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タイミヤつめ

 お姉さん、と声をかけられて都は立ち止まる。振り向くと、知らない男がこちらへ歩いてくるところだった。
「どこに行くの?」
 都は少し考えて、「忘れ物を取りに」と答える。昼間行った店に、実結が持っていたぬいぐるみを置いてきてしまったらしいのだ。都もすっかり気づかず帰ってきてしまった。気づいたのがつい数時間前で、なだめすかして実結を眠らせてから家を出たのだった。

「そうなんだ。じゃあさ、それ取りに行くのついて行くから、帰りにコーヒーでも飲まない? 奢るよ」
「いえ。お気遣いなく」
「気遣いとかじゃなくて」

 ごめんなさいもう夜遅いので、と都は軽く会釈して立ち去ろうとする。不意に、「おい」という聞きなれた声がした。

「随分いい女を口説いてるな。俺に譲れよ」

 都はハッとして、声のする方を見る。タイラ、と呟きそうになるのを堪えた。
 タイラは男の肩を抱くようにする。男は舌打ちをして、「後で埋め合わせしてくれよ」と言っただけで去って行ってしまった。
 残された都は、「奇遇ね」とタイラに言う。

「……こんな時間に出歩いていると、狼に食べられてしまうよ、お嬢さん」
「お嬢さんなんて歳じゃないわ。それに、狼だって襲う相手は選ぶものよ」
「今、あいつに声をかけられていたように見えたんだが」
「…………?」

 タイラは呆れた顔をして、仕方なさそうに「行き先は?」と尋ねる。都は頭をフル回転させ「誤解しないでほしいのだけど」と先手を打った。
「こんな夜中に、遊び歩いているわけじゃないのよ。本当よ」
「わかってるよ、そんなこと。俺を相手に言い訳なんてするなよな」
 ますます呆れ顔で、タイラは空咳をする。

「別に俺は咎めてるわけじゃないんだ。君がどこで何をしていようと、俺にあれこれ言う権利なんかあるまい? ただ……」
「ただ?」
「これはアドバイスだが、こんな治安の悪い場所を夜中に一人で歩かない方がいい。どうしてもというのなら、都合のいい男を連れていた方がいいよ。たとえば、俺みたいな」

 それから肩をすくめて、「これがデートの誘いであることは聡明な君ならわかったろうけど、どうかな?」と都に問いかける。都はぽかんとしてしまって、僅かに顔を赤くした。

「みんなにそんなことを言っていたら、今にうらまれると思うわ」
「それは、アドバイスか?」
「アドバイスです」

 なぜだかタイラは喉を鳴らして笑う。「みんなに言っているわけじゃないよ」なんて言いながら、都の目を覗き込んだ。
「狼だって相手は選ぶもんだ。そうだろ、先生」
 咄嗟に口を開き、しかしどうやら負けらしいと悟った都は目を伏せる。
 タイラが「さて、デートは?」と尋ねてくるので「……喜んで」と言って都はちょっとむくれた。喜んでって顔じゃないな、と言いながら隣を歩くタイラは、なんだかとても楽しそうだった。
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