異界都市日記15
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「っ!ザップさんツェッドさん!!」
「「!」」
少女の頭上で睨み合うザップとツェッドにレオが緊迫した声を上げた時には、二人は動いていた。己の血で得物を形成し、放たれた攻撃を受け止める。
赤い刀身と三叉槍が受け止めたのは、赤い鉤爪を纏った少女の手だった。ザップとツェッドは即座に距離を取ろうと飛び退くが、結理はそれにぴたりとついてきて刃爪を振るう。
「レオ!こいつニセモンか!?」
「いや違います!本物のユーリです!!けど何か変なオーラが巻きついてます!」
「ちっ…!やっぱ仕事サボってんじゃねえかよ!!」
悪態をつきながら、ザップは斬りかかって来た結理の一撃を弾いた。大きく体が開いた隙をついて足払いをかけ、体勢が崩れた所を狙って血の縄を飛ばす。ツェッドも同時に血の縄を飛ばして少女を縛り上げた。転倒した結理は縄を外そうともがきながら、無表情で三人を凝視している。それにどことなく不気味さを覚えた三人は、思わず顔を引きつらせながら数歩下がった。
「な……何なんでしょうこれ…?」
「……とりあえずスティーブンさんに連絡しろ。こいつがこんな状態になってるのはタダ事じゃねえぞ」
「はい…!」
要請にすぐ様答え、レオは携帯を取り出した。ザップとツェッドはレオを庇うように構えたまま、もがき続けている結理を見やる。
「あ、レオです!ユーリがやっぱおかしなことになってます。起きたと思ったらいきなり襲いかかってきて……はい、今はザップさんとツェッドさんで縛り上げたんで何とか……」
「やはり堕落王の仕業なんでしょうか…?」
「それにしちゃ規模が小さ過ぎる。奴ならこいつ使って何かするにしても、初手から派手にやらかすはずだ。それに自分の仕業ならきっちり宣言すんだろうよ。わざわざ俺らに忠告する理由もねえ」
「それすらも陽動と言う可能性は……」
「……こんな信じ方はしたかねえが、あの堕落王が好むような手法とは思えねえな」
思案気に呟くツェッドに渋い表情で返しながら、ザップは再度結理を見やった。
明らかに正気でない顔をしている少女が血の縄に噛みついたのは、その直後だった。
「っ!!?やべ…!」
その瞬間を目撃したザップが止めに入ろうとするが、結理が食い千切った血を飲み込む方が早い。少女の両目の瞳孔が獣のように縦に細長くなり、次の瞬間には力づくで血の縄を引き千切っていた。手に残っていた血を舐め取り、縛られていた時同様に無表情で三人を凝視している。物音に気付いたレオがその光景を目撃してひっと引きつった悲鳴を漏らし、ザップとツェッドは僅かに顔を引きつらせながらも構えた。
「……っ!うぅ…!」
ほんの数瞬の膠着の後、先に動いたのは結理だった。苦しげに表情を歪め、何かに抗うように片手で頭を押さえながら数歩下がる。睨むようにレオ達を見やる目は、先程までの無表情と違い狂気と正気の狭間で揺れていた。
「ユーリ……」
「う……あああっ!!」
そんな結理にレオが声をかけようとするが、言葉が届く前に少女は腕を振るっていた。放たれた突風は部屋の調度品を吹き飛ばし、嵐のように三人にも襲いかかる。部屋の外に飛ばされた直後、突風を放った結理は苦しげに表情を歪めたまま近くにあった窓を破って外へ飛び出して行った。
「う……」
『レオ!レオナルド!!返事をするんだ!何があった!?』
「……あ……ぶ、無事っす!」
電話口の向こうでただ事でない空気を感じ取ったらしいスティーブンに、レオは慌てて起き上がりながら返事をしていた。
「でもユーリが逃げました!」
『逃げた…!?拘束したんじゃなかったのか?』
「縄食い破りやがったんすよ!」
「ちょっとしか見えなかったんですけど、鎖みたいな変なオーラがまとわりついてて、それに操られてるみたいです!」
『……ザップ、ツェッド、聞こえるな?お前達は結理を追って拘束しろ。』
「了解っす。オラ行くぞ魚類!」
「言われなくても!」
『少年はそのままそこに残って結理に起こった異変の原因を探すんだ。チェインも寄越すから、何としてでも見つけてくれ』
「はい!」
下された指示に即座に返事をして、三人は自分がやるべきことに向かった。
「――ああそうだ。レオナルドが既に現場にいるから、合流次第一緒に原因を探ってくれ。念の為K.Kもそっちに向かわせる」
各位に連絡を終えたスティーブンは、苦い表情を隠すことなく浮かべて切ったばかりの電話に視線を落とした。
「……まずいな。もし結理が無差別に誰かを襲うような術にかけられたのだとしたら……最悪の事態を想定しなきゃならないかもしれない」
今でこそライブラメンバーからの信頼の厚い結理だが、立ち位置そのものは実は未だに危うい。それは彼女の生い立ちと『血』に起因していて、均衡はいつ崩れてもおかしくない状態だった。
その均衡が崩れるかもしれない事態が、今起ころうとしている。
もしも少女がヘルサレムズ・ロットの住人達を無差別に襲う存在となってしまっていたら、それを止めることが出来なければ、原因が何であろうと彼女は敵として『処理』しなければならない。
「……とにかく一般人を襲う前に彼女を見つけなければならない。全てはそれからだ」
拳を握りながら静かにスティーブンに告げたクラウスの表情も、これから起こりうる事態を想像して強張っていた。
―……!―
自分の体なのにも関わらず、自分でない何かによって勝手に動かされている。どれだけ抵抗しても支配からは逃れられない状態で、意識を保てているのは奇跡に近い。
―…ぃ…!―
その間ずっと、『声』が聞こえていた。体の奥底から発せられているような、頭の中に直接語りかけられているような『声』が響く度に、自分という存在が消えてしまいそうな感覚に侵食されていく。
「…っ… ……!」
残った意識のかけらで辛うじて紡がれた声は、誰に聞かれることなく消えた。