異界都市日記14
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「くはあ…食べちゃいました」
「皿を舐めたら殺すぞ」
「コース料理ってなこの待つ時間が長えんだよな…」
「飲む様に食うからだ阿呆」
「…ふう」
「!?」
スティーブンさんにくぎを刺されても何のそのみたいだったレオ君とザップさんが、ツェッド君のため息を聞きつけて勢いよく横を向いた。ちょっと困ってるみたいなツェッド君のお皿には、まだカルパッチョが残ってる。こんなにすさまじくおいしいのに何で……!?って……
「あ、そっか……ツェッド君生魚苦手なんだっけ……」
「はい…」
「あー!!でしたね?」
「でしたりしましたよね?」
味がどれだけすごくても、苦手な食材の壁は超えられない。残念そうにツェッド君が頷くと、レオ君とザップさんがものすごい勢いで食いついた。もうその様子は飢えた野生動物に近い。これはマズイかなあと思ってちらっと見たら、スティーブンさんがレオ君とザップさんをガン見してた。けど二人は気付いてない。
「しょうがないな~それではシェフが気を悪くされるよ~」
「仕方ない、代わりに僕が食」
「殺すぞ」
「やってみろ」
「ちょっと二人とも」
「…君達」
フォーク片手にマジで殺し合いでも始めそうな顔で睨み合う二人に、わたしが止めに入るよりも先にスティーブンさんがにこやかに声をかけた。
「その皿には二切れ、あるようだ。仲良く分けるといい」
「「…はい」」
怖い笑顔は何十回も見てるけど、こんなにも殺気全開な笑顔のスティーブンさんは初めて見た。テーブルの下で氷漬けにされかねない、なのに他の人に気づかれないピンポイントな殺気に気づいたレオ君もザップさんも素直に頷いた。
レオ君とザップさんは完全にモルツォグァッツァの味に魅了どころか打ち砕かれてるみたいで、何だかおかしなテンションになってきてる。さっきも言ったけどまだ前菜なのに既に色々やばい。
「フォッフォッフォ…しかし何ですな、ちょっとガッツキ過ぎなんじゃないですかザップ氏ィ~?」
「ウルセエな、こっちゃ今後一生あるかないかのこの食のシャングリラに全身全霊懸けてんだバカヤロウコノヤロウ!」
「それは拙者の方も同じでござるよデュフフフ。一昨日の昼から水しか飲んでないもんね」
「やれやれ、エレガントじゃ無いにも程があるなあこの人達」
「仕方ないよ。こんなの類人猿に板チョコあげてる様なものじゃない。貧相な人生のピークだと思えば腹も立たないわ」
「ど庶民じゃまず手も届かないし、そりゃあ馬鹿にも拍車がかかるよ」
「ユーリまでひでえ…!!」
「聞こえてんぞ犬女にクソガキ!!」
まあ……かくいうわたしも、こらえたつもりがぽろっと酷いこと言ってしまう程度にはギリギリなんだけど………
ちらっと目線を合わせると、チェインさんもちょっと気後れした顔をしてて、多分似たような顔をしてるだろうわたしと一緒に頷き合った。しつこいようだけどまだ前菜しか食べてないのに、すごすぎて色々ぶっ飛びそうだ。
「しかし、見れば見る程実に面白いチームですね」
そんなわたし達を見て、フリージャ王子が言葉の通り少しだけ楽しそうな顔でそう言った。こんながちゃがちゃしたところ見られるなんてある意味粗相にあたりそうだけど、王子は不快そうな顔一つしない。本当に人格者だなあ……
「年齢、性別、果ては種族まで、真の意味で多種多様だ」
言われてみればそうだ。普通の会社だったらきっと、こんなに色んな人が集まるってことはまずないだろう。
それに、ライブラはここにいるのが全てじゃない。それこそ、多種多様な人達が普段はHLの一市民として暮らしてて、常にこの街で起こる出来事を観察してる。
この街が隣り合わせになってる危険は、治安だけじゃ決してない。ちょっとのズレがこのヘルサレムズ・ロットだけでなくて世界全体を大きく揺るがす騒動に発展するかもしれない可能性が、常にすぐ側にある。
「そう、我々の仕事は決して表立って称賛されるばかりではありませんが、平和な世界が続くこの現実こそが、静かな光を放つ何よりの勲章だと思っております」
成功がいつも華やかなわけじゃない。泥をかぶることだってある。けどそれがこの世界の均衡を保つことにつながるのなら、泥をかぶることにだって大いに意味がある。
流石スティーブンさん、いいこと言う……
……王子全然聞いてないけど。料理に夢中になってるけど。多分まともに聞いてたのクラウスさんぐらいだけど。
「感動した。とても勇気づけられる言葉だ、スティーブン」
「あ、ああ…ありがとう」
ていうか……今気付いちゃったけど、もしかしてスティーブンさん意外と余裕ない?