タイユメつめ
タイラのバイクから降りて、ヘルメットを脱ぐ。風が髪をさらった。ユメノは「わぁ」と呟いて景色を見る。夏の日差しが川面を反射して目に刺さった。
川辺に座ったタイラが、釣竿を立てる。糸がピンと立った。
「何釣るの?」
「釣れたらいいな、何でも」
タイラの隣に座って、ユメノはその様子をぼんやり見る。流れの穏やかな川に波紋が広がった。
「つまんねえだろ、どうしてついて来た」
「別につまんなくないよ。タイラが釣りしてるとこ、結構好き」
「釣れなくても?」
「うん。釣れなくても」
そんなことを言って、ユメノは目を細める。膝を抱えて、タイラの肩に寄り掛かった。タイラは何も言わない。ただ竿を見ているだけだ。
「お前も釣りしてみるか?」
「んー、そのうちね」
言ってるじゃん、“タイラが釣りしてるとこ”が結構好きなんだってば。そんなことを心の中で呟いて、ユメノは肩をすくめる。どうせ言ったところで伝わりやしないのだ。
「ねえ、タイラ」
「ん?」
「仕事なんかしないで毎日釣りできたらいいって思わないの?」
「何だそれは。老後の話か」
ちょっと笑って、ユメノは「そんな先のことじゃないよ」と言う。タイラはと言えば顔をしかめて「それは難しいな。金もいつまであるかわからねえしな」と肩をすくめた。そっか、とユメノはうつむく。そうだよねえ、と軽やかに同意してみせる。
「ねえ、タイラ」
「何だ」
「タイラが釣りに行くとき、あたしのことも連れて来てよ」
「お前も色々やることあるだろ。毎回は無理だろうに」
「でも、声かけて。毎回、飽きずに声かけて」
「気が向いたらな」
ねえタイラ、とまた口を開く。その前にタイラが「なあ、」と呟いた。
「お前は俺に話しかけるとき、必ず俺の名前を呼ぶな。まるで俺が、そうしないとお前の話をよく聞いていないみたいだ」
きょとんとして、ユメノは少し考える。それからはにかみ、「タイラがあたしの話をよく聞いてないんだよ」と言い返した。タイラは納得のいっていない顔で、「そうか?」と小首をかしげる。
笑いながらユメノはリュックサックに入れた弁当箱を取り出した。カツトシの作ったサンドイッチが入っている。それを頬張っていると、タイラがじっと見てきた。
何も言わず、食べかけのサンドイッチを差し出す。タイラも無言でそれを食べた。「美味しい?」と尋ねる。「カツトシの作ったもんが不味いわけないだろ」とタイラは言う。
「どうして俺の分はないんだ?」
「タイラが頼まなかったからでしょ。何も言わずに用意してくれるわけないじゃん」
「それはそうだ。間違いない」
「でもユメノ様は優しいのでタイラにもあげます」
そう言ってサンドイッチをひとつ手渡した。本当はタイラと食べるために多めに作ってもらったのだ。
タイラはサンドイッチをありがたそうに受け取って、「美味いな」と咀嚼し始めた。
「綺麗だね」
ユメノは呟く。日が沈みきる前のオレンジ色の空だ。川が一気に染まって、まるで果実味のソーダのようになった。「もう、日の入りか」とタイラが囁く。
「ユメノ」
「何? もうサンドイッチないよ」
「俺は、お前の話を聞いているつもりなんだが」
「まだその話してたの」
「話をしているとき、お前の表情がくるくる変わっていくのがどうにも可愛くてダメだ。俺はお前の話を聞く才能がないのかもしれん」
ユメノは人知れず顔を赤くして――――恐らく夕陽の色で上手くごまかすことができていたと思う――――サンドイッチの最後のひとかけらを頬張った。
川辺に座ったタイラが、釣竿を立てる。糸がピンと立った。
「何釣るの?」
「釣れたらいいな、何でも」
タイラの隣に座って、ユメノはその様子をぼんやり見る。流れの穏やかな川に波紋が広がった。
「つまんねえだろ、どうしてついて来た」
「別につまんなくないよ。タイラが釣りしてるとこ、結構好き」
「釣れなくても?」
「うん。釣れなくても」
そんなことを言って、ユメノは目を細める。膝を抱えて、タイラの肩に寄り掛かった。タイラは何も言わない。ただ竿を見ているだけだ。
「お前も釣りしてみるか?」
「んー、そのうちね」
言ってるじゃん、“タイラが釣りしてるとこ”が結構好きなんだってば。そんなことを心の中で呟いて、ユメノは肩をすくめる。どうせ言ったところで伝わりやしないのだ。
「ねえ、タイラ」
「ん?」
「仕事なんかしないで毎日釣りできたらいいって思わないの?」
「何だそれは。老後の話か」
ちょっと笑って、ユメノは「そんな先のことじゃないよ」と言う。タイラはと言えば顔をしかめて「それは難しいな。金もいつまであるかわからねえしな」と肩をすくめた。そっか、とユメノはうつむく。そうだよねえ、と軽やかに同意してみせる。
「ねえ、タイラ」
「何だ」
「タイラが釣りに行くとき、あたしのことも連れて来てよ」
「お前も色々やることあるだろ。毎回は無理だろうに」
「でも、声かけて。毎回、飽きずに声かけて」
「気が向いたらな」
ねえタイラ、とまた口を開く。その前にタイラが「なあ、」と呟いた。
「お前は俺に話しかけるとき、必ず俺の名前を呼ぶな。まるで俺が、そうしないとお前の話をよく聞いていないみたいだ」
きょとんとして、ユメノは少し考える。それからはにかみ、「タイラがあたしの話をよく聞いてないんだよ」と言い返した。タイラは納得のいっていない顔で、「そうか?」と小首をかしげる。
笑いながらユメノはリュックサックに入れた弁当箱を取り出した。カツトシの作ったサンドイッチが入っている。それを頬張っていると、タイラがじっと見てきた。
何も言わず、食べかけのサンドイッチを差し出す。タイラも無言でそれを食べた。「美味しい?」と尋ねる。「カツトシの作ったもんが不味いわけないだろ」とタイラは言う。
「どうして俺の分はないんだ?」
「タイラが頼まなかったからでしょ。何も言わずに用意してくれるわけないじゃん」
「それはそうだ。間違いない」
「でもユメノ様は優しいのでタイラにもあげます」
そう言ってサンドイッチをひとつ手渡した。本当はタイラと食べるために多めに作ってもらったのだ。
タイラはサンドイッチをありがたそうに受け取って、「美味いな」と咀嚼し始めた。
「綺麗だね」
ユメノは呟く。日が沈みきる前のオレンジ色の空だ。川が一気に染まって、まるで果実味のソーダのようになった。「もう、日の入りか」とタイラが囁く。
「ユメノ」
「何? もうサンドイッチないよ」
「俺は、お前の話を聞いているつもりなんだが」
「まだその話してたの」
「話をしているとき、お前の表情がくるくる変わっていくのがどうにも可愛くてダメだ。俺はお前の話を聞く才能がないのかもしれん」
ユメノは人知れず顔を赤くして――――恐らく夕陽の色で上手くごまかすことができていたと思う――――サンドイッチの最後のひとかけらを頬張った。
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