タイ勇つめ
「午後は父兄参加種目ばっかだね」とユメノが運動会のプログラムを見て呟く。
「まあ、食後の軽い運動ってとこだろうな」
「食後の軽い運動ってわかってるなら大人げなく本気にならないでよね」
「それはなんだ? 俺に手を抜けと言ってるのか?」
「やっぱあたしが出よっかなー」
ところで種目は? とノゾムが尋ねる。「じゃじゃーん、二人三脚!」とユメノが発表した。
「待ってください」とユウキが神妙な顔をして手を上げる。
「やるんですか……? 二人三脚……ぼくと……」
「お前が出なくてどうすんだ」
「タイラが……?」
「そう思ってはいるが、いま出場資格を剝奪されかけているところだよ」
ちらりとユウキの顔を見たユメノが「冗談じゃん。タイラが出るに決まってるよ」とユウキの背中をばしっと叩いた。「だからぶっちぎりで勝ってきなよ」と鼓舞する。
それぞれの右足と左足をくっつけて縛られてから、タイラとユウキは自分たちの前の走者を見ていた。厳密にいえばタイラだけがふむふむ言いながら走者たちの様子を見て、「やっぱりお互い密着してた方が速そうだな」などと話している。ユウキは緊張しすぎてそれどころではなかった。
「こう、前の列がどんどん減っていって自分たちの番を待つというのは、出荷待ちみたいな気持ちになるな」
「はい……」
「大丈夫か??」
そんなこんなでユウキたちの番になり、タイラがユウキの肩を抱く。ピストルの音が鳴って、思わずユウキは弾かれたように走り出す。タイラが「こいつ……っ」と言うのが聞こえた。
そこからはもう頭が真っ白で、気づいたらゴールテープを切っていた。「おま、おまえ……足速いね……」と少しばかり息が上がった様子でタイラが隣にいる。
「おつかれさまー」と笑顔の教師に一等賞の旗を持たされ、ユウキはぽかんとした。
「はーい、二人ともこっち向いてくださいねー」とカメラを向けられ、よくわからないままピースサインをする。
気づけば足の縄を解かれて、ひょいっと抱き上げられたままグラウンドの端に避けていた。誰かの保護者らしい人が「いいですね、友坂さん。体力がおありで。僕なんてもう息が切れちゃって」と声をかけてくる。タイラは苦笑して「いや、ついて行くのがやっとですよ」と肩をすくめていた。
しばらく思考が追いついてこなかったので、「あの……おろしてください……」と言えたのは次の種目が始まるころだった。
数日後、現像された写真を学校で貰ったユウキは、それを大切に大切に自分の部屋の小さな箱に入れた。
お世辞にも、よく撮れているとは言えない写真だ。ちょうど強い風の吹いていた時だった。旗を持ち硬い表情でピースをするユウキと、そんなユウキを見下ろすタイラの表情は髪に隠れていてわからない。
だけれど、あの人がぼくのお父さんをやってくれた瞬間の写真だったから。たとえかりそめでも、本当は違くても、だけどわざわざぼくのお父さんをやってくれた一瞬の。もしかしたら一度きりかもしれない。それでもこの一度があったということを、ぼくは忘れないから。
あの時――――ユウキを見つめるタイラの表情なんて、その眼差しなんて、ユウキはもちろん誰も見なかったし、決して誰も知ることはないのだ。
「まあ、食後の軽い運動ってとこだろうな」
「食後の軽い運動ってわかってるなら大人げなく本気にならないでよね」
「それはなんだ? 俺に手を抜けと言ってるのか?」
「やっぱあたしが出よっかなー」
ところで種目は? とノゾムが尋ねる。「じゃじゃーん、二人三脚!」とユメノが発表した。
「待ってください」とユウキが神妙な顔をして手を上げる。
「やるんですか……? 二人三脚……ぼくと……」
「お前が出なくてどうすんだ」
「タイラが……?」
「そう思ってはいるが、いま出場資格を剝奪されかけているところだよ」
ちらりとユウキの顔を見たユメノが「冗談じゃん。タイラが出るに決まってるよ」とユウキの背中をばしっと叩いた。「だからぶっちぎりで勝ってきなよ」と鼓舞する。
それぞれの右足と左足をくっつけて縛られてから、タイラとユウキは自分たちの前の走者を見ていた。厳密にいえばタイラだけがふむふむ言いながら走者たちの様子を見て、「やっぱりお互い密着してた方が速そうだな」などと話している。ユウキは緊張しすぎてそれどころではなかった。
「こう、前の列がどんどん減っていって自分たちの番を待つというのは、出荷待ちみたいな気持ちになるな」
「はい……」
「大丈夫か??」
そんなこんなでユウキたちの番になり、タイラがユウキの肩を抱く。ピストルの音が鳴って、思わずユウキは弾かれたように走り出す。タイラが「こいつ……っ」と言うのが聞こえた。
そこからはもう頭が真っ白で、気づいたらゴールテープを切っていた。「おま、おまえ……足速いね……」と少しばかり息が上がった様子でタイラが隣にいる。
「おつかれさまー」と笑顔の教師に一等賞の旗を持たされ、ユウキはぽかんとした。
「はーい、二人ともこっち向いてくださいねー」とカメラを向けられ、よくわからないままピースサインをする。
気づけば足の縄を解かれて、ひょいっと抱き上げられたままグラウンドの端に避けていた。誰かの保護者らしい人が「いいですね、友坂さん。体力がおありで。僕なんてもう息が切れちゃって」と声をかけてくる。タイラは苦笑して「いや、ついて行くのがやっとですよ」と肩をすくめていた。
しばらく思考が追いついてこなかったので、「あの……おろしてください……」と言えたのは次の種目が始まるころだった。
数日後、現像された写真を学校で貰ったユウキは、それを大切に大切に自分の部屋の小さな箱に入れた。
お世辞にも、よく撮れているとは言えない写真だ。ちょうど強い風の吹いていた時だった。旗を持ち硬い表情でピースをするユウキと、そんなユウキを見下ろすタイラの表情は髪に隠れていてわからない。
だけれど、あの人がぼくのお父さんをやってくれた瞬間の写真だったから。たとえかりそめでも、本当は違くても、だけどわざわざぼくのお父さんをやってくれた一瞬の。もしかしたら一度きりかもしれない。それでもこの一度があったということを、ぼくは忘れないから。
あの時――――ユウキを見つめるタイラの表情なんて、その眼差しなんて、ユウキはもちろん誰も見なかったし、決して誰も知ることはないのだ。
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