タイユメつめ
ユメノが自分の料理の味見をして、「よっし」と呟く。静かに後ろに立って「俺にも味見させろ」とタイラが声をかけると、ユメノは「ぎゃあ!」と叫んで飛びのいた。
「ちっっっか!! なんでそんな顔近づけるの!?」
「なんでって……。言うほど近かったか?」
「近いよ!! 老眼か!?」
「お前はどうしてそんな胸に来ることを言えるんだ……?」
ソーシャルディスタンスを保ってよね、とユメノはぷんぷんしている。タイラは困惑しながら妻の後ろ姿を見ていた。
「と、いうわけだ」
「何がです??」
ビールジョッキを傾けながら、ノゾムが眉をひそめる。「今の何です? のろけ?」と心底面倒そうな声で言われた。
タイラは腕を組みながら「いや本気で困っているんだが」と呟く。
焼き鳥を食べながら、カツトシが「老眼で?」と尋ねた。
「違う。俺は老眼じゃない」
「よかったですね。ところで最近発売されたじゃがりこの期間限定ハニーブラックペッパー味食べました?」
「ノゾム……」
ため息をつきながら、「つまりなんですか?」とノゾムは言う。
「ナカユメちゃんが全然デレてくんないってことですか?」
「デレてくれない以前に近づくと拒否反応を示すんだ」
「空気扱いじゃないならいいじゃないの」
「まだ結婚して3か月だぞ。そんなんで空気扱いだったらさすがの俺も自信なくして芸能界引退するよ」
「勝手に引退してください」
頬杖をついたカツトシが「本当に自信があるならそれくらいで悩まないけどね」と指摘する。タイラは黙って、レモンサワーを飲み干した。
「やっぱりなぁ……歳の差があるだろ。なんかもう、あいつからしたら父親みたいなもんなのかな」
「あんたみたいな父親はごめんだと思うわよ」
ムッとした様子のタイラが、無言で枝豆をつまみ始める。ノゾムとカツトシはその様子を見て『拗ねたな』『拗ねたわね』と思った。
「大体あんた、そんなの飲みの席で相談する辺りが女々しいわよ。ユメちゃんに直接聞きなさい」
「それでお前……『やっぱりちょっとおじさんとは』って言われたらどうするんだよ」
「きっぱり諦めなさい」
「わかった。そうなったら殺してくれ。自分でも何するかわからん」
「こわすぎるんですが」
どこまで本気か冗談かわからないような顔で、タイラは「腹を切るので介錯を頼む」などと言う。「飲みすぎよ」とカツトシが呆れ顔をした。
飲み会はお開きになり、タイラはタクシーを拾って家に帰る。コートと鞄を小脇に抱え、玄関のドアを開けた。
靴を脱いでいると、眠そうなユメノが「おかえりー」と言いながら歩いてくる。
「起きてたのか」
「たまたま目が覚めたんだよ。喉乾いちゃって」
靴を揃え、タイラはちらりとユメノを伺い見た。それから素早くユメノの肩を掴み、壁へと押しやる。逃げられないように退路を塞いだ。
ユメノの慌てようというとこれまでになく、一瞬言葉を失ってから「うぇ!?」と声を発した。
「な、なになになに!? 飲みすぎだってぇ!!」
「お前、俺のことが苦手か? 近づかれるのがこわいのか? なら俺からも距離を取るから言ってくれ」
みるみるうちにユメノの顔は赤くなっていき、やがて「むりむりむり!!」と言いながら顔を背けた。
「無理……?」
「心臓が壊れるって、これ以上は!」
顔を覗き込もうとすると、ユメノは意を決したようにタイラに軽く口づけた。それから隙をついて抜け出したユメノは、呆然とするタイラを置いて走って行ってしまう。自分の唇に触れながら、タイラはその後ろ姿をぼうっと見た。
部屋に戻ったユメノは、急いでカツトシに電話をする。
「ちゅ、ちゅーした! 今日!」
『あらぁ。どっちから?』
「あたしから!」
『頑張ったじゃないの』
「でもこんなんじゃゼッタイ愛想つかされちゃうよ! どーしよ……一緒に暮らす前はもっと上手くできたのに……」
『ユメノちゃんの気持ちもわかるし話聞いててほんと可愛いと思うけど、ヘタするとあいつが切腹するからマメに言葉にした方がいいんじゃない?」
「切腹……? なんで……?」
それは困る、とユメノは真顔になる。『僕にもわかんないけど、介錯を頼まれてるから』とカツトシは言う。「絶対にやめてよね!?」とユメノは叫んだ。部屋の外から「どうした? 大丈夫か……?」とタイラの声が聞こえたので、「はよ寝ろ!!」とユメノは言って布団を被った。
「ちっっっか!! なんでそんな顔近づけるの!?」
「なんでって……。言うほど近かったか?」
「近いよ!! 老眼か!?」
「お前はどうしてそんな胸に来ることを言えるんだ……?」
ソーシャルディスタンスを保ってよね、とユメノはぷんぷんしている。タイラは困惑しながら妻の後ろ姿を見ていた。
「と、いうわけだ」
「何がです??」
ビールジョッキを傾けながら、ノゾムが眉をひそめる。「今の何です? のろけ?」と心底面倒そうな声で言われた。
タイラは腕を組みながら「いや本気で困っているんだが」と呟く。
焼き鳥を食べながら、カツトシが「老眼で?」と尋ねた。
「違う。俺は老眼じゃない」
「よかったですね。ところで最近発売されたじゃがりこの期間限定ハニーブラックペッパー味食べました?」
「ノゾム……」
ため息をつきながら、「つまりなんですか?」とノゾムは言う。
「ナカユメちゃんが全然デレてくんないってことですか?」
「デレてくれない以前に近づくと拒否反応を示すんだ」
「空気扱いじゃないならいいじゃないの」
「まだ結婚して3か月だぞ。そんなんで空気扱いだったらさすがの俺も自信なくして芸能界引退するよ」
「勝手に引退してください」
頬杖をついたカツトシが「本当に自信があるならそれくらいで悩まないけどね」と指摘する。タイラは黙って、レモンサワーを飲み干した。
「やっぱりなぁ……歳の差があるだろ。なんかもう、あいつからしたら父親みたいなもんなのかな」
「あんたみたいな父親はごめんだと思うわよ」
ムッとした様子のタイラが、無言で枝豆をつまみ始める。ノゾムとカツトシはその様子を見て『拗ねたな』『拗ねたわね』と思った。
「大体あんた、そんなの飲みの席で相談する辺りが女々しいわよ。ユメちゃんに直接聞きなさい」
「それでお前……『やっぱりちょっとおじさんとは』って言われたらどうするんだよ」
「きっぱり諦めなさい」
「わかった。そうなったら殺してくれ。自分でも何するかわからん」
「こわすぎるんですが」
どこまで本気か冗談かわからないような顔で、タイラは「腹を切るので介錯を頼む」などと言う。「飲みすぎよ」とカツトシが呆れ顔をした。
飲み会はお開きになり、タイラはタクシーを拾って家に帰る。コートと鞄を小脇に抱え、玄関のドアを開けた。
靴を脱いでいると、眠そうなユメノが「おかえりー」と言いながら歩いてくる。
「起きてたのか」
「たまたま目が覚めたんだよ。喉乾いちゃって」
靴を揃え、タイラはちらりとユメノを伺い見た。それから素早くユメノの肩を掴み、壁へと押しやる。逃げられないように退路を塞いだ。
ユメノの慌てようというとこれまでになく、一瞬言葉を失ってから「うぇ!?」と声を発した。
「な、なになになに!? 飲みすぎだってぇ!!」
「お前、俺のことが苦手か? 近づかれるのがこわいのか? なら俺からも距離を取るから言ってくれ」
みるみるうちにユメノの顔は赤くなっていき、やがて「むりむりむり!!」と言いながら顔を背けた。
「無理……?」
「心臓が壊れるって、これ以上は!」
顔を覗き込もうとすると、ユメノは意を決したようにタイラに軽く口づけた。それから隙をついて抜け出したユメノは、呆然とするタイラを置いて走って行ってしまう。自分の唇に触れながら、タイラはその後ろ姿をぼうっと見た。
部屋に戻ったユメノは、急いでカツトシに電話をする。
「ちゅ、ちゅーした! 今日!」
『あらぁ。どっちから?』
「あたしから!」
『頑張ったじゃないの』
「でもこんなんじゃゼッタイ愛想つかされちゃうよ! どーしよ……一緒に暮らす前はもっと上手くできたのに……」
『ユメノちゃんの気持ちもわかるし話聞いててほんと可愛いと思うけど、ヘタするとあいつが切腹するからマメに言葉にした方がいいんじゃない?」
「切腹……? なんで……?」
それは困る、とユメノは真顔になる。『僕にもわかんないけど、介錯を頼まれてるから』とカツトシは言う。「絶対にやめてよね!?」とユメノは叫んだ。部屋の外から「どうした? 大丈夫か……?」とタイラの声が聞こえたので、「はよ寝ろ!!」とユメノは言って布団を被った。
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