異界都市日記15
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扉を開けて一歩足を踏み入れた瞬間から、嫌な感覚がしていた。
明確な気配を捉えた訳ではない。簡単に言えば、それは今までの経験から得た『予感』のようなものだ。
そう思うのも仕方がないと、結理は軽く息をついた。現在彼女がいる場所は、先日ヘルサレムズ・ロット全体を揺るがしかねない呪いをばら撒こうとして拘束され、拘留中に謎の死を遂げた呪術師のねぐらだ。何もない訳がないし、次に踏み出した瞬間に何かが発動しかねない。だからこそ、魔術も呪術も『気配』として捉えられる探知能力を持つ自分が調査に派遣されたのだ。
(一応……術の気配は廊下にはなし…かな?でも各部屋にいやーな気配するなあ……)
顔をしかめつつ、結理は慎重に室内へと踏み出し、調査を始めようと手近な部屋のドアノブに手をかけた。
「っ?」
だが、不意に感じた気配に手を止めて、奥を見た。さほど広くない家屋の突当たりに、他とは若干異なる気配がする。
(……向こうから、見てみる…?)
グローブをはめた拳を緩く握りながら、結理は奥へと足を向けた。
『御機嫌よう!世界の均衡を保とうと頑張るライブラの社畜諸君!堕落王フェムトだよ!今回は常日頃無駄に忙しそうにしてる君達の為だけに特別放送だ!』
テレビからそんな声と、顔の半分を仮面で覆った見慣れ過ぎた姿が映し出された瞬間、室内にばきりという音が響いた。その音を発した主、手に持っていたペンをへし折ったスティーブンは、積み上がった書類の間からそれだけで誰かを射殺せそうな視線をテレビに映っている堕落王に向けている。
「……誰のせいだと思ってるんだ誰の……!!!」
「逆方向に空気読み過ぎだろ……」
「やべえっすよ……絶対俺らにとばっちり来ますよ…!!」
ここ数日立て続けに起こった大きな騒動や事件に加え、現在上機嫌に喋っている堕落王が引き起こした騒動の事後処理が重なり、そのせいで色々と立て込んで残業が続いているスティーブンの表情をうっかり目撃してしまったザップとレオは、こっそりデスクから離れた。そんな、物理的に凍りついてしまいそうな緊張が漂っているライブラ執務室の様子にも構わず(というより見えてはいないだろう)、堕落王は楽しげに笑いながら語り続けている。
『さて君達、愛憎って知ってるかい?愛し憎むこと。殺したい程愛してるなんて矛盾をはらんだ感情という意味でも使われているね。そんな矛盾が成立する癖に世界は今日も変わらず退屈極まりない!まあそれは置いといてニュースだ。僕のお誘いを毎回殺意を持ってお断りする一之瀬結理。これも愛憎の内なのかなあ…?彼女が今何をしてるか知ってるかい?』
「!?」
出てきた名前と問いかけに、室内に今までとは別の意味で緊張が走る。あの堕落王が結理の名を出して、平穏な内容であるはずがない。まるでその反応を見越しているかのようににたりと笑い、堕落王は顔がアップになるように陣取っていた画面から背後が見えるようにずれた。
『答えはこちら!』
その先にいたのは、木の床に倒れている少女の姿だった。どこかの室内のようで、簡素な机と椅子と本棚に加えて書類の様なものが散らばっている。
「ユーリ!?」
「あの野郎まさか…!」
『おおっと、言っとくが今回僕は何もしていないからね?面白そうな所にいるからちょっかいをかけようと思って出向いたら既にこの状態だった。いつもこれぐらい大人しくしてればもっと可愛いんだけど、大人しい彼女なんてやっぱりつまらないな。このまま置いとくから誰かや何かに食われる前に迎えに来給え!ああそうだ、今日は気分がいいから少し忠告してあげよう。結理に近づく時には、殺されないようにせいぜい気をつけることだ。君達では誰が来たとしてもターゲットになるからね。それじゃあ僕は退散するよ!』
「あの場所は……ジューラのねぐらか…?」
「ジューラって……この間捕まえた呪術師ですか?」
「ああ。彼女に奴の棲み家の調査を指示したんだ」
楽しげに言葉を投げて手を振った直後に、画面が消えて堕落王の姿は見えなくなった。先程まであった苛立ちの表情を全て吹っ飛ばしたスティーブンは、難しげに顔をしかめて数瞬沈黙してから顔を上げる。
「……ザップとツェッド、それにレオ、君達で結理の保護をしに行ってくれ。それでいいだろう?クラウス」
「ああ。先日謎の死を遂げた呪術師の棲み家だ。堕落王の言っていた忠告の内容も気になる。十分に注意するように」
「ウッス」
「はい」
「はい!」