異界都市日記15
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「……っ……」
沈黙の間に、結理はその場にふらりと倒れ込んだ。同時に赤い棘が霧散し、破壊跡だけが残った。
「結理!」
「結理さん!」
「どうやらガス欠のようだな」
「ったく手間取らせやがって……」
恐らくもう動けないだろうと判断して倒れた少女に駆け寄りかけた四人だったが、小柄な体がびくりと一度大きく身じろいだのを見て足を止めた。
嫌な予感しかしない空気が流れる中、上から糸で吊るされているかのような動きで身を起こした結理は、何事もなかったかのように再び戦闘態勢をとって向かってきた。狙いはやはりと言うべきかクラウスで、先程の続きの様な攻防戦が繰り広げられる。
「……今日はガチのバーサーカーだなあいつ……」
「普段が大人しく見えるくらいだ」
ぼやくように呟いたザップに同意しながら、スティーブンは結理に向かって牽制の氷を繰り出した。寸前で気付いた少女は飛び退いて避け、着地した直後に膝をつきながら再び赤い棘の攻撃を放つ。
手応えを確認することもなく、結理はがっくりと項垂れるようにうつむいてから、また大きく身じろぐと顔を上げた。
その顔は病的に青ざめていて、無表情で荒い呼吸を繰り返している。それにもかかわらず、何でもないように駆け出して殺意の乗った刃を、一番近くにいたツェッドに向かって振るった。
「……マズいぞクラウス……今の結理は呪いに操られて補給もなしに戦わされている状態だ。これ以上長引いたら彼女の身体が持たない」
苦々しく呻き、スティーブンはクラウスを一瞥してから殺意を振りまき続ける少女に視線を戻した。
「……どうする?」
問いかけには重苦しい響きがあった。呪いの影響下にいる少女は例え体が限界を越えようとも止まりそうにない。実際今も、本来ならばとっくに倒れているような状態にもかかわらず、戦いを続けている。解呪の方法は未だに届かず、タイムリミットは迫っていた。
「結理を……」
「クラウスさん!!!」
『!?』
決定的な言葉をスティーブンが投げる前に、緊迫した大声が割って入った。駆けてきたのはレオで、結理を凝視したまま更に声を張り上げる。
「ユーリについてる呪いは血界の眷属です!!」
レオの言葉に、聞こえていた全員の頭上に疑問符が浮かんだ。そのリアクションはある程度予想していたレオは、構わずに『神々の義眼』を見開いて結理を観察した。少女を縛り付けている鎖の様なオーラは、よくよく目を凝らすと確かに見たことのある形をしている。
(やっぱりだ…!ユーリにまとわりついてる鎖全部が旧き文字だ!)
確信を持った瞬間、結理が地を蹴ってレオに向かった。呪いの効果が発動しているのか、看破された『本体』がレオを脅威と見なしたのかは分からないが、赤い刃爪に十分以上の殺意が乗っていることだけは伝わって来た。
少女の攻撃を止めたのは赤い刀身と三叉槍だった。狙いを変えた結理は斗流兄弟弟子に向かって刃爪を振るう。
「レオ、呪いが血界の眷属とはどういうことだね?」
「えっと……詳しい説明は省くんですけど、いつも密封する時みたいにすればユーリから離れて解呪できるそうです!」
「それが分かれば十分だ。諱名は見えてるのか?」
「文字が小さくてまだ半分くらいしか……」
「……一分だ」
「ぶっつけ本番だが頼んだぞ、少年」
「っ!はい!」
短い要請と激励に即座に頷いて、レオは携帯を握り締めた。普段視えているものより更に細かい旧き文字を、一つも見逃さない為に集中する。
いつも以上に『視る』ことに集中している為なのか、纏っているオーラや縛り付けている呪いの鎖の奥に、悲痛に助けを求める結理の姿が見えた。それは決して気のせいではないだろう。こんな状況は、彼女が一番望んでいないはずだ。
急いで慌てず確実に。
苦しみながら仲間へ刃を向ける少女を一秒でも早く救う為、レオだけが『視る』ことのできる『言霊』を出来る限りの速さで打ち込み、送る。
場の空気にそぐわない短く軽快な音が響いたのは、少女が放った赤い棘が氷の棘によって相殺された時だった。余波の範囲外に飛び退いたクラウスがすぐ様『それ』を確認し、読み上げる。
「フレスアエラナ・ディレスヴェル・スレア・クルヴォルト」
「っ!!!?」
その瞬間、結理の色違いの両目が驚愕に見開かれた。竦んだように大きく身じろぎ、驚愕の表情のまま苦しげに呻く。
「あ……ああぁ……!!」
何かに抵抗するようにまとったままの刃爪を振り上げようとした手を、反対の手が掴んで止めた。
「!?」
「……で……け…!!」
更に驚愕の色を濃くする少女の口から、絞り出されるように声が吐き出された。
「……い、い加減に……出ていけえぇぇぇっ!!!」
咆哮と共に鈍い音がした直後、結理の身体から何かが抜け出した。その何かは靄のようだったが、すぐ様人の形を作る。
どこにでもいそうな女性の姿をした血界の眷属は、忌々しげに牙をむいて今まで取り付いていた少女を睨みながら腕を刃状に変えて振るおうとした。
だがその刃が届くよりも早く、実体化した体に滅獄の拳が撃ち込まれた。
「貴女を「密封」する」
「!?」
憎み給え
赦し給え
諦め給え
人界を護る為に行う我が蛮行を
「ブレングリード流血闘術 999式」
驚愕と憎悪に表情を染めた不死の存在が、抵抗も虚しく圧縮封印されていく。
「久遠棺封縛獄―エーヴィヒカイトゲフェングニス―」
少女を操っていた呪いの源が小さな十字架へと姿を変え、それを見届けることなく力尽きたように倒れた少女は、地面に落ちる前に受け止められた。