赤の鬱金香
夢を見た。
親友が花畑の中で笑っている。一面真っ赤な花々で覆われていて、空は藍一色だった。どこか無機質な情景に、目の奥が痛んだ。一本の花に触れてみる。大きな花弁は柔らかい。どこかで見たことのある形だが、花の名前を思い出せなかった。
「 」
親友が口を開いて喋っているのに、声が此方まで届かない。どうしたんだ、親友と呼んでみるが、彼は楽しそうに笑うばかりだった。
はしゃいでいる彼は大きく腕を広げて、ぼくに抱きついてくる。花の色と同じ、真っ赤な鉢巻きが靡く。
「 」
こんなに近くにいるのに、彼の声は聞こえてこない。そのことがやけに哀しくて、彼の赤の鉢巻きに触れた。藍の空に引かれた赤い線に、触れた。
親友の姿が、一瞬にして消えた。
両手に鉢巻きを持って、ぼくは呆然と立ちすくんでいた。先ほどまで触れ合っていた親友の身体がどこにもない。真っ赤な線だけが、ぼくの手の中にあった。
どこに行ってしまったんだ。友がいなくなった恐怖心に駆られ、走り出そうとする。すると、背後から強い力で抱き寄せられた。
「あ」
友の名を呼ぼうとして、そちらを振り返った。
呼ぼうとしたのに、ぼくはその人に唇を奪われていた。
欲を感じさせない、触れるだけの接吻。親友は目を瞑って、まるで慈しむかのような口づけをした。
途端、強く香る花。
ぶわりと熱気に包まれ、大きく赤い花弁たちが一度に空に舞った。昏い藍色の空に赤の花が咲く。風の勢いに目を瞑る。
目を開けると、親友が赤い線になって溶けていた。
どう表現したらいいのだろう。とにかく線になっていた。紐状のなにかになって、ぼくの傍で横たわって、ぼくは、泣き叫ぶしかなかった。心が黒い線でかき消されていく。
友の名前を、喉から絞り出した。
クローゼットの中で目を醒ました。
光の届かない、狭い狭い密室で、ぼくは独りぼっちだった。両腕に抱きしめた狩魔の鞘は、ぼくの温度で温かくなってしまっている。随分寝てしまったようだ。目を擦れば、制服の袖が濡れた。泣いていたのか。
もう親友は、この部屋のどこにもいない。広い客室。広い寝台。使ってもいいはずなのに、寝台に横たわる気になれず、未だにこうして独り、クローゼットに引きこもっている。
ぼくの唯一人の親友、亜双義一真。
記憶の中のお前はいつも微笑んでいると云うのに、夢の中ですら豪快に笑っているのか。
狩魔に巻いた赤い鉢巻きは、暗闇の中でも映えていた。きっとこの眩い赤が、ぼくを導いてくれるのだろう。
お前がきっと傍にいてくれる。そう信じているけれど、寂しい己をどうか赦してほしい。
「亜双義」
親友の名を呟いた。狭い密室で囁いた声が、反響して自分へと返ってくる。本当に欲しい返事は、返ってこない。もう一度ぼくの名をお前に呼んでほしいのに、返ってくるのは耳が痛くなるほどの静寂だけだった。
暗闇を照らす赤い線をなぞり、口づけを落とした。柔らかい布は、まるで花弁のようだった。
親友が花畑の中で笑っている。一面真っ赤な花々で覆われていて、空は藍一色だった。どこか無機質な情景に、目の奥が痛んだ。一本の花に触れてみる。大きな花弁は柔らかい。どこかで見たことのある形だが、花の名前を思い出せなかった。
「 」
親友が口を開いて喋っているのに、声が此方まで届かない。どうしたんだ、親友と呼んでみるが、彼は楽しそうに笑うばかりだった。
はしゃいでいる彼は大きく腕を広げて、ぼくに抱きついてくる。花の色と同じ、真っ赤な鉢巻きが靡く。
「 」
こんなに近くにいるのに、彼の声は聞こえてこない。そのことがやけに哀しくて、彼の赤の鉢巻きに触れた。藍の空に引かれた赤い線に、触れた。
親友の姿が、一瞬にして消えた。
両手に鉢巻きを持って、ぼくは呆然と立ちすくんでいた。先ほどまで触れ合っていた親友の身体がどこにもない。真っ赤な線だけが、ぼくの手の中にあった。
どこに行ってしまったんだ。友がいなくなった恐怖心に駆られ、走り出そうとする。すると、背後から強い力で抱き寄せられた。
「あ」
友の名を呼ぼうとして、そちらを振り返った。
呼ぼうとしたのに、ぼくはその人に唇を奪われていた。
欲を感じさせない、触れるだけの接吻。親友は目を瞑って、まるで慈しむかのような口づけをした。
途端、強く香る花。
ぶわりと熱気に包まれ、大きく赤い花弁たちが一度に空に舞った。昏い藍色の空に赤の花が咲く。風の勢いに目を瞑る。
目を開けると、親友が赤い線になって溶けていた。
どう表現したらいいのだろう。とにかく線になっていた。紐状のなにかになって、ぼくの傍で横たわって、ぼくは、泣き叫ぶしかなかった。心が黒い線でかき消されていく。
友の名前を、喉から絞り出した。
クローゼットの中で目を醒ました。
光の届かない、狭い狭い密室で、ぼくは独りぼっちだった。両腕に抱きしめた狩魔の鞘は、ぼくの温度で温かくなってしまっている。随分寝てしまったようだ。目を擦れば、制服の袖が濡れた。泣いていたのか。
もう親友は、この部屋のどこにもいない。広い客室。広い寝台。使ってもいいはずなのに、寝台に横たわる気になれず、未だにこうして独り、クローゼットに引きこもっている。
ぼくの唯一人の親友、亜双義一真。
記憶の中のお前はいつも微笑んでいると云うのに、夢の中ですら豪快に笑っているのか。
狩魔に巻いた赤い鉢巻きは、暗闇の中でも映えていた。きっとこの眩い赤が、ぼくを導いてくれるのだろう。
お前がきっと傍にいてくれる。そう信じているけれど、寂しい己をどうか赦してほしい。
「亜双義」
親友の名を呟いた。狭い密室で囁いた声が、反響して自分へと返ってくる。本当に欲しい返事は、返ってこない。もう一度ぼくの名をお前に呼んでほしいのに、返ってくるのは耳が痛くなるほどの静寂だけだった。
暗闇を照らす赤い線をなぞり、口づけを落とした。柔らかい布は、まるで花弁のようだった。
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