杏の色、あなたを想う
健康優良児の成歩堂龍ノ介は、珍しく体調を崩していた。
この男が顔を真っ青にして体調を崩しているさまは、俺に天と地がひっくり返るほどの衝撃を与えた。なんとかは風邪をひかないというが、目の前の成歩堂龍ノ介の顔は、あからさまに血の気が引いている。キサマはなんとかの一員ではなかったのか。ここ数日姿を見かけなかったので事務所を訪れたらこのザマだった。事務所の自室に布団を敷き、うーんうーんと情けなく唸っている。御琴羽法務助士は、薬をもらいに出かけていた。彼女に頼まれて、少しの間この男の面倒を見ることになったのだ。青い番傘を差した彼女の背中を思い出す。
外ではしとしとと雨が降り、暗雲が立ちこめていた。雨風はさほど強くはなかったが、小さな雨粒が地面を少しずつ濡らしていく、そんなささやかな天気だった。小雨のクラシックを聴きながら、成歩堂の枕元に膝をつく。
「おい、この体たらくはなんだ」
声をかけると、真っ白な顔色の成歩堂が静かに目を開けた。心臓が跳ね上がる。皮膚を彩った白が、かつての母を想起させた。
「……あそうぎ?」
「まったく、この梅雨の時期に風邪とは情けない。健康優良児のキサマが珍しいではないか」
内心の動揺を悟られないよう、ため息交じりに悪態をつけば、成歩堂は情けなく笑った。上半身を起き上がらせる彼に問う。
「水菓子は食べられるか」
「うん……」
こくりと素直に頷く成歩堂はいつもより口数が少なく、どこか寂しげな童子のようにあどけない。御琴羽法務助士が用意してくれた、水の入った器には綺麗に切られたあんずが浮かんでいた。それを箸で一つ摘まみ、成歩堂の口に寄せる。彼は大きく口を開いて、あんずをゆっくり咀嚼した。おいしい、と微笑んだ。弱っている姿に、胸を絞るような苦しみを覚える。
五切れほど食べたところで、途端成歩堂が苦しみ始める。周囲を見ると桶が置かれていた。用意周到な法務助士だ。それを乱雑に手に取り、成歩堂の口元に寄せる。先程までおいしそうに胃に吸い込まれていたはずのあんずが、ぐちゃぐちゃに潰れて吐き戻される。胃液の匂いがつんと鼻腔を劈いた。成歩堂は目尻に涙を浮かべて苦しそうにしている。背中を擦ってやった。いつも凜と伸ばされている男の背中が、やけに細く見えた。
たまらず、彼の胴に手を回す。いつもより体温の低い成歩堂の身体を、少しでも温めるために。
「……早く治せよ。調子が狂う」
そう呟くと、成歩堂は目尻の涙を拭って。いつものように、にへらと情けなく笑うのだった。
この男が顔を真っ青にして体調を崩しているさまは、俺に天と地がひっくり返るほどの衝撃を与えた。なんとかは風邪をひかないというが、目の前の成歩堂龍ノ介の顔は、あからさまに血の気が引いている。キサマはなんとかの一員ではなかったのか。ここ数日姿を見かけなかったので事務所を訪れたらこのザマだった。事務所の自室に布団を敷き、うーんうーんと情けなく唸っている。御琴羽法務助士は、薬をもらいに出かけていた。彼女に頼まれて、少しの間この男の面倒を見ることになったのだ。青い番傘を差した彼女の背中を思い出す。
外ではしとしとと雨が降り、暗雲が立ちこめていた。雨風はさほど強くはなかったが、小さな雨粒が地面を少しずつ濡らしていく、そんなささやかな天気だった。小雨のクラシックを聴きながら、成歩堂の枕元に膝をつく。
「おい、この体たらくはなんだ」
声をかけると、真っ白な顔色の成歩堂が静かに目を開けた。心臓が跳ね上がる。皮膚を彩った白が、かつての母を想起させた。
「……あそうぎ?」
「まったく、この梅雨の時期に風邪とは情けない。健康優良児のキサマが珍しいではないか」
内心の動揺を悟られないよう、ため息交じりに悪態をつけば、成歩堂は情けなく笑った。上半身を起き上がらせる彼に問う。
「水菓子は食べられるか」
「うん……」
こくりと素直に頷く成歩堂はいつもより口数が少なく、どこか寂しげな童子のようにあどけない。御琴羽法務助士が用意してくれた、水の入った器には綺麗に切られたあんずが浮かんでいた。それを箸で一つ摘まみ、成歩堂の口に寄せる。彼は大きく口を開いて、あんずをゆっくり咀嚼した。おいしい、と微笑んだ。弱っている姿に、胸を絞るような苦しみを覚える。
五切れほど食べたところで、途端成歩堂が苦しみ始める。周囲を見ると桶が置かれていた。用意周到な法務助士だ。それを乱雑に手に取り、成歩堂の口元に寄せる。先程までおいしそうに胃に吸い込まれていたはずのあんずが、ぐちゃぐちゃに潰れて吐き戻される。胃液の匂いがつんと鼻腔を劈いた。成歩堂は目尻に涙を浮かべて苦しそうにしている。背中を擦ってやった。いつも凜と伸ばされている男の背中が、やけに細く見えた。
たまらず、彼の胴に手を回す。いつもより体温の低い成歩堂の身体を、少しでも温めるために。
「……早く治せよ。調子が狂う」
そう呟くと、成歩堂は目尻の涙を拭って。いつものように、にへらと情けなく笑うのだった。
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