異界都市日記2
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事件は収束した。『食糧』としてパッキングされていた19名の行方不明者は発見され、協定違反を犯した異界存在達と車両は拘束された。
「…立派なもんじゃないの?何より今日の今日まで存在すら知られていなかったレベルの幻術が白日の下になった。これが大きい。今頃どこもかしこも戦々恐々だろ。あっちも異界も含めてね」
表情を綻ばせながら語るスティーブンを、結理は何とも言えない表情で見ていた。口元はひくひくと引きつっていて、いつ口を挟むべきかタイミングを見計らっているようにも見える。
「万事解決、おめでとう!!」
「おめでたくないですよ!」
ここだ、というタイミングで結理は口を挟んだ。にこやかな上司を見つつびしりと横を指さす。
少女の指した方向には、上から下まで包帯でぐるぐる巻きになっているミイラ男状態のレオが寝かされていた。何かもごもご言っているが、顔全体まで包帯で覆われているので言葉は全く伝わらない。
「どの辺が万事解決なんですか!もうちょっとでようやくできた後輩がバラバラになっちゃうとこだったんですよ!?」
「……すまない。つい力が入り過ぎてしまって……」
「あ……いや、クラウスさんのせいじゃないですよ!ブチかませ!なんて言われたら気合入っちゃいますもん普通!そ、それにほら!レオ君自分で脱出してましたし!」
「その通り!自力で脱出しようとした結果、こうして怪我だけで済んだんだ。僕はその根性を大いに評価したいね。偉いぞ少年!これからもバリバリ突入頼むぜ!!」
「もー……!!」
抗議をうまい具合に上機嫌でかわされ、結理はがっくりと肩を落とした。確かに結果だけで言えばレオは生きているし、自力でどうにかしようとした気概も褒められるものだ。けれどその結果だけで済ませていいとは到底思えない。
思えないのだが、これ以上抗議しても全てかわされてしまうのも分かり切っていた。
「……治していいですよね?」
「勿論」
一応了解を取って、結理は椅子を引いてベッドの傍らに座るとレオの胸、鎖骨の中間辺りに手を乗せた。
「まあ……色々思うとこあるだろうけど、ナイスガッツ」
苦笑交じりに労いの言葉をかけてから、結理は魔力を練り上げる。
「『療』」
「しかし今回忘れちゃならないのが“奴”のお手柄だねえ」
「そうですよね、ザップさんがマーキングしてなかったら、今頃レオ君本当に解体されてたかもしれないですし」
解体という言葉に反応したレオがびくりと身じろいだが、結理は気付いていないふりをした。
「あらかじめザップには振ってあったのか?彼の警護」
「いや、それが…」
スティーブンの問いに、クラウスは苦い表情で言い淀んだ。
曰く、ザップに警護を頼んだ所、冗談ではないと一蹴されたそうだ。
『そんなに心配なら四六時中側に置いときゃいいじゃねえか。俺の業務に子守は入ってねえ』
「…とまあこんな感じで、言下に断られていたのだ。私の不徳の致すところ…なので今回の件は僥倖としか言い様が無く…」
「……ぶふっ!」
気まずげなクラウスの言葉に結理が盛大に噴き出し、スティーブンも「はっはっはっは!」と大笑いした。笑われる理由が分からず複雑そうに顔をしかめるクラウスに、スティーブンが「…いや悪い」と謝ってから続ける。
「だがクラウス、君はもう少し人心の掌握に小狡くなった方がいい。ザップが正面からそんな頼み方をされて素直に返事をすると思うか?」
「しないですよねぇ……でもクラウスさんはそれでいいですよ。真っ直ぐ過ぎるぐらい真っ直ぐなのがクラウスさんのいい所なんですから」
くすくす笑いながらスティーブンの言葉の後を続けて、結理はこっそりレオに耳打ちした。
「心当たりない?よくザップさんと遭遇してたでしょ?」
(……あ)
言われてみればそうだった。ピザのデリバリーに行く先々で、ザップはまるでレオを待ち構えているかのようにそこにいた。それは、クラウスの頼みを受けて密かにレオの警護をしていたからだと、今更ながらに気付かされた。
特殊な視力以外の戦闘力を持たない後輩を守る為に暗躍していたのなら、何ともありがたい話だ。
例え遭遇する度にピザを強奪されようと、一度たりとも料金を支払われなかろうと、何度も待ち伏せされようと何回も追いかけられようと何十回もぶっ飛ばされようと……
ありがたい…………
(なんて…思える訳ねェだろうがァァァァっ!!!)
「ボケがァァァ…!!!」
「感謝以上の恨み辛みすごそうだね」
「……って、あれ?」
「こんなもんかな?」
いつの間にか先程より体が軽くなっていることに気付いて、レオは怪訝そうな声を上げた。結理は手を退けてレオの顔に巻かれていた包帯をやや乱暴に剥がす。開けた視界の中では少女がこちらを覗き込んでいて、何かを納得したようにうんと頷いた。
「とりあえず多少動ける程度まで治したけど、後は自然療養で。体力とか無くなった血までは回復させらんないしね。それでいいですか?」
「構わないよ。ご苦労様お嬢さん」
「じゃ、わたしはこれで」
「お嬢さん、」
「……何でしょう?」
「今日はこのまま上がりでいいよ。報告書は明日で構わないから、ゆっくり休むといい」
「……ありがとうございます」
にこやかにそう言ったスティーブンにお礼を言ってから一同に頭を下げて、結理は駆けるように病室を出た。
軽く周囲を見回して気配を辿り、院内の売店に立ち寄ってから目的の人物の元へ向かう。
病院の屋上はテラスとして開放されていて、入院患者や見舞いの者が数人行き交っていた。テラスにあるベンチに見知った後ろ姿を見つけると、こっそりと近づいて声をかける。
「タバコはダメよザップさん!」
「へいへ……」
咎める言葉に適当に返事をしかけたザップは、その声にからかいの色と聞き覚えがあることに気付いて振り向いた。
「……お前かよつるぺた」
「お疲れ様です」
いつもなら言い返す不名誉なあだ名を流して、結理はザップの隣に座る。
「聞きましたよ。血を伸ばして車の追跡したんですって?よくそんな無茶できましたね……」
「けっ、俺様にかかりゃらくしょーだっつの!」
「うわー……あんな長距離の追跡で途切れさせないなんて神業、わたしじゃ到底出来ないですよ!やっぱザップさんすごいなあ…!」
「…………」
「ザップさん?」
「こっち見んな」
「うぎゅ…!」
素直に称賛の言葉を述べると、ザップは何故か黙りこんでしまった。怪訝に思った結理が顔を覗き込もうとするが、手で顔を押し返されて阻まれる。
「……まさか照れてるんですか…?」
「見んなっつってんだろ…!」
「いだだだだだ…!痛い痛い痛い!!」
顔を背けたままアイアンクローをきめてくるザップの腕を叩くが、顔を覆うようにギリギリと締めてくる手の力は緩まない。
「もう!素直に褒めてんですからまともに受け取ればいいじゃないですかあ!せっかく怪我治しに来たのに!!」
「いらねえよ。顔真っ青にしてる奴に治してもらうまでもねえ」
「ぉぅ……」
ぽいと放るように開放されながら投げつけられた言葉に、結理は言い返せずに思わず黙る。ザップが指摘した通り、少女の顔色は血の気が引いて青くなっていた。
「その貧血持ちいい加減何とかしろよ」
「体質なんだからどうにもなりません。てゆうかちょっと疲れただけです。今日営業あったし」
「そう言ってバタバタ倒れてんじゃねえかいつも」
「最近はそんな事ないですー!」
「言っとくけど番頭には間違いなくバレてっからな」
「……ぅ……知ってます。今日は帰って休んでいいって言われました……」
実の所、レオを最後まで治療しなかったのは自分が限界間近だった為でもある。術を使った分だけ貧血になる体質は時に酷くネックになるが、治せるものでもないので上手く付き合っていくしかない。
「お得意の牛乳はどうした?」
「売店寄ったら売り切れてました……」
「ほー」
「っあああああ!牛乳!!」
問いに答えると、ザップがにやにや笑いながら瓶を見せた。結理が手を伸ばすが、さっと届かない位置に持ち上げられる。
「ちょうど最後の一本だったらしくてなあ」
「あんた絶対分かってて買いましたね!!?見返りは何なんですか!!」
「いやー、今月はピザがタダで食えてたんだけど、それがなくなっちまって来月はどうしようかと思ってた所でよー」
「後輩にタカる気か…!!どんだけクズけりゃ気が済むんですかほんと…!!!」
目と口をまん丸に開いて引きつった声をあげてから、結理は盛大に顔をしかめて苛立たしげに両手で頭を掻いてため息をついた。
「~~!でも、まあ……しょーがないから今回はのんであげます。ザップさんがいなかったらレオ君助けらんなかったし。労いも込みってことで。あ!でも一日一食だけですよ!?」
「ジャパニーズフードな」
「それは入荷がないと無理です。てゆうか、何奢るかはこっちが決めますからね?」
拗ねたように、けれど少しだけ楽しげに笑って、結理は今度こそ牛乳ビンを奪い取った。
異界都市日記2 了
2024年8月11日 再掲