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タイミヤつめ

 手をこすり合わせて歩く。手袋を買うべきだろうか、と考える。息を吐きかけると、あたたかくて逆に手が冷えたようだった。
 街はひどく賑やかだ。どうやらこの通りは例年イルミネーションで有名らしい。確かに綺麗だと思ったけれど、その分とても場違いに思えた。
 ほんの少し俯いて歩く。ただ通り過ぎるだけですよ、というアピールだ。そのようにして歩いていると、不意に「やあ」と声をかけられた。
「奇遇だな。君も帰るところか?」
 驚いて顔を上げる。軽く手を上げたタイラがいた。

「え、ええ……。そう。あなたも?」
「まあな。随分と寒そうな恰好をしているが」

 彼は自分の上着を脱いで、都の肩にかける。都は思わず「あの……無理しないでもらって」とタイラの顔を見てしまう。タイラは心外だという表情で「俺は体を動かしてきたからいいんだよ」と眉をひそめた。
「……綺麗だな」
「ええ」
「せっかくだから見ていかないか」
「ええ……エッ」
 思わず声を上げてしまい、何人かが振り向く。タイラは若干後悔気味の顔で、「そんなに嫌がることないだろ」と頭を掻いた。
「嫌がっているわけではなく……少し驚いて」
「驚く? なんでだよ」
「いえ……実のところ私からそう提案しようかと思ってたの。だけどあなたの方からそんなことを言うとは思わなかった」
「似合わないってことか?」
 あるいはそうかもしれないけれど、気を悪くしないでほしかった。嬉しかったのだ、都は。
「嬉しい。あなたが、ここにいて」
 目を丸くしたタイラが、「調子に乗ったこと言っていいか」と口を開く。
「このいかにも恋人向きの通りで、俺たちはどうも異物感がある。言ってしまえば場違いだ。それだけでカップルたちの邪魔になっているように思う」
「同感ね」
「つまりその……手を繋がないか? 少しばかりこの景色に溶け込もうという努力なわけだが」
 今度こそ都は仰天してしまい、一瞬言葉を失った。ようやく声が出た都は「名案ね」と頷く。「道行く恋人たちの邪魔になるものね。私たちは完璧に景色に同化する必要がある。ということは恋人たちに擬態するというのが最適解。異議なし」とまた頷いた。
 タイラが手を差し伸べてくる。都はそれを掴み、二人は歩き出した。

 色とりどりの電飾が輝いている。単純に電飾の数でいえば確かに見事なもので、その一帯は別世界のようだった。だけども如何せん人が多く、人の間を通ろうにもぎゅうぎゅう押される有様だった。タイラは全く気にしていないようだが、都はさすがに目が回る思いだ。あるいはそれは全く関係ない緊張からくるものかもしれなかったが。
 ふとタイラを見ると、タイラもこちらを見ていた。じっとこちらを見つめている。都はぽかんとしてしまって、ただそのままタイラの目を見返していた。なぜかタイラは吹き出して、「うーん……そういうわけでもねえのか」と独り言ちる。どういうことなのかよくわからなかった。
「まあ綺麗だよなぁ、こういうのも」
「ええ。そうね」
「綺麗に見えるよ、さっきよりずっとな」
 私もそう思う、と言いかけて都はハッとする。

「手が冷えてきているわ、タイラ。帰りましょう」
「君ってそういうところあるよな。情緒って言葉知ってるか?」
「だって風邪を引くわ」
「俺が風邪引いたとこ見たことあるのかよ。俺だってねえよ」

 ため息をついたタイラが「まあ君が風邪を引いても困るしな」と呟いた。「私は引きませんよ」と都はムッとする。
「風邪の一つも引いてほしいもんだな。その方が可愛げもある」
「……! そりゃあ、私には可愛げも何もないけれど……あんまりでは?」
「絶対に黙らないよな、君は」
「うっ……黙らないけれど……」
 またやってしまったな、と都は思う。こういうところが、昔から可愛げのない女と言われるのである。タイラも呆れているだろうと思って顔を見ると、呆れというよりは面白いものを見るような目で見ていた。
「帰ろうか?」
「……ええ」
 手をつないだまま歩く。最初は歩きづらかったはずなのに、段々それが気にならなくなったのは、タイラが都の歩幅に合わせているからなのだと気づいた。



「と、いうことがあって」
 そう都が言うと、話を聞いていた菊花がにやにや笑っていた。「ふーん。へー」と相槌を打っている。
「でもさ、なんでそんなこと私に話したの?」
「わからない。でも、無性に誰かに話したくなって」
「たまんないな、ほんとに」
 菊花は親指を立て、「頑張んな! そんでもっと私にそういう話して。旦那と共有するから」と言ってきた。都は真顔で「よくわからないけど、共有はやめてほしい」と言った。
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