焼肉奉行
成歩堂と亜双義は二人っきりで焼肉店へと赴いていた。
期末試験最終日、労いを兼ねて夜に焼肉しようという話になった。どちらから提案したのか、成歩堂は既に覚えていない。試験が終わっただの夏だからだの、そんなことはただの「ついで」であり、成歩堂にとっては親友の亜双義と羽目を外せるならなんでも良かった。要は楽しかったらなんでもいいのだ。
亜双義が肉の味を愉しみたいというので、今回はアルコールを入れない席となった。八月に近い茹だる夏。じわじわとシャツを濡らす汗を拭いながら入店した。店内は空調が効いており、すっと汗が冷えていく。成歩堂が思わずくしゃみをすると、「軟弱者め」と顔を顰められた。
席へ通され、網に熱が灯る。そこでようやく、二人は破顔した。肉のメニューを向かい側の席に座っている亜双義と眺める。男二人なので三人前くらいは食べられそうだが、好きなものを好きな分だけ食べたいので単品で頼むことにした。注文した生肉と白飯大盛り、味噌汁が運ばれてくる。鮮やかなピンクと白の斑模様をした肉たちは瑞々しかった。
熱を通した網を前に、二人は手を合わせた。
「いただきます」
たまたま声が重なってしまい、亜双義と目を合わせる。にやりと笑いかけると、彼は満足そうに鼻を鳴らした。
「さて、まずは定番のカルビからいくか」
そう声をかけると、亜双義も頷いた。豚カルビ八枚を一気に網の上に乗せ、丁寧に焼いていく。ついでとばかりに成歩堂は鶏セセリも乗せた。すると早速、亜双義は顔を顰めた。
「鶏だと?」
「いいじゃないか。ぼくだけ食べるんだし。火が通りづらいから早めに入れたいんだよ」
「オレは食わんからな」
「言われなくとも知ってるよ」
やがて豚カルビに火が通り、焦げる前に一気に器へよそった。食べる前に成歩堂はシマチョウを乗せていく。
「キサマはまた、火が通りづらいものばかり……」
「別にいいだろ。折角の焼肉なんだし。それよりもたれはどうするんだ?」
「元祖たれで」
「はいよ。ぼくは甘辛だれにしよう」
亜双義に元祖たれを渡し、器に注ぐ。甘辛だれというネーミングの割には辛くはなく、程よく甘く程よくスパイシーなので成歩堂はこのたれを気に入っている。亜双義はあまりたれで遊ばないタイプで、いつも決まって定番の元祖たれを注いでいた。
「やっぱ豚カルはうまいな」
豚カルビで熱々の白米を巻いて、大口を開いて食べる。口の中に広がる脂と獣の匂いがなんとも言えない。たれの甘さも相まって頬が蕩けてしまいそうだった。
「セセリもそろそろいいかな」
「待て、成歩堂。鶏はしっかり焼かないと腹を痛めるぞ。この前も焦って食って下していたではないか」
「ううう……」
亜双義の言うことももっともで、前回の焼肉で気が急いた成歩堂は、鶏をしっかり焼かずに食べてしまった。前科があるせいで成歩堂は反論できなかった。唸る成歩堂に構わず、亜双義はメニューを眺めている。
「成歩堂、追加で頼んでもいいか」
「いいけど、なににするんだ?」
「牛タン」
頼むとすぐに牛タンが運ばれてくる。豚カルビより硬い肉を焼いていく。成歩堂は鶏セセリとシマチョウをトングでつつきながら牛タンを忌々しげに睨んだ。
「ぼく、ちょっと牛タン苦手なんだよな。食べられないことはないけど、なんというか、食感が苦手でさ」
「うまい食い方を教えてやる。そら」
亜双義はたれを注いでいない成歩堂の器に牛タンをのせた。次いで亜双義も自分の器に牛タンをよそう。それから亜双義が手に取ったのは塩の入った入れ物だった。
「牛タンは塩で食うといいぞ」
「へえ、どれどれ……」
試しに塩を振って、牛タンを口に入れる。塩じょっぱさとこりこりとした食感がマッチして食べやすくなった。牛タンのアクの強さを、塩が和らげてくれている。これは確かにハマるな、と成歩堂は牛タンを噛みしめながら思った。
「うまいな……」
「だろう?」
素直に美味しいと言えば、亜双義は誇らしそうに胸を張る。亜双義も牛タンを口に運ぶ。「美味しい」を共有するのは幸せな心地になる。温かな肉の味を噛みしめながら、成歩堂は笑った。
他の肉に箸を伸ばしていると、鶏がいい具合で焼ける。少し焦げた鶏セセリを器にのせ、レモン汁をかけた。鶏肉と塩豚トロはレモン汁だと相場が決まっているのだ。少なくとも成歩堂の中ではそうと決めている。ぷりぷりとした身がさっぱりとしている。鶏肉が食べられない亜双義は可哀想な奴だな、などと思った。
肉を喰らい尽くし、大盛りの白米が無くなった頃、亜双義は言った。
「では、いつもの〆といくか」
「いつものやつだな」
「そう……冷麺だ!」
そうして成歩堂と亜双義はそれぞれ一人前の冷麺を頼んだ。季節柄、麺の上にはスイカがのっている。薄い色のスープとスイカの赤がなんとも瑞々しく、既に満腹だというのに食欲をそそられた。成歩堂は酢を少しだけ入れ、キムチは投入せず食べるのが好きなのだが、亜双義はキムチも酢も大量に入れる。舌が麻痺しないのかと一度尋ねたことがあるが、本人曰く「この刺激がいいのだ」らしい。成歩堂には理解できない感覚だ。
夏の暑さを目一杯浴びてきた二人にとって冷麺は涼やかな食べ物だった。肉を食べた後ということもあり、身体も火照っている。冷麺は涼むにはもってこいだった。独特の、もったりとした、そしてつるつるとした麺を啜る。亜双義は酢を入れすぎて少々咽せていた。小さく寄せられたきゅうりもさっぱりしている。トマトも酸っぱく、スープに合っていた。最後にスイカを食べる。酸っぱさを体験してからの果物の甘さは身に沁みる。スープもすべて飲みきった。亜双義も、キムチの赤が滲んだスープを平らげたところだった。
視線と両手を合わせて、二人でにかりと笑った。
『ごちそうさまでした!』
二人はご機嫌で会計して、外に出る。店内の涼しさが嘘のように暑い。既に日は暮れているというのに、夏はまだまだ続く。今日は月が出ておらず、代わりに星がちらちらと見えた。二人で帰路に着く。
「今日はおまえのところでいいよな?」
「ダメだと言っても泊まっていくのだろう? 美味い日本酒をもらったから共に飲もう」
「酒かあ……お腹に入るかしらん……」
自分の膨れた腹を撫でると、亜双義はあっはっはと豪快に笑った。つられて成歩堂も笑う。二人の笑い声が夜空にこだました。
一頻り笑い、落ち着いてから改めて言った。
「また一緒に行こうな」
すると、成歩堂の親友は満面に笑みを湛えて、真っ直ぐな眼で返事をした。
「応!」
期末試験最終日、労いを兼ねて夜に焼肉しようという話になった。どちらから提案したのか、成歩堂は既に覚えていない。試験が終わっただの夏だからだの、そんなことはただの「ついで」であり、成歩堂にとっては親友の亜双義と羽目を外せるならなんでも良かった。要は楽しかったらなんでもいいのだ。
亜双義が肉の味を愉しみたいというので、今回はアルコールを入れない席となった。八月に近い茹だる夏。じわじわとシャツを濡らす汗を拭いながら入店した。店内は空調が効いており、すっと汗が冷えていく。成歩堂が思わずくしゃみをすると、「軟弱者め」と顔を顰められた。
席へ通され、網に熱が灯る。そこでようやく、二人は破顔した。肉のメニューを向かい側の席に座っている亜双義と眺める。男二人なので三人前くらいは食べられそうだが、好きなものを好きな分だけ食べたいので単品で頼むことにした。注文した生肉と白飯大盛り、味噌汁が運ばれてくる。鮮やかなピンクと白の斑模様をした肉たちは瑞々しかった。
熱を通した網を前に、二人は手を合わせた。
「いただきます」
たまたま声が重なってしまい、亜双義と目を合わせる。にやりと笑いかけると、彼は満足そうに鼻を鳴らした。
「さて、まずは定番のカルビからいくか」
そう声をかけると、亜双義も頷いた。豚カルビ八枚を一気に網の上に乗せ、丁寧に焼いていく。ついでとばかりに成歩堂は鶏セセリも乗せた。すると早速、亜双義は顔を顰めた。
「鶏だと?」
「いいじゃないか。ぼくだけ食べるんだし。火が通りづらいから早めに入れたいんだよ」
「オレは食わんからな」
「言われなくとも知ってるよ」
やがて豚カルビに火が通り、焦げる前に一気に器へよそった。食べる前に成歩堂はシマチョウを乗せていく。
「キサマはまた、火が通りづらいものばかり……」
「別にいいだろ。折角の焼肉なんだし。それよりもたれはどうするんだ?」
「元祖たれで」
「はいよ。ぼくは甘辛だれにしよう」
亜双義に元祖たれを渡し、器に注ぐ。甘辛だれというネーミングの割には辛くはなく、程よく甘く程よくスパイシーなので成歩堂はこのたれを気に入っている。亜双義はあまりたれで遊ばないタイプで、いつも決まって定番の元祖たれを注いでいた。
「やっぱ豚カルはうまいな」
豚カルビで熱々の白米を巻いて、大口を開いて食べる。口の中に広がる脂と獣の匂いがなんとも言えない。たれの甘さも相まって頬が蕩けてしまいそうだった。
「セセリもそろそろいいかな」
「待て、成歩堂。鶏はしっかり焼かないと腹を痛めるぞ。この前も焦って食って下していたではないか」
「ううう……」
亜双義の言うことももっともで、前回の焼肉で気が急いた成歩堂は、鶏をしっかり焼かずに食べてしまった。前科があるせいで成歩堂は反論できなかった。唸る成歩堂に構わず、亜双義はメニューを眺めている。
「成歩堂、追加で頼んでもいいか」
「いいけど、なににするんだ?」
「牛タン」
頼むとすぐに牛タンが運ばれてくる。豚カルビより硬い肉を焼いていく。成歩堂は鶏セセリとシマチョウをトングでつつきながら牛タンを忌々しげに睨んだ。
「ぼく、ちょっと牛タン苦手なんだよな。食べられないことはないけど、なんというか、食感が苦手でさ」
「うまい食い方を教えてやる。そら」
亜双義はたれを注いでいない成歩堂の器に牛タンをのせた。次いで亜双義も自分の器に牛タンをよそう。それから亜双義が手に取ったのは塩の入った入れ物だった。
「牛タンは塩で食うといいぞ」
「へえ、どれどれ……」
試しに塩を振って、牛タンを口に入れる。塩じょっぱさとこりこりとした食感がマッチして食べやすくなった。牛タンのアクの強さを、塩が和らげてくれている。これは確かにハマるな、と成歩堂は牛タンを噛みしめながら思った。
「うまいな……」
「だろう?」
素直に美味しいと言えば、亜双義は誇らしそうに胸を張る。亜双義も牛タンを口に運ぶ。「美味しい」を共有するのは幸せな心地になる。温かな肉の味を噛みしめながら、成歩堂は笑った。
他の肉に箸を伸ばしていると、鶏がいい具合で焼ける。少し焦げた鶏セセリを器にのせ、レモン汁をかけた。鶏肉と塩豚トロはレモン汁だと相場が決まっているのだ。少なくとも成歩堂の中ではそうと決めている。ぷりぷりとした身がさっぱりとしている。鶏肉が食べられない亜双義は可哀想な奴だな、などと思った。
肉を喰らい尽くし、大盛りの白米が無くなった頃、亜双義は言った。
「では、いつもの〆といくか」
「いつものやつだな」
「そう……冷麺だ!」
そうして成歩堂と亜双義はそれぞれ一人前の冷麺を頼んだ。季節柄、麺の上にはスイカがのっている。薄い色のスープとスイカの赤がなんとも瑞々しく、既に満腹だというのに食欲をそそられた。成歩堂は酢を少しだけ入れ、キムチは投入せず食べるのが好きなのだが、亜双義はキムチも酢も大量に入れる。舌が麻痺しないのかと一度尋ねたことがあるが、本人曰く「この刺激がいいのだ」らしい。成歩堂には理解できない感覚だ。
夏の暑さを目一杯浴びてきた二人にとって冷麺は涼やかな食べ物だった。肉を食べた後ということもあり、身体も火照っている。冷麺は涼むにはもってこいだった。独特の、もったりとした、そしてつるつるとした麺を啜る。亜双義は酢を入れすぎて少々咽せていた。小さく寄せられたきゅうりもさっぱりしている。トマトも酸っぱく、スープに合っていた。最後にスイカを食べる。酸っぱさを体験してからの果物の甘さは身に沁みる。スープもすべて飲みきった。亜双義も、キムチの赤が滲んだスープを平らげたところだった。
視線と両手を合わせて、二人でにかりと笑った。
『ごちそうさまでした!』
二人はご機嫌で会計して、外に出る。店内の涼しさが嘘のように暑い。既に日は暮れているというのに、夏はまだまだ続く。今日は月が出ておらず、代わりに星がちらちらと見えた。二人で帰路に着く。
「今日はおまえのところでいいよな?」
「ダメだと言っても泊まっていくのだろう? 美味い日本酒をもらったから共に飲もう」
「酒かあ……お腹に入るかしらん……」
自分の膨れた腹を撫でると、亜双義はあっはっはと豪快に笑った。つられて成歩堂も笑う。二人の笑い声が夜空にこだました。
一頻り笑い、落ち着いてから改めて言った。
「また一緒に行こうな」
すると、成歩堂の親友は満面に笑みを湛えて、真っ直ぐな眼で返事をした。
「応!」
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