タイ勇つめ
シャワーを浴びた後、ほかほかしたユメノが「来週さー」と口を開く。
「ユウキの運動会じゃん?」
「そうだな」
「あたしたちも行っていいのかな」
「人数制限はなさそうだが」
楽しみだなー、とユメノは鼻歌まじりに言った。
「そだ! お昼ご飯はどうすんの?」
「ああ、弁当が必要か。すっかり忘れていた」
「ダメだよ、運動会のお昼ごはんは特別なんだからさ」
コーヒーカップを置いたタイラが、カツトシに「頼めるか?」と声をかける。カツトシは腕まくりをし、「もちろん! 何作る?」と片目をつむった。
スマホをいじっていたノゾムが「運動会なんて昼飯ぐらいしか楽しいことないですからね」と口を挟む。
「え、ノンちゃん運動会嫌いなん?」
「嫌いっすわ」
「なんで?」
仏頂面になったノゾムがまたスマホに視線を移しながら「運動会のお昼の話ですよね?」と控えめに話を戻した。そうそう、とユメノは手を叩く。
「みんな、運動会のおべんとって何入ってた? あたしんちは……おいなりさんがテッパンだったなー。あと太巻き」
「自分のとこもおいなりさんは入ってましたね。サンドイッチと米類は別のタッパーに入ってて、それとおかずのタッパーがあって」
「うちもそんな感じ。普段絶対買わないフルーツとか入っててさ。お母さん見栄っ張りだったからねー。いっつも作りすぎちゃって、帰ってから夜ご飯で余り食べてたわ」
あれこれ言い合うユメノとノゾムを見て、カツトシは若干不安そうにタイラを見る。タイラはといえば顎に手を当てて、「……『そんな夢みたいなことあるか?』と思う時ほどこいつらの方が正しいんだよな」と呟いた。
「どうやら運動会の弁当、ガキの夢らしいな……。“お子様ランチ”の上位互換といったところか。理解した。最善を尽くそう」
「腕が鳴るわね」
きょとんとした様子のユメノとノゾムが、「おー……あたしも手伝おか?」「じゃあ自分も」と手を上げた。
一応ノックをしてから、タイラはユウキの部屋に入る。不思議そうに顔を上げるユウキに、「来週の運動会だが」と声をかける。
「昼飯は何が食べたい?」
「あ……。300円でいいです」
「……300円でいいです、だと?」
ハッとした様子のユウキが「おつりは返します」と慌てて付け加えた。タイラは眉根を寄せたまま、「あのな」とユウキの隣に腰を下ろして膝を抱える。
「こんなにデカい重箱を四つ買ったんだ。ユメノとノゾムが言うには、まず一つ目におにぎりとかおいなりさんとか、米類の主食を入れるらしい。それで二つ目にはサンドイッチだ。三つ目にはおかず。四つ目にフルーツとか、デザートを入れるらしい。この人数ならおかずの重箱がもう一つ必要になるかもしれないと言っていた。信じられないかもしれないが、そうなんだと」
「え……もしかしてみんな来るんですか」
「ダメか?」
「……ダメじゃないです。でも、べつにおもしろくないと思いますよ」
「いや面白いものを見に行くわけじゃなく、お前のこと見に行くんだが。運動会ってそういうもんじゃねえのか?」
「…………」
黙りこくったユウキに、タイラは「だからな」と仕切り直す。
「おかずぐらいお前の意見を聞かなきゃ、このままじゃユメノとノゾムの弁当になる。何がいい?」
ユウキは呆然としてそれを聞いていた。くらくらするほど呼吸を止めていることに気付いて、ゆっくり深呼吸する。
『ユウキくん、こっちでいっしょにおべんと食べよーってお母さんが言ってる』
『おいでよユウキくん。おばちゃん、お弁当作りすぎちゃったから、一緒に食べようよ』
『なんでユウキくんとこだれも来てないの?』
『こらっ。ごめんねユウキくん……本当に、気にしないでいいからね。余っても夜食べるだけだから、たくさん食べてね』
嫌だったな、逃げてしまいたかったな。
百円玉三つ握りしめながら、『だいじょうぶです』と言いたかった。だけどユウキだって手作りのお弁当を食べてみたくて、気づいたら頷いていた。広げられたお弁当は、これでもかとご馳走で、そのどれもがユウキに食べられたがっているようではなくて、とても美味しいはずだったのに全然味がしなかった。
「ハンバーグ」とユウキは呟く。タイラは何やらメモを取りながら「小さいやつでいいか?」と肩をすくめた。ユウキは頷く。
「からあげと、エビフライと、たまごやきと、それから……」
「この分だとどうにか重箱が埋まりそうだな」
メモを取りながらタイラが、「あんな重箱何を詰めればいいんだと思っていたが、よかった」と独り言ちた。それからメモ帳を閉じて、タイラは「期待して待ってろ」と自信たっぷりの顔で言う。ユウキはその日、なかなか寝付くことができなかった。
運動会当日の昼、重箱をパカっと開けたタイラが「俺たちは天才」と言い切った。カツトシまで重々しく頷いて「そう、天才」と追従する。「自己肯定感がすごいんすね、この人たち」とノゾムが感心して言った。
ユウキは思わず手を伸ばし、おにぎりを口に運んだ。中身は鮭だ。とても美味しい。
「あ、こら。いただきますしろよ」
そんな風に眉をひそめるタイラを尻目に、ユメノが「いただきまーす」と言っておいなりさんを頬張る。カツトシもひょいっとおいなりさんを箸で掴んで食べた。
「……うそー、おいしい。正直ナメていたわ、オイナリサンのポテンシャルを。これまぜご飯とか入れたらおいしくない?」
「いや俺はシンプル酢飯派だから俺がいないところでやってくれ」
「じゃあ、いなくなって」
「ひどくないか」
なんだか一生懸命におにぎりを頬張って、ユウキは目が霞むのを感じてこする。そうっとユウキの肩を抱くようにしたノゾムが、「ほらハンバーグ。早く食べないと先輩にとられちゃいますよ」と囁いた。タイラが辟易とした顔で「聞こえてるんだが」とそれを咎める。
その後もユウキに『これもこれも』と仲間たちは息つく暇もないほどひっきりなしに食べさせた。たぶんみんな、ユウキが泣いていることに気が付いていただろうが、誰もそれを指摘しなかった。
そのせわしなさに涙も引っ込んだユウキは、途端におかしくなって、「食べきれないですよ」と笑った。
「ユウキの運動会じゃん?」
「そうだな」
「あたしたちも行っていいのかな」
「人数制限はなさそうだが」
楽しみだなー、とユメノは鼻歌まじりに言った。
「そだ! お昼ご飯はどうすんの?」
「ああ、弁当が必要か。すっかり忘れていた」
「ダメだよ、運動会のお昼ごはんは特別なんだからさ」
コーヒーカップを置いたタイラが、カツトシに「頼めるか?」と声をかける。カツトシは腕まくりをし、「もちろん! 何作る?」と片目をつむった。
スマホをいじっていたノゾムが「運動会なんて昼飯ぐらいしか楽しいことないですからね」と口を挟む。
「え、ノンちゃん運動会嫌いなん?」
「嫌いっすわ」
「なんで?」
仏頂面になったノゾムがまたスマホに視線を移しながら「運動会のお昼の話ですよね?」と控えめに話を戻した。そうそう、とユメノは手を叩く。
「みんな、運動会のおべんとって何入ってた? あたしんちは……おいなりさんがテッパンだったなー。あと太巻き」
「自分のとこもおいなりさんは入ってましたね。サンドイッチと米類は別のタッパーに入ってて、それとおかずのタッパーがあって」
「うちもそんな感じ。普段絶対買わないフルーツとか入っててさ。お母さん見栄っ張りだったからねー。いっつも作りすぎちゃって、帰ってから夜ご飯で余り食べてたわ」
あれこれ言い合うユメノとノゾムを見て、カツトシは若干不安そうにタイラを見る。タイラはといえば顎に手を当てて、「……『そんな夢みたいなことあるか?』と思う時ほどこいつらの方が正しいんだよな」と呟いた。
「どうやら運動会の弁当、ガキの夢らしいな……。“お子様ランチ”の上位互換といったところか。理解した。最善を尽くそう」
「腕が鳴るわね」
きょとんとした様子のユメノとノゾムが、「おー……あたしも手伝おか?」「じゃあ自分も」と手を上げた。
一応ノックをしてから、タイラはユウキの部屋に入る。不思議そうに顔を上げるユウキに、「来週の運動会だが」と声をかける。
「昼飯は何が食べたい?」
「あ……。300円でいいです」
「……300円でいいです、だと?」
ハッとした様子のユウキが「おつりは返します」と慌てて付け加えた。タイラは眉根を寄せたまま、「あのな」とユウキの隣に腰を下ろして膝を抱える。
「こんなにデカい重箱を四つ買ったんだ。ユメノとノゾムが言うには、まず一つ目におにぎりとかおいなりさんとか、米類の主食を入れるらしい。それで二つ目にはサンドイッチだ。三つ目にはおかず。四つ目にフルーツとか、デザートを入れるらしい。この人数ならおかずの重箱がもう一つ必要になるかもしれないと言っていた。信じられないかもしれないが、そうなんだと」
「え……もしかしてみんな来るんですか」
「ダメか?」
「……ダメじゃないです。でも、べつにおもしろくないと思いますよ」
「いや面白いものを見に行くわけじゃなく、お前のこと見に行くんだが。運動会ってそういうもんじゃねえのか?」
「…………」
黙りこくったユウキに、タイラは「だからな」と仕切り直す。
「おかずぐらいお前の意見を聞かなきゃ、このままじゃユメノとノゾムの弁当になる。何がいい?」
ユウキは呆然としてそれを聞いていた。くらくらするほど呼吸を止めていることに気付いて、ゆっくり深呼吸する。
『ユウキくん、こっちでいっしょにおべんと食べよーってお母さんが言ってる』
『おいでよユウキくん。おばちゃん、お弁当作りすぎちゃったから、一緒に食べようよ』
『なんでユウキくんとこだれも来てないの?』
『こらっ。ごめんねユウキくん……本当に、気にしないでいいからね。余っても夜食べるだけだから、たくさん食べてね』
嫌だったな、逃げてしまいたかったな。
百円玉三つ握りしめながら、『だいじょうぶです』と言いたかった。だけどユウキだって手作りのお弁当を食べてみたくて、気づいたら頷いていた。広げられたお弁当は、これでもかとご馳走で、そのどれもがユウキに食べられたがっているようではなくて、とても美味しいはずだったのに全然味がしなかった。
「ハンバーグ」とユウキは呟く。タイラは何やらメモを取りながら「小さいやつでいいか?」と肩をすくめた。ユウキは頷く。
「からあげと、エビフライと、たまごやきと、それから……」
「この分だとどうにか重箱が埋まりそうだな」
メモを取りながらタイラが、「あんな重箱何を詰めればいいんだと思っていたが、よかった」と独り言ちた。それからメモ帳を閉じて、タイラは「期待して待ってろ」と自信たっぷりの顔で言う。ユウキはその日、なかなか寝付くことができなかった。
運動会当日の昼、重箱をパカっと開けたタイラが「俺たちは天才」と言い切った。カツトシまで重々しく頷いて「そう、天才」と追従する。「自己肯定感がすごいんすね、この人たち」とノゾムが感心して言った。
ユウキは思わず手を伸ばし、おにぎりを口に運んだ。中身は鮭だ。とても美味しい。
「あ、こら。いただきますしろよ」
そんな風に眉をひそめるタイラを尻目に、ユメノが「いただきまーす」と言っておいなりさんを頬張る。カツトシもひょいっとおいなりさんを箸で掴んで食べた。
「……うそー、おいしい。正直ナメていたわ、オイナリサンのポテンシャルを。これまぜご飯とか入れたらおいしくない?」
「いや俺はシンプル酢飯派だから俺がいないところでやってくれ」
「じゃあ、いなくなって」
「ひどくないか」
なんだか一生懸命におにぎりを頬張って、ユウキは目が霞むのを感じてこする。そうっとユウキの肩を抱くようにしたノゾムが、「ほらハンバーグ。早く食べないと先輩にとられちゃいますよ」と囁いた。タイラが辟易とした顔で「聞こえてるんだが」とそれを咎める。
その後もユウキに『これもこれも』と仲間たちは息つく暇もないほどひっきりなしに食べさせた。たぶんみんな、ユウキが泣いていることに気が付いていただろうが、誰もそれを指摘しなかった。
そのせわしなさに涙も引っ込んだユウキは、途端におかしくなって、「食べきれないですよ」と笑った。
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