甘党サイダー

 亜双義は端末の画面を見て、一人項垂れていた。
 画面を占領しているのは、ポメダカフェにて期間限定で扱っている抹茶キャラメルパンケーキだ。パンケーキの上にのせられたキャラメルと抹茶のソースとクリーム、丸いバニラアイス、更にお好みで黒蜜をかけられるらしい。そして夏の期間限定、カラフルサイダーの期限も迫りつつあった。一度行ってみたい気持ちはあるのだが、大の男が独りで甘味を食べているのは絵面的にどうなのか。しかもパンケーキはそれなりのサイズで、推奨は二名からになっている。一人で食べるのは造作もないが、知り合いには見られたくない。さてどうしたものかと自室で悩んでいると、かの相棒から通知が来た。
『亜双義、見たか?』
 いつもの通り突拍子もない相棒に苦笑しつつ、どうしたのかと返信する。間をあけずに既読がついた。
『ポメダカフェの期間限定パンケーキ! 食べに行きたいんだけどもちろん着いてきてくれるよな?』
 相棒の成歩堂龍ノ介は、亜双義とは違い体面にはこだわらない性分だ。一人で行ける度胸があるくせにいつも誘ってくる。当たり前のような、仄かな幸せをどう表現したらいいのか分からず、ううと室内で呻いた。成歩堂の気が変わらないうちに返信する。もちろん答えはイエスだ。
 秋とはいえまだ日差しは強い。半袖シャツに七分袖のカーディガンをはおり、意気揚々と自室を後にするのだった。
 亜双義と成歩堂は、相棒兼親友兼、甘党同盟である。

「亜双義!」
 同盟のメンバーである成歩堂が炎天下の中手を振る。近場の公園で合流することになっていた。木々の下で日除けをしている成歩堂の肌が木漏れ日に照らされていた。葉の擦れる音にかき消されない大きな声で、相棒は亜双義を呼ぶ。亜双義もそれに「応」と答えた。
「早いな、成歩堂」
「おまえこそ」
 成歩堂は人の良い顔に、にい、と悪戯っぽい笑みを浮かべる。亜双義の腕を掴んで引っ張って歩く。どうやら相棒の頭は既に期間限定抹茶キャラメルパンケーキしかないようだった。もちろんそれは、亜双義も同じなのだが。
 成歩堂の掌はひどく熱い。分かっているから離せと抵抗すると、やはり彼は笑った。
「ごめんよ。楽しみすぎてさ。早く行こうぜ」
「まったく……本当に甘い物に目がないな」
「それはおまえもだろう?」
「異論はない」
 二人で並んで目的地へ向かう。その道程さえも込み上げてくるものがあるのだが、亜双義はその感情をうまく言葉で伝えられなかった。
 車通りの多い街の歩道を歩いていると、目的地に辿り着く。先程から成歩堂と話しているポメダカフェだ。看板には可愛らしいポメラニアンのイラストが描かれている。店内に入ると涼しく、過ごしやすい室温だった。外の暑さが嘘のようだ。
「今年の暑さは異常だな」
 成歩堂がぼんやりと呟いた。九月上旬はいつもこれくらいの気温のはずだが、成歩堂の頭からは去年のことはすっぽり抜けているようだ。しかし暑いことには変わらないので、嘆息で返した。席に案内され、ようやく落ち着いて甘味を食べられる。目の前ではしゃぐ成歩堂が意気揚々とメニューを掲げる。メニューには写真写りの良い食べ物たちが勢揃いしていた。
「もちろん、抹茶キャラメルパンケーキは頼むだろ? 他に食べたいものあるか?」
「あんまり食い過ぎると夕飯が入らなくなるからな。飲み物程度でいいだろう」
「飲み物と言えばカラフルサイダーか。いろんな味があるんだな。ようし……ぼくはスイカ味にするよ」
 成歩堂が指で示したのは、赤いサイダーだった。長靴の形をしたグラスに注がれた赤は、どうやらスイカの味をしているらしい。亜双義は思わず顔を顰めた。
「スイカ味のサイダーなど、うまそうに思えん」
「甘いな亜双義。飲んだことがないから挑戦してみるんじゃないか」
「む……それも一理あるな。さすが成歩堂。オレが見込んだだけのことはある」
「いやそこまで大袈裟に捉えなくても……」
 苦笑する成歩堂をよそに、サイダーを決める。オーソドックスなラムネ味を選んだ。実物を見るまでは分からないが、透き通った水色が綺麗だと思ったのだ。緑や黄色など、他のサイダーもあったのだが、無性にその青に惹かれた。品が来るまでの間、二人はたわいもない話をする。ゲームの話になると、成歩堂が饒舌に語り始めた。
「それが結構難しくてさ、でも楽しいんだ。亜双義もやろうぜ」
「……ゲームは好かん」
 ゲームをやらない環境で育ったためか、亜双義はゲームに対し苦手意識を持っていた。プレイしたとしても人に付き合う程度だ。自分でやるより、楽しそうにプレイしている成歩堂を見ているほうが面白かった。彼はただの画面に一喜一憂するのだ。ころころと変わる表情がなんとも愛嬌があって、見るに飽きない。本人には絶対言ってやらないが。
「お前、そんなにゲーム好きじゃないもんな。無理強いはしないけど……けど亜双義とやったらきっともっと楽しくなるんだろうなあ」
「……やってやらなくもない」
「本当か⁉ でも、確かハード持ってなかったよな」
「この後買いに行けばいいだろう。バイト代も貯めてあるしな」
「さすが亜双義……ぼくなんてすぐすっからかんになるのに」
「キサマが使いすぎてるんだ。少しは気をつけろ」
 くだらない話をしていると、いよいよ抹茶キャラメルパンケーキとカラフルサイダーが運ばれてきた。パンケーキは想像よりもサイズが大きく、甘いキャラメルとほろ苦い抹茶の香りがする。二人前とは聞いていたが、いくら甘いものが好きだと言っても二人では食べきれないサイズだ。成歩堂と共に来て良かったと安心する。可愛らしい長靴のグラスに注がれたカラフルサイダーは、写真よりもずっと美しく、光が凝縮されていた。炭酸の気泡がふつふつと水面に浮かんでいる。上に乗せられたバニラアイスが零れ落ちてしまいそうだった。ラムネ味のサイダーは水色に着色されていて、まるでプールの中を泳いでいる気持ちになった。対する成歩堂のサイダーは赤色で、彼も物珍しそうに眺めている。パンケーキに黒蜜をたっぷりかけてから、二人で甘い宝の写真を撮った。
 巨大なサイズのパンケーキにナイフを入れ、半分に割る。取り皿によそいもせず、二人でつついて食べた。抹茶とバニラアイスが絡み合い、程よい甘味を生み出している。抹茶とキャラメル、黒蜜にバニラアイス。属性てんこ盛りでも味がばらつかず絶妙に甘い。シロップでひたひたになったパンケーキもふんわりとしていて食べやすい。まるで雲を食べている心地になってしまう。成歩堂も同じなようで、丸い目をさらに丸くして食べていた。サイダーのようにきらきらと目が波打っている。幸福の味だ。亜双義は甘さを噛みしめた。
 カラフルサイダーの上にのせられているアイスも溶けそうなので慌てて端から口に入れる。ラムネの水色のバニラの白が混ざり合い、宝石のような色彩を生み出していた。成歩堂がずい、と自分のぶんのカラフルサイダーを差し出してくる。
「スイカ味、結構うまいぞ、飲んでみろよ」
「ほう」
 お言葉に甘えて、差してあるストローに口をつける。なるほど、案外いける。スイカの甘酸っぱさがうまい具合にサイダーとなっていて飲みやすかった。お礼に自分のサイダーも少し飲ませてやると、成歩堂は「うーん、定番の味!」と笑った。少しだけ無口になりながら、二人で食べ進める。幸福の時間だった。
 しかし、亜双義の幸福に邪魔が入った。
「あ、亜双義と成歩堂じゃん。こんなところでなにやってんの?」
 通路を歩いていた同級生三人組と偶然鉢合わせてしまった。テーブルの上には巨大すぎるパンケーキ、飲み物は可愛らしい色をしたサイダー。他人に甘党を隠している亜双義は、ぶわりと背中に冷や汗をかいた。言い逃れのできない状況だった。
 けれど、成歩堂は亜双義よりも冷静だった。
「期間限定パンケーキが食べたくてさ、でも一人で食べきれないから亜双義に手伝ってもらってたとこ」
「あー、お前、甘い物好きだもんな。納得だわ」
 三人組の一人が「亜双義も迷惑だったら断れよなー」と言ったところで、会話は終わった。三人は少し離れた席に座って注文を取っている。ほっと安堵の息をついて、成歩堂に感謝を述べた。
「助かった。恩に着る」
「別にいいけど……なんで甘党なの隠してるんだ? 恥ずかしいことでもなんでもないだろ」
「……好きなものをひけらかすのはあまり得意でなくてな」
「でもぼくには隠さなかったじゃないか」
「キサマだから打ち明けたのだ」
 成歩堂の目をまっすぐ見据えてそう言うと、成歩堂の耳殻が少し赤くなった。それから、パンケーキをぱくぱくと頬張って呟く。
「そういうところだよ……」
「なにがだ?」
「なんでもない。それよりも、早く食べないとぼくが全部食べちゃうぞ」
「それは困るな」
 笑って返すと、成歩堂はまた「そういうところだよ……」と呟いていた。なにをもってそういうところなのか見当もつかない。この甘いパンケーキを食べたら、二人でゲームを見に行こう。そう約束して、再び甘味の世界に没頭した。
 美しく並んだサイダーが二つ、きらきらと二人を見つめていた。
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