時には流石に顔色を変えて、「あの人マジもんの馬鹿なんですか?」と感想を漏らしていた。
何にしろ、いつもならば反省も兼ねた療養という形で放置しておくのだが、今回は数日後に予定している任務のメンバーにザップが組み込まれていた為、急遽結理が治療に向かわされる羽目になった。
そして先程の銀行強盗事件に巻き込まれ、現在に至る。
「へえー治癒術。いいわねえそれ、すごいはかどりそう」
「て言っても、本当に塞ぐだけだし打撲系は効果薄いんで、あんまり使えないんですけどね……骨折は何とかいけますけど……」
「で、入院日数縮める為にザップ君を治しに来たと」
「その予定だったんですけど……まさか自分が搬送されるとは……」
苦笑を漏らしてから、結理は空になった牛乳瓶を持ったままがっくりとうな垂れた。体質を話して持ってきてもらって補給が出来た為めまいは治まっているが、その表情は若干陰鬱気だ。そんな少女の心境は気にせず、ルシアナ医師は自分の仕事に取り掛かる。
「ふむ……ちゃんと検査しないと何とも言えないけど、本当に貧血治ってるみたいね。不思議な体質だわー……」
「あー……まあ、生まれつきってゆうか、何と言うか……検査とかは大丈夫だと思います」
「それを判断するのは医者(こっち)の仕事。変わった体質してるんなら、尚更一回ちゃんと検査受けた方がいいよ。HLなら大概の異常体質も普通で片付けられるから騒ぎにはなんないだろうし」
「はあ……」
「牛乳や鉄剤ですぐに貧血が治る体質は生まれつきって言ったけど、ご家族にもそういった体質の人がいるの?」
「はい。まあ……何かしらで吸血鬼の要素ある人ばっかりでしたし……」
「……」
(あ、ヤバい)
極めて普通に答えた結理だったが、一気に強張ったルシアナの表情で思わずばつが悪そうに顔をしかめた。それから彼女が何かを言うよりも早く言葉を滑り込ませる。
「クラウスさん達からわたしが何かは聞いてないですか?」
「誠実で優しくて危なっかしいじゃじゃ馬でバーサーカーみたいな子としか聞いてないわ」
(誰がどれ言ったか何となく分かるなあ……)
「……ちょっと長くなりますけど、わたしのこと話していいですか?」
「それは勿論。今は人手も足りてるし」
ルシアナが頷いたのを確認してから、結理は自身の簡単な生い立ちを話した。
異界とも違う異次元の存在であること、その次元の人間と吸血鬼と人外の間に生まれた混血であること、その他に質問されたことに全て答え、話し終えた頃にはルシアナの表情からは緊張が消え、若干以上好奇心の色が見えていた。
「異次元の吸血鬼の血を引いてて、その吸血鬼は『同族殺し』の力を持ってる……HL(ここ)も大分びっくりなこと多いけど、あなたの生い立ちも中々ねえ……」
「よく言われます」
「異次元の吸血鬼か」
どこか楽しげなルシアナの感想に苦笑を漏らしていると、別の声が会話に入ってきた。声のした方を見た結理は、落ち着いた声から想像していなかった相手の姿に思わず固まる。
「あら先生」
(本が喋ってる……)
「せ、先生…?」
「ええ」
「院長のマグラ・ド・グラナだ」
そう名乗った本の形をした異界存在は、まだ若干顔を引きつらせている結理をまじまじと見つめた。
「……どうも……」
「血界の眷属でない吸血鬼と会うのは久方ぶりだ。とはいっても、混血の子を見るのは初めてだが」
「っ!わたし以外にもヘルサレムズ・ロット……いや、異界(ビヨンド)に異次元の吸血鬼が現れたことがあるんですか?」
「数える程度だがな。だが彼等はいずれも、血界の眷属によって駆逐されてしまった」
「……それはどうして……」
「存在が違い過ぎたのだ。共通しているのは血を食らう不老の存在という点のみで、生き方も、考え方も何もかもが違った」
「……異次元の吸血鬼は、血界の眷属の理不尽さを許せなかった」
「言葉を交わしたことのある者は、それに近いことを言っていたよ。他者を思いやる心を持つ良き友だった」
「……その人は今は…?」
「ある日を境に姿を見せなくなった。もう何十年も前の話だ」
「そう、ですか……」
回答を聞いた結理は、うつむき気味に息をついた。