チームまなぶの日記

まなぶ

2026/08/14 00:09
過去に付き合ってたチー牛陰キャオタク君の話。

僕が高2の時町のサークル活動で4歳年上の社会人彼君に出会った。
有名なチー牛のイラストそのまんまの見た目の彼。
中身は御多分に洩れずイキリ陰キャオタク。
そのサークルは結構年寄りが多かったけど自己紹介で好きなアーティストを紹介するってテーマで「好きなアーティストはALI PROJECTです」って堂々と言い放ったようなアレな人。
僕も相当にオタクだったから話しかけたところから始まった。

彼はひたすらに中二病のオタクで空気もあまり読めない。
今思うとASD気質かも。
車持ってたからサークルの中でも若者達のグループでは足担当だった。

最初は年上の男性だからと敬意を払ってたけど、ある日「何こいつ?」と思うきっかけがあった。
サークルに所属してた高2の女子Aと中3の女子B、その男とメールをしていた時「俺AとBのこと好きなんだけどどっちと付き合うべき?」と来た。
「は?」と返した。
は?としか言いようがなかった。
今思うとあいつはIQ低かったのかもしれない。
シンプルに気持ち悪かった。
そもそもお前21歳だけどAもBも18歳以下なんだから法的にアウトだけど大丈夫そ?と思った。
……いや、今思い返しても意味わからんな。
そこからその男への態度をまるっきり変えた。
敬意が全部消えた。

そんな男と付き合い始めることになったきっかけはだいぶ酷い。
サークル活動が長引いて、そいつとAとBとそいつの友人Cと5人で20時過ぎまで集まっていた。
中学生のBが時間に気づいて真っ青になり「ヤバい!お父さんに怒られる!」と怯えだした。
AとCを家に送ったあと、男と僕はBの家に向かった。
男が出て行ったらさすがに事件化すると思い、制服着てるJK相手なら警戒しないだろうと僕がBを家の前に連れて行ったら、事件は起こった。
Bの父親はベロンベロンに酔っていて、僕は全力で殴る蹴るの暴行を受けた。
「お前がうちの娘連れ回したのか!?」って全身ボロボロのグチャグチャに殴られて、蹴られた。
今思うとBもその父親も軽度知的障害だったんだと思う。
シングルファザーで公営住宅に2人暮らしのBとその父親はとりあえずマトモじゃなかった。
僕はびっくりしすぎて警察に通報するという発想がなかった。
マジで、めちゃくちゃに暴行を受けてヨレヨレで男の車に戻ると、男は恐怖のあまりガクブル震えて縮こまっていた。
僕は自分のめちゃくちゃにされた顔を見て家に帰れないと思った。
このまま帰宅したらうちの親父があの父親のこと殺しに行く、絶対に殺す、と確信した。
そもそも僕はうちの親父が人を殺す寸前まで他人を殴りつけることに躊躇いがないことをよく知っていた。
僕自身が日常的に殴られていたわけではないけど、たまに殴られる、たまに死にそうになる、みたいな暮らしをしていたから。
……今思うと、どう考えてもあの場で通報するべきだった。
あれから16年経つけど今でも思い出すと腹立たしい。
見も知らぬ高校生のことズタボロに殴れる人間がマトモなはずがない。
酔ってたからとか関係ないし、おそらくBも日常的に虐待を受けていると想像に難くなかった。
車で震えてた男に僕は「とりあえず家には帰れないからどこかで時間潰そう」と提案した。
人気のない公園の駐車場に車を停めて2人は横になった。
すると吊り橋効果的なやつで双方恐怖のドキドキを恋情のドキドキと取り違えた。
そのまま抱き合ってキスをした。
そこから付き合い始めた。

なぜ僕の人生には暴力がついてまわるのか。
宿命なのか。
イキリ陰キャオタク君の彼との日々は本当にたくさんの思い出がある。
その頃の僕は高校を辞めるかどうかギリギリの状態だった。
本当に嫌だった。
しかし彼君が学校の外に居場所を作ってくれたおかげで生きることが楽になった。
そいつの友人Cと3人で遊ぶことが増えていった。
誕生日にサプライズで焼肉屋に連れて行ってくれてたらふく肉を食った時、感動しすぎて涙が出た。
箱入り娘……というか過干渉過保護支配系の親に行動を制限されていた分、彼君に社会の色んなことを教えてもらい、そこで人としてグッと成長した。
付き合い出して半年後に起こった東日本大震災で被災して精神がおかしくなった時も彼君が支えてくれた。
その記憶は今でも心底ありがたかったと思う。

しかし付き合いが長くなるにつれ彼君の暴力性があらわになってきた。
僕は僕で不安定で暴れることがあったが、パニックになって暴れる僕を彼君は暴力で押さえつけようとした。
顔面を蹴られて唇が切れタラコになった時、さすがに隠せず家に帰ったら案の定親父がブチギレた。
親父が僕に暴力を振るうのはノーカンなのに彼氏が暴力を振るうのは許さないのかよダブスタが、と思った。
そこから関係性に暴力を伴うようになっていった。
今思えば彼君は言葉で説明することが苦手だから暴力でなんとかしようとしたんだと思う。
父親から殴られ、祖父から性的暴行を受け、見知らぬオッサンから殴られ、彼氏からも殴られるのかぁ、と僕は諦念の向こうにいた。

考えてみると見た目がチー牛陰キャのイキリ中二病オタクでDV野郎とか本当に救えないな。
そいつの弟が重度知的障害で両親がどう控えめに見ても境界知能だったから彼君自身も何かあったんだろう。
当時は発達障害のことを何も知らなかったからわからなかったけど。
最終的に3年2ヶ月で破局した。
最後の方はずっと暴力だった。

しかし、彼とその友人達から教えてもらったこと、経験させてもらったことは本当にたくさんあって、あれらの経験がなかったら自分はもっと無知だったと思う。
震災後生きる屍みたいだった自分を支えてくれたことは本当に感謝してる。
楽しいこともたくさんあった。
トータルして見れば感謝の方が大きい。
しかし、結婚はしなくてよかったと思う。
仮に結婚してたら間違いなく離婚してた。

チー牛という概念を知った時、あの有名なイラストが本当に彼君にそっくりで爆笑した。
実際彼君もチーズ牛丼が大好物だった。
っていうか注文までそのまんまで、「チーズ牛丼特盛に温玉つけてください」が彼君のいつものメニューだった。
そんな彼君も今や37歳だが、どんな暮らしをしてるのかは当然ながら知らない。
家が近いから行こうと思えば行けるけど、当たり前だけどわざわざ行くこともない。
結婚したのか、子どもはいるのか、まだ実家に住んでるのか。
たまに無性に気になる時もある。
そういう日は16年前の楽しかった記憶を思い出す。
痛くて怖くて嫌だった、でも確かに愛し合っていた。
何をしても楽しかった。
それは間違いなく本当だった。

今の自分はもっとずっと、世界で一番愛し合ってる人と毎日一緒にいられる。
あの思い出はそっと心の隅にしまっておこうと思う。

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