薬師グレイと助手夢主の物語
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薬屋を営むグレイのもとへ助手として都会からやってきた見習い薬師イザベル。
「こんな山の中で薬屋って、どう考えても客来ないでしょ。しかも何このボロ屋……。本当に私が働く場所なの?ハズレ過ぎ。」
ボロい家の扉をノックして返事を待つ。
やがて歪な音をたてながら開かれた扉の向こうに、これまた怪しい見た目をした若そうな男性が。
「こんにちは。私、見習い薬師のイザベルと申します。今日からこちらで助手をやらせていただくことになった者です。」
「ああ、初めまして。私はグレイです。どうぞよろしく。」
ニコリと人当たりが良さそうな、けれどもどことなく胡散臭い空気を感じたイザベル。やはりハズレだったかもしれないと思いながらここでの助手生活がスタートした。
「先生。」
イザベルはグレイのことを先生と呼ぶ。
「何かわからないことでもあった?」
「ええ、先生がお作りになったこの薬ですが、甘さを追求したことにより副作用が出ますよね。一体これは誰が飲むというんです?」
つまり、不必要なものを作ってどうするというイザベルの批判的な意見であった。
「確かに若い君からしたら理解できない代物かもしれない。でもそれは立派な依頼品だ。」
「これが依頼品?」
「そうだな、その依頼主に君が届けに行くことにしよう。」
「はあ?今から届けに行くんですか?」
「はは、君の口は不満を吐くために存在するらしい。面白いね。さあ、行ってらっしゃい。」
「……。」
仕方なしに依頼主まで届けに行くイザベルであった。
『歳をとると色々と自由が利かなくなってしまってね。味覚だって変わるもんさ。今まで飲めてた薬が不味くて飲めなくなってしまってね。しばらく飲まずに過ごしてたら倒れてしまったんよ。』
だから副作用があったとしても飲めれば良いと。確かに飲まずに居て知らぬ間に倒れて死んでいた、なんて後味の悪い話だ。
まあ、死にかけの年寄りに渡す薬なら副作用があっても気にならないのかもしれない。
「てっきり理解して帰ってくると思ったんだけど、その顔じゃ分かってないね。」
「……そのうち理解しますから答えはいりません。」
「あのご老人ともっと深い話をすれば分かるかもね。」
「そうですか、良いことを聞きました。ありがとうございます。」
不満そうな顔をするイザベルに笑うグレイ。
「若いなあ。」
「先生っておいくつなんですか。」
「唐突だね。君にはいくつに見えてるんだい?」
「見た目だけなら25ですかね。でもそんな若い人がこんなところで一人薬屋をやってるとは思えないので35で。」
「偏見が凄いな。27だよ。」
「うわ……。」
「君、さっきから失礼だよ。面白いけどね。」
「先生って鍛えてるんですか?」
「ああ、一応ね。」
「やっぱりこの山、熊とか野獣がでるんですか?」
「戦うために鍛えてるわけじゃないからね?あくまで健康のためだよ。」
「なんだ。」
「なんだって……。君は俺をなんだと思ってるんだ。」
「言いませんよ。胡散臭くて裏で怪しい取引でもしてそうな見た目の似非紳士だなんて。」
「言ってるんだよなー。」
両脇が無防備なグレイを見て、日頃の恨みだと手を伸ばすイザベル。
「えい。」
「んあっ!」
「え。」
「……イザベル。流石の俺も怒るよ。」
「すみません、見てはいけないものを見てしまいました。忘れます。」
「絶対忘れないだろ!君、今日の課題は難問にするからな!」
薬草採取の際に転んで両膝から出血したイザベル。薬屋に戻って処理をしているところをグレイに見られてしまった。
「なっ、転んだのか?」
「ええ、まあ。足元の石ころに気づかず派手に転びましたが大丈夫です。」
「大丈夫って、大怪我してるのに。それ貸して、俺がやる。」
「いいですよ、これくらい自分で。」
「イザベル。大人の言うことは聞くものだよ。」
イザベルの手から消毒液を取る。
椅子に座るイザベルに対して跪くように床に膝をつくグレイ。
自然と先生の頭頂部が見えた。自分と対して差のない若さに嫉妬や複雑な感情が芽生えるイザベル。
「……大人って、私だって大人だし5歳しか変わらない。」
「じゃあ、俺は先生で、君は俺の助手だ。理由はそれで十分だろう。」
「不十分です。」
「まったく、この減らず口が。」
イザベルの両頬を片手で少し強めに摘むグレイ。
「やめてふらはい。」
「はは、不細工だな。ほら、これで処置は終わったよ。しばらくは薬草採取も研究も無しだ。いいね?」
「ぶさいくって、セクハラで訴えてやる。ていうか、なんでですか。こんなケガでそこまでします?パワハラです!」
「はいはい、何とでも言ってくださいな。ちゃんとケガを治してから来なさい。家まで送るから帰る準備して。」
「先生!」
「だーめ。ほら、鞄持って。帰るよ。」
「……。」
グレイから自分の鞄を仕方なしに受け取り肩にかける。先生に迷惑をかけてしまった気持ちと、最近自分が無理をしていたことを知っての発言だったのだろうと、その優しさに触れてしまったイザベルは更に複雑な気持ちを抱くことになってしまった。
「先生って、恋愛経験無さそう。」
「相変わらずの失礼さだね。その通りだから余計に虚しいよ。」
薬の調合をするグレイの正面の席に座り、大人しく薬学書を読んでいたかと思えば唐突に投げられる、暴力とも捉えられる発言。
「え、本当に無いんですね。」
「それ以上傷を抉らないでくれるかい。俺だって気にしてないわけじゃないから。」
「……顔は良いから都会に行けばモテそうだけど。」
「顔はって。俺は都会には行かないよ。ここが自分にとって一番心地の良い場所だからね。」
「そう、ですか。」
歯切れの悪い返答が口から出て自分で驚くイザベル。特に気にしていないグレイは、もうこの話は終わりだと作業を再開した。
自分が先生の言葉を聞いて何故安心したのか。それでも残るこの靄は何なのか。既に答えが出ているのに見て見ぬ振りをするのは、これが良くないことだと感じているからだ。
イザベルはその答えに蓋をして大事に隠すことにした。
「君はどうして都会を出てまで薬師になろうと思ったんだ?」
「なんとなくです。都会の薬屋は客が注文したらその場でお金を払って薬を渡して終わりです。でも、ここは違う。わざわざ依頼主の家まで行って直接届ける。そんなの都会ではやりません。ここに来て気付きました。」
「それで、君はここに来て良かったと思うかい?」
「……はい、ここに来られて良かったです。依頼主から温かさを貰えるなんて、思ってもいませんでした。」
「最初に君が来た頃、君がご老人の家へ直接薬を届けた時のことをたまに思い出すんだ。今の君は“理解した”顔をしているよ。成長したね。」
「先生のおかげです。まあ、自分のおかげでもありますが。」
「そういうところ、俺は嫌いじゃないな。生意気。」
そう言う先生の顔は意地悪だったけど、柔らかくて温かみを感じた。
大事に封をしていた箱の蓋がずれた気がした。
「イザベルは、好きな人とか気になる人って居ないのかい?」
「な、なんですか急に。」
「いや、若いしやりたいことだって他にあるだろうし。真面目に仕事してくれるから俺が困ることは何もないけれど、君には君の時間があるから。あー、つまり、休みたかったら休んで良いんだよ。都会に帰省したい時だってあるだろうし。」
「あ……。」
「ん?」
先生の言葉に固まってしまう。
帰りたくない。休みたくない。先生と一緒に過ごす時間が何よりも楽しい。嬉しい。心が満たされる。
でも、先生からしたら私はただの見習いで、ただの生徒で。
「帰りたく、ない、です。」
「……そっか。」
何故かそれ以上口を開くことを止めてしまった先生に疑問を抱くも、これでいいんだと変に納得することにした。
沈黙が流れ、やがて外で鳴く鳥たちの声やカーテンが風でゆったりと靡く音、自分の様々な感情を乗せた鼓動が私の耳に入る。
先生は何も言わない。だから私もこれ以上は発言しない。
その日は静かな、とても静かな日だった。
先生が、おかしい。
「先生。」
「……。」
「先生?」
「あ、ごめん。どうかした?」
「それはこっちの台詞です。ボーっとしてますよ。それに顔も火照っているようですし、風邪引いたんじゃないですか?」
「流石俺の生徒だね。正解だよ。」
「何仕事してるんですか。薬飲んで休んでください。」
「……。」
「仕事に取り憑かれすぎです。帰れ。大人なんだからしっかりしてください。」
「帰れって……。相変わらず君は失礼だなー。」
「はい、先生の鞄。今日は営業停止です。今回は私が家まで送り届けますので。」
「一人で帰れるよ。」
「道端で倒れられたら困ります。」
「手厳しいなあ。それじゃ、頼みましたよ、助手さん。」
先生の友人だというノアのお店まで行き、かわいいオバケキャンディーを手に入れたイザベル。
「ノアのキャンディーだ。あいつの店まで行ったんだ。」
「あげませんよ。」
「ケチ。」
「え。」
「なーんてね。ノアのお菓子って美味しいよね。俺も顔出すついでに買いに行こうかな。」
「……私も同行します。」
「同行って。先生が奢ってあげるよ。」
「では全部買ってください。」
「それは無理。」
「ケチ。」
「これはこれは、してやられたな。俺の負けだけど流石に全部は本当に無理だから3つまでな。」
「やっぱりケチ。」
「2つにしようかな。」
「ケチケチだ!」
「はは。」
「先生、いつ寝たんですか。」
「うーん、いつだったかな。覚えてない。」
「自分の顔、鏡で見ました?酷いですよ、隈。」
「見なくても分かるんだけど、なかなか薬が完成しなくて……。」
「それ、期日いつまでなんですか。」
「いや、これは趣味で研究してるやつで。」
「アホ!寝ろ!この研究馬鹿!貴方が私の先生だなんて、先生失格!早く帰って!」
「先生、失格……。」
「な、なんですか。」
「俺が先生じゃなくなったら、俺は君の何になるんだろ。」
「はあ?貴方が先生じゃなくなったら、ただの薬師でしょ。それが何ですか。早く帰りますよ。」
「君が俺の生徒を卒業したら見習い薬師ではなく、立派な一人前の薬師になる。そうしたら君は?イザベルは、都会に帰るのか?」
「さっきからなんですか!帰りませんよ!できるなら貴方の隣で助手を続けますよ!寝不足だからってふにゃふにゃ喋らないでください!さっさと口閉じて鞄待って帰る!ほら!」
「俺の隣で……。そっか。」
「ニヤニヤして気持ち悪いな。帰りますよ、先生。」
「ああ、今日も家までよろしくお願いします、助手さん。」
「まったく、世話が焼ける先生ですね。この私にお任せくださいな。」
「こんな山の中で薬屋って、どう考えても客来ないでしょ。しかも何このボロ屋……。本当に私が働く場所なの?ハズレ過ぎ。」
ボロい家の扉をノックして返事を待つ。
やがて歪な音をたてながら開かれた扉の向こうに、これまた怪しい見た目をした若そうな男性が。
「こんにちは。私、見習い薬師のイザベルと申します。今日からこちらで助手をやらせていただくことになった者です。」
「ああ、初めまして。私はグレイです。どうぞよろしく。」
ニコリと人当たりが良さそうな、けれどもどことなく胡散臭い空気を感じたイザベル。やはりハズレだったかもしれないと思いながらここでの助手生活がスタートした。
「先生。」
イザベルはグレイのことを先生と呼ぶ。
「何かわからないことでもあった?」
「ええ、先生がお作りになったこの薬ですが、甘さを追求したことにより副作用が出ますよね。一体これは誰が飲むというんです?」
つまり、不必要なものを作ってどうするというイザベルの批判的な意見であった。
「確かに若い君からしたら理解できない代物かもしれない。でもそれは立派な依頼品だ。」
「これが依頼品?」
「そうだな、その依頼主に君が届けに行くことにしよう。」
「はあ?今から届けに行くんですか?」
「はは、君の口は不満を吐くために存在するらしい。面白いね。さあ、行ってらっしゃい。」
「……。」
仕方なしに依頼主まで届けに行くイザベルであった。
『歳をとると色々と自由が利かなくなってしまってね。味覚だって変わるもんさ。今まで飲めてた薬が不味くて飲めなくなってしまってね。しばらく飲まずに過ごしてたら倒れてしまったんよ。』
だから副作用があったとしても飲めれば良いと。確かに飲まずに居て知らぬ間に倒れて死んでいた、なんて後味の悪い話だ。
まあ、死にかけの年寄りに渡す薬なら副作用があっても気にならないのかもしれない。
「てっきり理解して帰ってくると思ったんだけど、その顔じゃ分かってないね。」
「……そのうち理解しますから答えはいりません。」
「あのご老人ともっと深い話をすれば分かるかもね。」
「そうですか、良いことを聞きました。ありがとうございます。」
不満そうな顔をするイザベルに笑うグレイ。
「若いなあ。」
「先生っておいくつなんですか。」
「唐突だね。君にはいくつに見えてるんだい?」
「見た目だけなら25ですかね。でもそんな若い人がこんなところで一人薬屋をやってるとは思えないので35で。」
「偏見が凄いな。27だよ。」
「うわ……。」
「君、さっきから失礼だよ。面白いけどね。」
「先生って鍛えてるんですか?」
「ああ、一応ね。」
「やっぱりこの山、熊とか野獣がでるんですか?」
「戦うために鍛えてるわけじゃないからね?あくまで健康のためだよ。」
「なんだ。」
「なんだって……。君は俺をなんだと思ってるんだ。」
「言いませんよ。胡散臭くて裏で怪しい取引でもしてそうな見た目の似非紳士だなんて。」
「言ってるんだよなー。」
両脇が無防備なグレイを見て、日頃の恨みだと手を伸ばすイザベル。
「えい。」
「んあっ!」
「え。」
「……イザベル。流石の俺も怒るよ。」
「すみません、見てはいけないものを見てしまいました。忘れます。」
「絶対忘れないだろ!君、今日の課題は難問にするからな!」
薬草採取の際に転んで両膝から出血したイザベル。薬屋に戻って処理をしているところをグレイに見られてしまった。
「なっ、転んだのか?」
「ええ、まあ。足元の石ころに気づかず派手に転びましたが大丈夫です。」
「大丈夫って、大怪我してるのに。それ貸して、俺がやる。」
「いいですよ、これくらい自分で。」
「イザベル。大人の言うことは聞くものだよ。」
イザベルの手から消毒液を取る。
椅子に座るイザベルに対して跪くように床に膝をつくグレイ。
自然と先生の頭頂部が見えた。自分と対して差のない若さに嫉妬や複雑な感情が芽生えるイザベル。
「……大人って、私だって大人だし5歳しか変わらない。」
「じゃあ、俺は先生で、君は俺の助手だ。理由はそれで十分だろう。」
「不十分です。」
「まったく、この減らず口が。」
イザベルの両頬を片手で少し強めに摘むグレイ。
「やめてふらはい。」
「はは、不細工だな。ほら、これで処置は終わったよ。しばらくは薬草採取も研究も無しだ。いいね?」
「ぶさいくって、セクハラで訴えてやる。ていうか、なんでですか。こんなケガでそこまでします?パワハラです!」
「はいはい、何とでも言ってくださいな。ちゃんとケガを治してから来なさい。家まで送るから帰る準備して。」
「先生!」
「だーめ。ほら、鞄持って。帰るよ。」
「……。」
グレイから自分の鞄を仕方なしに受け取り肩にかける。先生に迷惑をかけてしまった気持ちと、最近自分が無理をしていたことを知っての発言だったのだろうと、その優しさに触れてしまったイザベルは更に複雑な気持ちを抱くことになってしまった。
「先生って、恋愛経験無さそう。」
「相変わらずの失礼さだね。その通りだから余計に虚しいよ。」
薬の調合をするグレイの正面の席に座り、大人しく薬学書を読んでいたかと思えば唐突に投げられる、暴力とも捉えられる発言。
「え、本当に無いんですね。」
「それ以上傷を抉らないでくれるかい。俺だって気にしてないわけじゃないから。」
「……顔は良いから都会に行けばモテそうだけど。」
「顔はって。俺は都会には行かないよ。ここが自分にとって一番心地の良い場所だからね。」
「そう、ですか。」
歯切れの悪い返答が口から出て自分で驚くイザベル。特に気にしていないグレイは、もうこの話は終わりだと作業を再開した。
自分が先生の言葉を聞いて何故安心したのか。それでも残るこの靄は何なのか。既に答えが出ているのに見て見ぬ振りをするのは、これが良くないことだと感じているからだ。
イザベルはその答えに蓋をして大事に隠すことにした。
「君はどうして都会を出てまで薬師になろうと思ったんだ?」
「なんとなくです。都会の薬屋は客が注文したらその場でお金を払って薬を渡して終わりです。でも、ここは違う。わざわざ依頼主の家まで行って直接届ける。そんなの都会ではやりません。ここに来て気付きました。」
「それで、君はここに来て良かったと思うかい?」
「……はい、ここに来られて良かったです。依頼主から温かさを貰えるなんて、思ってもいませんでした。」
「最初に君が来た頃、君がご老人の家へ直接薬を届けた時のことをたまに思い出すんだ。今の君は“理解した”顔をしているよ。成長したね。」
「先生のおかげです。まあ、自分のおかげでもありますが。」
「そういうところ、俺は嫌いじゃないな。生意気。」
そう言う先生の顔は意地悪だったけど、柔らかくて温かみを感じた。
大事に封をしていた箱の蓋がずれた気がした。
「イザベルは、好きな人とか気になる人って居ないのかい?」
「な、なんですか急に。」
「いや、若いしやりたいことだって他にあるだろうし。真面目に仕事してくれるから俺が困ることは何もないけれど、君には君の時間があるから。あー、つまり、休みたかったら休んで良いんだよ。都会に帰省したい時だってあるだろうし。」
「あ……。」
「ん?」
先生の言葉に固まってしまう。
帰りたくない。休みたくない。先生と一緒に過ごす時間が何よりも楽しい。嬉しい。心が満たされる。
でも、先生からしたら私はただの見習いで、ただの生徒で。
「帰りたく、ない、です。」
「……そっか。」
何故かそれ以上口を開くことを止めてしまった先生に疑問を抱くも、これでいいんだと変に納得することにした。
沈黙が流れ、やがて外で鳴く鳥たちの声やカーテンが風でゆったりと靡く音、自分の様々な感情を乗せた鼓動が私の耳に入る。
先生は何も言わない。だから私もこれ以上は発言しない。
その日は静かな、とても静かな日だった。
先生が、おかしい。
「先生。」
「……。」
「先生?」
「あ、ごめん。どうかした?」
「それはこっちの台詞です。ボーっとしてますよ。それに顔も火照っているようですし、風邪引いたんじゃないですか?」
「流石俺の生徒だね。正解だよ。」
「何仕事してるんですか。薬飲んで休んでください。」
「……。」
「仕事に取り憑かれすぎです。帰れ。大人なんだからしっかりしてください。」
「帰れって……。相変わらず君は失礼だなー。」
「はい、先生の鞄。今日は営業停止です。今回は私が家まで送り届けますので。」
「一人で帰れるよ。」
「道端で倒れられたら困ります。」
「手厳しいなあ。それじゃ、頼みましたよ、助手さん。」
先生の友人だというノアのお店まで行き、かわいいオバケキャンディーを手に入れたイザベル。
「ノアのキャンディーだ。あいつの店まで行ったんだ。」
「あげませんよ。」
「ケチ。」
「え。」
「なーんてね。ノアのお菓子って美味しいよね。俺も顔出すついでに買いに行こうかな。」
「……私も同行します。」
「同行って。先生が奢ってあげるよ。」
「では全部買ってください。」
「それは無理。」
「ケチ。」
「これはこれは、してやられたな。俺の負けだけど流石に全部は本当に無理だから3つまでな。」
「やっぱりケチ。」
「2つにしようかな。」
「ケチケチだ!」
「はは。」
「先生、いつ寝たんですか。」
「うーん、いつだったかな。覚えてない。」
「自分の顔、鏡で見ました?酷いですよ、隈。」
「見なくても分かるんだけど、なかなか薬が完成しなくて……。」
「それ、期日いつまでなんですか。」
「いや、これは趣味で研究してるやつで。」
「アホ!寝ろ!この研究馬鹿!貴方が私の先生だなんて、先生失格!早く帰って!」
「先生、失格……。」
「な、なんですか。」
「俺が先生じゃなくなったら、俺は君の何になるんだろ。」
「はあ?貴方が先生じゃなくなったら、ただの薬師でしょ。それが何ですか。早く帰りますよ。」
「君が俺の生徒を卒業したら見習い薬師ではなく、立派な一人前の薬師になる。そうしたら君は?イザベルは、都会に帰るのか?」
「さっきからなんですか!帰りませんよ!できるなら貴方の隣で助手を続けますよ!寝不足だからってふにゃふにゃ喋らないでください!さっさと口閉じて鞄待って帰る!ほら!」
「俺の隣で……。そっか。」
「ニヤニヤして気持ち悪いな。帰りますよ、先生。」
「ああ、今日も家までよろしくお願いします、助手さん。」
「まったく、世話が焼ける先生ですね。この私にお任せくださいな。」
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