タイアイつめ
「ねえ、タイラ」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ言葉に丸みを持たせながらカツトシはそう呼びかける。タイラは読んでいた本を置き、「何だ?」と顔を上げた。
「もうすぐクリスマスだって知ってる?」
「知らなかった。もうすぐクリスマスなのか」
「それは本気で言ってる? 冗談で言ってる?」
「冗談だ。街を歩いてるだけでそんなこと嫌でもわかる」
頬杖をついたタイラが「で?」と先を促す。カツトシは腰に手をあて、「ケーキを作ろうと思うんだけど」と言って一冊の雑誌を目の前に出した。「これ」と指さしたのは人の身長ほどもあるケーキだった。
「……。夢があるな」
「現実のものにしたい」
「これ高さは?」
「150」
「ひゃくごじゅう……」
すでに疲れた顔をして、タイラは「夢は夢のままにしておくっていうのも大事だぞ」と言う。
「じゃあ、この100cmのでもいいわ。手始めに」
「手始めない。そんなの一生に一度だと言われても作らない」
「…………」
「いやそんな顔色を伺われてもやらない」
カツトシは両手を合わせてちょっと俯きながら「僕……食べきれないほどのケーキ、食べてみたいのに」と唇を尖らせた。
「そしてゆくゆくはお菓子で家を作ってみたいのに」
「一周回ってそれなら俺も乗っかりたい気持ちがある」
「やりましょうよ。ね、正直あんたが乗るか乗らないかなんだからね」
「乗らねえよ。乗るわけないだろ」
料理に使う用のナッツを口に放りながら、「ケチ」と言ってやる。「いやお前は自分が何をしようとしているかわかってない」とタイラは眉をひそめた。
「俺は洋菓子屋でバイトをしていたことがあるが……」
「あんた何でもやるわよね」
「ウエディングケーキだって大抵あれほとんど土台だぞ」
「そんなの夢がないじゃない。全部ケーキよ、全部ケーキ」
「よほど地獄を見たいようだな」
煙草を咥えたタイラが、不意に喉を鳴らして笑う。「まあ、いいぜ。気が乗ってきた」と呟いた。
「ただ……お前も知っての通り、やるとなったら俺はうるさいぞ」
「そうよね。できればあんたがうるさくないぐらいの……なんていうか、『気は乗らないけどしぶしぶやるよ』ぐらいのテンションでやらせたかったんだけど」
「失敗したな」
「案外すぐ乗り気になるものね、あんた」
気持ちよさそうに煙を吐きながら「よォし」とタイラは伸びをする。
「そうと決まれば買い出しだ。スポンジを二十も焼けば間に合うか」
「自分で言い出したことだけど、物凄い材料費じゃない?」
「俺が何のために稼いでると思ってる? 面白いことをするためだよ」
「さすがぁ」
数時間後、カツトシはべそをかきながら卵を割っていた。タイラが「手を止めるな。オーブンが冷めるぞ」と怒鳴っている。
「まだ4枚目だろうが」
「あといくつ焼くの……?」
「知らん。お前がどこで満足するかだろう」
「つらい……」
「もういいのか? もういいんだな!?」
「まだ焼く……」
タイラはといえば、先ほどから大量の生クリームを泡立て続けていた。「よし焼け。満足するまで焼け」とタイラはほとんどヤケクソみたいな指示を出す。何か鬼気迫るものを感じているのか、タイラとカツトシ以外の誰も酒場に顔を出さない。
「オーブンが一個しかないのがつらい……」
「買うか!?」
「あんたこういう時ほんと正気じゃないわよ」
ついでに焼きあがったスポンジが冷蔵庫に収まらない。つらい。
そのため冷やしたスポンジを冷蔵庫から取り出し、空いたスペースに新しく焼いたスポンジを押し込むということをタイラがやっている。それから冷やしたスポンジにはすでに生クリームを塗りたくっており、大量のフルーツを上に載せてすでに二段になっていた。謎の几帳面さで全くの水平を保っている。ケーキが悪くならないよう、もちろん暖房などは一切つけていない。つらい。
「後悔してるか?」
「してないっ」
「よし!」
どんどん焼け、とタイラが言う。笑っているようだった。
たぶん一日以上かかった。夜通しスポンジを焼き、生クリームを塗りたくってフルーツをぶちまけ重ねた。そうして出来上がったのは二人の背丈ほどもある見事なケーキだ。
「で……できた……!」
「出来上がってしまったな。むしろ出来ない方がいいんじゃないかとすら思ったが」
カツトシは泣きそうになりながら、とりあえず写真を撮る。腕を組んだタイラが「よし、食うか」と言い出した。
「食べるの!?」
「食べるだろ、そりゃ。この季節でも三日と持たないはずだ。せっかく作って腐らせるわけにいかない」
本気で泣いた。
「このケーキを切り分けるなんて僕には無理」
「俺にはできるが」
「あんたには人の心がなさすぎる」
「一体何のために作ったんだ」
早速切り分けようとするタイラを抑えて、カツトシは仲間たちを呼んだ。ユメノと実結は「すごいすごい」とはしゃぎ、都は感嘆し、ノゾムは少し引いていた。記念写真など撮って満足した頃、「そろそろ暖房をつけたいので切り分けていいか?」とタイラが言い出す。
そこからがまた地獄だった。最初のうちは「美味しい美味しい」と言って食べていた仲間たちも、半分ほどでリタイアし始める。『作ったんだから食う義務があるだろ』と半ば意地で食べ続けるタイラとカツトシだけが残った。
「懲りたか?」
そう問われ、カツトシは少しムッとして「別にそれほど大したことなかったわよ」と言い返す。「お前は何というか……喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプだよな」と言われた。
「僕がお菓子の家作るって言ったら手伝ってくれるんでしょ?」
「…………任せろ、俺は土方もやったことがある」
そういう問題だろうか。
「しかし消費はお前たちでしろ…………」
この男は元来それほど甘いものが好きではないとカツトシも知っている。タイラはケーキを口に運び、嘔吐きながら「ラーメンが食いてえよ」と呟いた。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ言葉に丸みを持たせながらカツトシはそう呼びかける。タイラは読んでいた本を置き、「何だ?」と顔を上げた。
「もうすぐクリスマスだって知ってる?」
「知らなかった。もうすぐクリスマスなのか」
「それは本気で言ってる? 冗談で言ってる?」
「冗談だ。街を歩いてるだけでそんなこと嫌でもわかる」
頬杖をついたタイラが「で?」と先を促す。カツトシは腰に手をあて、「ケーキを作ろうと思うんだけど」と言って一冊の雑誌を目の前に出した。「これ」と指さしたのは人の身長ほどもあるケーキだった。
「……。夢があるな」
「現実のものにしたい」
「これ高さは?」
「150」
「ひゃくごじゅう……」
すでに疲れた顔をして、タイラは「夢は夢のままにしておくっていうのも大事だぞ」と言う。
「じゃあ、この100cmのでもいいわ。手始めに」
「手始めない。そんなの一生に一度だと言われても作らない」
「…………」
「いやそんな顔色を伺われてもやらない」
カツトシは両手を合わせてちょっと俯きながら「僕……食べきれないほどのケーキ、食べてみたいのに」と唇を尖らせた。
「そしてゆくゆくはお菓子で家を作ってみたいのに」
「一周回ってそれなら俺も乗っかりたい気持ちがある」
「やりましょうよ。ね、正直あんたが乗るか乗らないかなんだからね」
「乗らねえよ。乗るわけないだろ」
料理に使う用のナッツを口に放りながら、「ケチ」と言ってやる。「いやお前は自分が何をしようとしているかわかってない」とタイラは眉をひそめた。
「俺は洋菓子屋でバイトをしていたことがあるが……」
「あんた何でもやるわよね」
「ウエディングケーキだって大抵あれほとんど土台だぞ」
「そんなの夢がないじゃない。全部ケーキよ、全部ケーキ」
「よほど地獄を見たいようだな」
煙草を咥えたタイラが、不意に喉を鳴らして笑う。「まあ、いいぜ。気が乗ってきた」と呟いた。
「ただ……お前も知っての通り、やるとなったら俺はうるさいぞ」
「そうよね。できればあんたがうるさくないぐらいの……なんていうか、『気は乗らないけどしぶしぶやるよ』ぐらいのテンションでやらせたかったんだけど」
「失敗したな」
「案外すぐ乗り気になるものね、あんた」
気持ちよさそうに煙を吐きながら「よォし」とタイラは伸びをする。
「そうと決まれば買い出しだ。スポンジを二十も焼けば間に合うか」
「自分で言い出したことだけど、物凄い材料費じゃない?」
「俺が何のために稼いでると思ってる? 面白いことをするためだよ」
「さすがぁ」
数時間後、カツトシはべそをかきながら卵を割っていた。タイラが「手を止めるな。オーブンが冷めるぞ」と怒鳴っている。
「まだ4枚目だろうが」
「あといくつ焼くの……?」
「知らん。お前がどこで満足するかだろう」
「つらい……」
「もういいのか? もういいんだな!?」
「まだ焼く……」
タイラはといえば、先ほどから大量の生クリームを泡立て続けていた。「よし焼け。満足するまで焼け」とタイラはほとんどヤケクソみたいな指示を出す。何か鬼気迫るものを感じているのか、タイラとカツトシ以外の誰も酒場に顔を出さない。
「オーブンが一個しかないのがつらい……」
「買うか!?」
「あんたこういう時ほんと正気じゃないわよ」
ついでに焼きあがったスポンジが冷蔵庫に収まらない。つらい。
そのため冷やしたスポンジを冷蔵庫から取り出し、空いたスペースに新しく焼いたスポンジを押し込むということをタイラがやっている。それから冷やしたスポンジにはすでに生クリームを塗りたくっており、大量のフルーツを上に載せてすでに二段になっていた。謎の几帳面さで全くの水平を保っている。ケーキが悪くならないよう、もちろん暖房などは一切つけていない。つらい。
「後悔してるか?」
「してないっ」
「よし!」
どんどん焼け、とタイラが言う。笑っているようだった。
たぶん一日以上かかった。夜通しスポンジを焼き、生クリームを塗りたくってフルーツをぶちまけ重ねた。そうして出来上がったのは二人の背丈ほどもある見事なケーキだ。
「で……できた……!」
「出来上がってしまったな。むしろ出来ない方がいいんじゃないかとすら思ったが」
カツトシは泣きそうになりながら、とりあえず写真を撮る。腕を組んだタイラが「よし、食うか」と言い出した。
「食べるの!?」
「食べるだろ、そりゃ。この季節でも三日と持たないはずだ。せっかく作って腐らせるわけにいかない」
本気で泣いた。
「このケーキを切り分けるなんて僕には無理」
「俺にはできるが」
「あんたには人の心がなさすぎる」
「一体何のために作ったんだ」
早速切り分けようとするタイラを抑えて、カツトシは仲間たちを呼んだ。ユメノと実結は「すごいすごい」とはしゃぎ、都は感嘆し、ノゾムは少し引いていた。記念写真など撮って満足した頃、「そろそろ暖房をつけたいので切り分けていいか?」とタイラが言い出す。
そこからがまた地獄だった。最初のうちは「美味しい美味しい」と言って食べていた仲間たちも、半分ほどでリタイアし始める。『作ったんだから食う義務があるだろ』と半ば意地で食べ続けるタイラとカツトシだけが残った。
「懲りたか?」
そう問われ、カツトシは少しムッとして「別にそれほど大したことなかったわよ」と言い返す。「お前は何というか……喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプだよな」と言われた。
「僕がお菓子の家作るって言ったら手伝ってくれるんでしょ?」
「…………任せろ、俺は土方もやったことがある」
そういう問題だろうか。
「しかし消費はお前たちでしろ…………」
この男は元来それほど甘いものが好きではないとカツトシも知っている。タイラはケーキを口に運び、嘔吐きながら「ラーメンが食いてえよ」と呟いた。
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