チームまなぶの日記
まなぶ
2026/07/26 19:557月26日は相模原市の障害者施設津久井やまゆり園を襲撃された事件の日。
当時は(今でも)「障害者はいない方がいい、植松聖は正しい、誰しも思ってるが言えないことできないことをやってのけた植松は勇者!」みたいな論があちこちで起こって障害を持つ人たちは安心して眠ることすらできなくなった。
僕もそのうちの一人である。
優生思想だけではなく、反出生主義もこの論を唱える者に混ざってる。
さらに言えば(主に)発達障害当事者が他の当事者に向けてこれを叫ぶこともままある。
本当に反吐が出る。
植松は当然死刑が確定したけど、潜在的な植松聖は社会の中にごまんといると感じる。
「自分は真っ当である」と奴らは言う。
しかし当然ながら人生なんてわからない。
ある日事故にあって半身不随になったら?
ある日脳梗塞で倒れ気がついたら高次脳機能障害になっていたら?
年を取り認知症になったら?
知らず知らずに糖尿病になっていたら?
なにがしかによって精神を著しく病んだら?
それでもお前は「自分は真っ当な側」だと言えるのか?
自分が人生の中で『障害者』と呼ばれる存在には絶対にならないなんて、なぜ言えるのか。
そしてなぜそれを不特定多数の目に留まる場所で言えるのか。
浅はかすぎる。
思慮が足らなすぎる。
程度が低い。
差別は消えないんだと思う。
どれだけ時間をかけても、おそらく人類が文明を持った頃から差別はあったんだと思う。
それは人間という生物の性なんだろう。
生存戦略のうちの一つだなんだろう。
けれど同時に人類は対話により歩み寄るということができる稀有な生物である。
差別そのものは消えなくても、受け止め合うことはできる。
理解できなくてもいい、受け止め合えればいい。
人が人を思い遣ることは最も合理的な進化である。
ほんの少しの思い遣りと受容が人をより高次なものへと高める。
あれから10年。
未来はこれから。
当時は(今でも)「障害者はいない方がいい、植松聖は正しい、誰しも思ってるが言えないことできないことをやってのけた植松は勇者!」みたいな論があちこちで起こって障害を持つ人たちは安心して眠ることすらできなくなった。
僕もそのうちの一人である。
優生思想だけではなく、反出生主義もこの論を唱える者に混ざってる。
さらに言えば(主に)発達障害当事者が他の当事者に向けてこれを叫ぶこともままある。
本当に反吐が出る。
植松は当然死刑が確定したけど、潜在的な植松聖は社会の中にごまんといると感じる。
「自分は真っ当である」と奴らは言う。
しかし当然ながら人生なんてわからない。
ある日事故にあって半身不随になったら?
ある日脳梗塞で倒れ気がついたら高次脳機能障害になっていたら?
年を取り認知症になったら?
知らず知らずに糖尿病になっていたら?
なにがしかによって精神を著しく病んだら?
それでもお前は「自分は真っ当な側」だと言えるのか?
自分が人生の中で『障害者』と呼ばれる存在には絶対にならないなんて、なぜ言えるのか。
そしてなぜそれを不特定多数の目に留まる場所で言えるのか。
浅はかすぎる。
思慮が足らなすぎる。
程度が低い。
差別は消えないんだと思う。
どれだけ時間をかけても、おそらく人類が文明を持った頃から差別はあったんだと思う。
それは人間という生物の性なんだろう。
生存戦略のうちの一つだなんだろう。
けれど同時に人類は対話により歩み寄るということができる稀有な生物である。
差別そのものは消えなくても、受け止め合うことはできる。
理解できなくてもいい、受け止め合えればいい。
人が人を思い遣ることは最も合理的な進化である。
ほんの少しの思い遣りと受容が人をより高次なものへと高める。
あれから10年。
未来はこれから。
