異界都市日記2
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「お嬢さんの感知能力でようやく捉えられる相手か……本当に相手が悪いな」
ライブラ事務所にて、クラウスと結理の会話をスピーカーで聞いていたスティーブンはため息をついた。電話の向こうで泣くチェインへの慰め半分で言った言葉は確かに的を得ていて、予想以上に事態は厄介なようだ。何にしろ結理の追跡を頼みの綱にするしかないという状況で、スティーブンの携帯が鳴る。
「何だって!?ザップしかいない!?」
『はい』
チェインからの報告は事態の悪化を予想させる内容だった。
現場に倒れていたのはザップのみで、その時の周囲は人通りも多かったにも関わらず、誰もレオの姿を認知していない。それは相手の幻術の精度がいかに高いかをまざまざと見せつけられているようなものだ。
「最大の懸念が早くも現実になったかぁ…ちょっと…やばいんじゃない?クラウス…」
悪い方向へ転がっていく気配しかしない状況に、スティーブンは顔をしかめて傍らのクラウスを見やり、
それ以上言うのを止めた。
(こわい…)
鬼のような凄まじい形相をしているクラウスにそんな感想を抱いたから、というだけではない。その形相の向こうで彼がどんな思いを抱いているのかを察したからだ。
きっと今、クラウスは死ぬ程考えている。それこそ、胃に穴が空いてしまいそうなほどの勢いで。脳内でのたうち回りそうなほど思考を繰り返しているのだろう。やっぱ気の小さい奴だなあと、思わず苦笑が漏れる。
けれど、だからこそ……
「こりゃあ、大丈夫だな」
「?」
「あ、いやいやえーと、こっちの話」
徐々に霧が濃くなっていく幹線道路を、赤と黒に塗り分けられたペスパが爆走している。運転者である小柄な少女はカーブでも一切速度を落とさず、ただ前を向いてベスパを走らせ続けていた。
(てゆうか……近いのか遠いのかも分かんないってどんだけなの…!?)
探知に集中力を注ぎながらの運転はかなり神経を使う。何度かひやりとしながらも速度を落とすことはなく、結理は距離感すら覚束ないほんの僅かな気配を追いかけ続ける。
その中で気付いたことがあった。油断すればすぐに見失ってしまいそうなレオの気配の側で、それよりも更にわずかだがもう一つ知った気配がする。まさか同じように捕えられたのか?と疑問がよぎったがすぐに却下した。クラウスはレオ以外の誰かが攫われたとは言っていないし、一緒に捕えられているのならこんな状況になることなどあり得ない。犯人はとっくの昔になます切りか丸焼きにされている。
「……っ!もしかして…!」
探知の集中と運転はそのままに、結理はイヤホンマイクにつないでおいた電話をかけた。
「ライブラを敵に回した恐怖。今まで舌を出して我々を欺いてきた連中に、存分に味合わせてやろう」
クラウスの携帯が鳴ったのは、スティーブンが病院の担当医から話を聞き、ザップが今何をしているかを理解した全員が次に備えている最中だった。先程同様スピーカーモードにし、車内の全員に聞こえる状態で電話に出る。
「クラウス」
『結理です!ザップさんの気配がちょっとだけどレオ君の気配の近くからしてて、何かマーキングの類がついてるかもしれないです!!』
「ご明察だお嬢さん!」
『え、スティーブンさん…!?』
他者からの手がかりなしで『それ』に辿り着いた結理に感嘆の声を上げると、電話の向こうの少女は戸惑った声を返したが、スティーブンは構わずに続ける。
「その気配の正体はザップの血だ。あいつは今、自分の血液を紐状に伸ばして異界車両を追跡している」
『うわすご……ええっと、つまりそれを追えば………あっ!』
「結理?」
驚きながらも続けようとした結理が、突然言葉を途切れさせた。直後に、受話器の向こうから打撃音と耳をつんざくような破砕音が聞こえてきた。
「あっぶな……」
「おいおい、こっちにも幻術見破ってる奴がいるじゃねえか!」
スティーブンから聞いたザップの神業に驚きながら、自分がすべきことを答えようとした瞬間、意識の端が殺気を捉えた。ベスパから飛び降りるようにその一撃を避けて地面を転がった結理が即座に起き上がって構えると、つい今まで姿がなかったはずの異界生物が少女を見下ろしていた。
『どうした結理!?』
「異界車両の一味と思われる奴に襲われました。すいませんけどこっちに集中します」
『車両はチェインが追う。そいつの拘束は任せたぞ』
「了解です。」
「おしゃべりたあ余裕だなクソ餓鬼!!」
会話を終えるよりも早く異界生物が鎌のような腕を振るった。攻撃を避けながら、結理は爪を掌に当てる。
「余裕?そんなもんないですよ。何せ、早いとこ仲間助けないとなんないんですからね!!」
言い返しながら低い体勢で地を蹴り、爪で掌を切った。溢れだした血が形を作り、少女の両腕を覆う。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『拳―ナックル―』!」
両腕を覆う赤い装甲が金属音を響かせながら次々と振るわれる鎌をいなす。その技と身のこなしで結理がただの子供でないことに気付いた異界生物は、鎌状にしていた腕を真っ直ぐな刃状に組み替えて突き出した。結理はそれを飛び上がってかわし、刃の峰に乗って更に距離を詰め、異界生物の顔面に爪先蹴りを叩き込んだ。
「ぐあ…!」
視界を潰されて仰け反った異界生物の首にすかさず組みつき、引っ張るように投げ飛ばす。
「だあっ!!」
アスファルトの地面に頭から叩きつけられてぐったりとのびた異界生物に、結理は息つく間もなく腕を振るった。
「『血術』……『鞭―バインド―』!」
赤い鞭が異界生物を縛り上げた直後、道路に炎の線が走った。切れた息を整えようとした結理が驚いてその方向を見たのと、炎を追うように凄まじい速さでチェインが横切ったのとはほぼ同時だった。更に見慣れた車がチェインを追うように猛スピードで走り抜ける。
拘束した異界生物を転がしたままその後を追いかけようと道路に出た瞬間、今までほんのわずかしか捉えられなかった気配が突然明瞭になった。
(幻術が解けた…!?)
道路の向こうでは異界車両が横倒しになっていて、そこから飛んだらしい異界生物が車に襲いかかろうとしている。だが、そこに乗っている相手が悪い。
「ブチかませ!!クラウス…!!」
「……って!ちょっと待っ……」
「ブレングリード流血闘術 111式」
異界存在を蹴り飛ばしながら叫んだスティーブンの台詞を聞いて、結理は慌てて止めに入ろうと駆け出したが、距離があり過ぎたのと足元がふらついてしまったのとで、間に合わなかった。
「十字型殲滅槍―クロイツヴェルニクトランツェ―」
クラウスが放った強烈な一撃は、何者も欺いてきた連中を完膚なきまでに粉砕させた。
「あっちゃー……」
その結果を眺めていることしかできなかった結理#は、落ち込んだように頭を抱えていた。