異界都市日記15
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「…………?」
目を開くと、不本意ながら見慣れてしまった天井が広がっていた。場所は分かったが、状況がいまいち掴めない上に、右腕が動かず体も酷く重い。
一体自分に何があったんだとぼんやりした頭で思いながら、結理は目線だけで周囲を見た。今回の病室は個室らしい。
そして、こちらに背を向ける形で座って何かの書類を読んでいる姿が目に入った。
「……スティーブンさん…?」
声をかけると、スティーブンはすぐ様驚いたように顔を上げて振り返り、安堵の混じった笑みをこぼした。
「おはようお嬢さん」
「……わたし……」
「酷く衰弱していて、丸二日昏睡状態だったんだ。そこから脱して更に一日だから、丸三日目を覚まさなかったことになるね。怪我は君が自分でへし折った右腕の骨折だけだ」
「衰弱……って……っ!!!」
何があったのかを聞こうとする直前に、記憶が甦った。自分に起こったこと、自分がしでかしたことの全てを思い出し、結理は飛び起きるとベッドの上で平伏した。スティーブンが驚いた雰囲気は伝わって来たが、構わずに全力で言葉を口にする。
「ほんっっっとーーーに!すいませんでした!」
「覚えてるのかい?」
「たった今全部思い出しました!本当に全てはわたしの不徳の致す所です!!どんな理由であれみんなに……しかもクラウスさんに重点的に刃を向けたのは事実です!!ほんともう……どんな処分も謹んでお受けしますので!!」
「……そうだなあ……僕とクラウスなんて最優先で殺しにかかられてたもんなあ……」
「こっちも何回いっそぶっ殺してくれと思ったことか…!!むしろ今すぐ死んで詫びたいくらいの感じです本当に…!!!」
「君最近死んで詫びようとし過ぎじゃないか?」
「いや……それは偶々そうゆうのが重なってるだけで、別に普段からそうゆう願望がある訳ではないです決して…!」
流石にそこは訂正しなくてはと思いながら顔を上げると、目が合ったスティーブンは軽く咳払いをしてから思案気な表情を作る。
「そうだな……とりあえず減給にしておこう。ついでにボーナス査定も厳しめに。調査も失敗しているし始末書も一枚二枚じゃ足りないな。ああそれとも、エイブラムスさんの所に送りつけるか。いつだったか根性のある護衛が欲しいって言ってたなあ……」
「で!?え、あ、あの、どんな処分でも、とは、言いましたけど、え、エイブラムスさん、だけは……その……どうかご勘弁を……!!!」
「……冗談だよ」
予想外の名前が出てきて泣きそうに表情を歪める少女に、スティーブンは思わず噴き出しながらも言葉を返してやった。
「今回は相手が悪かった。血界の眷属が呪い化して襲いかかって来るなんて、予測の範疇を超えている事態だ」
「……血界の眷属が呪い化……ですか?」
「なんだ、気付いてたわけじゃないのか。」
「いや、何かに取りつかれたってのは分かってましたけど……血界の眷属…!!?」
「相当複雑な構築式だったらしくてね、資料を読ませてもらったがさっぱりだった。今解析班が解読中だが、全容が解明されるのは当分先だろう」
「……え、つまり人に取りついて凶暴化させる的な呪いの元が血界の眷属だったってことですか?」
「少し違う。簡単に言うと好意が殺意に変換される呪いだったらしい」
「はあ……好意が……え?」
簡単な解説に曖昧に頷いた結理は、不意に顔色を変えて顔を引きつらせた。呪いの効果によって引き起こされた自分の行動の意味を察したらしく、みるみる内に顔を赤くしていく。少女の胸中を察したスティーブンは楽しげに、正確に言うといいからかいネタを掴んだといった風に笑いかける。
「クラウスと僕は随分と君から愛されてるようだね」
「……いやその、それは上司として尊敬してます的な好意でして……」
「へえ?尊敬にしては結構熱烈だったけどなあ…?特にクラウスになんてぞっこんのようだったし。」
「~~~っ!もう!からかわないでください!!」
「ははっ!起き抜けでそれだけ元気があればもう大丈夫だな。申し訳ないと思ってるんなら、さっさと治して復帰することだね」
「はいぃ……」
優しく頭を撫でられ、結理は赤面した顔を隠すようにうつむいてシーツを引っ張り上げた。
それから数日経たずに少女は退院し、いつもの日常が戻って来た。
「結理ー、君また無駄に怪我したようだね?まったく!せっかく君を無傷で止められるようにとヒントを出しに行ってあげたというのに、ライブラの連中も案外使えないな!」
「やかましいみんなを侮辱すんなぶっ飛ばすぞ。だいいちそれならハナから全部ネタばらししろって話ですよ帰れ」
現れるなりいつものようにまくしたてる堕落王を、結理は遠慮なく睨みながら一息で言い放った。できれば即座に殴りかかりたかったのだが、折れた右腕をまだ吊っている状態なのともう一つ理由がある為、仕方なしに諦めている。
「あ、酷いなー!あの普通の権化のような少年から聞いてないのかい?間接的にも命の恩人にそんな態度を取るかー!ディナーの一つでも付き合って然るべきことをしてあげたのになー!」
「行ってもいいですよ」
「恩を仇で返すとは……ん?今何て言った?」
聞き返してくる堕落王に嫌そうに渋面を向けつつ、結理はため息を一つついてから言葉を重ねた。
「だから、ディナーなら付き合いますよ。この後空いてますし」
「……ふーん…!今日はやけに素直じゃないか」
「借りを返すだけです。つか、普段あんたが起こす騒動考えたらこっちが貸しなぐらいなんですけどね…!」
「案外律儀だね。まあいい、君の気が変わる前に行こうじゃないか!」
「……何かしたら本気でぶっ飛ばしますからね」
「しないしない!今日の僕は退屈でも暇でもないからね!モルツォグァッツァでも行くかい?」
「止めてくださいもうちょっとランク落として下さいわたしど庶民だからあんな敷居高いとこ無理です発狂します」
「仕方がないなー。今日の所は君に合わせてあげよう!」
これだけはと言わんばかりに結理が全力でまくしたてると、堕落王は楽しげににたりと笑った。
異界都市日記15 了
2024年8月17日 再掲