restarrt! 異変後
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目の前の光景に、世界はスローモーションになる。
見間違えるはずがなかった。フードを被っていたってわかる。ずっと。ずうっと会いたくてたまらなかった背中だ。
少し鼻にかかった声で、呼びたかった名を口にした。彼は咄嗟に振り返り、予想外にも怯えた表情で私とイレブンをみた。
食料を持った両手はわなわなと震え、なぜか被っていたフードは勢いで落ちた。よく知っている端正な顔ではあるが、なにやら様子がおかしい。
「…ゆっ、ゆるしてください!」
次々と他の仲間たちがやってきたところで彼はそう叫び、ファーリス王子さながらの土下座を披露した。
今までにきいたこともない上擦った声色に、心臓はどくりと嫌な音を鳴らす。
「オレ、3日も飲まず食わずで…。この船に食べ物が積まれているのが見えて、それで、つい出来心で…」
頭をさげて、彼はなにを、言っているんだ。
時が止まったかのように周囲が愕然としている中、先に動いたのは私の隣にきていたシルビアさん。心配そうに声をかけ、一歩近づく。
その刹那、彼は悲鳴をあげて後退りをした。
思わず目を見開いた。普段からは決して想像もつかないような行動の数々に、より緊迫感が漂う。
どこからどうみても見た目はそっくりなのに、表情も、声色も、動きも正反対にうつる。
私の知ってる彼じゃ、ない。
「一体どういうことだ。この男、カミュではないのか?」
「あの…、オレの名前はたぶんカミュであってますけど…。でもどうしてそれを…。あなたたち、もしかしてオレのこと、何か知ってるんですか?」
グレイグさんが呟くと、返ってきたのは違和感だらけの言葉。脳内で思考が喧嘩しては弾け飛ぶ。そして、
「おぬし、まさか…、記憶を失っているのか?」
ガ ン ッ
ビンで頭を強打されたような、そんな感覚に襲われた。
脳裏によぎっても気づかないふりをしたことを、ロウさんが突く。実際に耳にすると、それはもう、重く響いた。
辺りは静寂に包まれる。浅い呼吸を続けていると、聞かれた本人は心の内から掬い取るように、ぽつぽつと話し始めた。
「…オレ、昔のことを思い出せないんです。覚えてるのは自分の名前と、あとは何か大事な、やらなくちゃいけないことがあったような…。それくらいしか…」
震えた声はよくきこえた。遠くにいきそうだった意識もなんとか持ち直す。
記憶喪失。…フィクションでしかみたことがない。「まあ私がこの世界にきたくらいだからこういうこともあるよね」などと、気楽には考えられなかった。これからどうなってしまうのかと一気に不安が押し寄せる。
…しかし、今にも消えてしまいそうな佇まいの彼をみて、少しだけ塞き止められた。今の彼は、ロトゼタシア に迷い込んだ私に似ている。こちらがお通夜状態になっている場合ではないのだと。本人のほうが絶望しているはずなんだ。
また、途中で気になる発言が飛び出した。思うがはやく、イレブンの様子を伺ってみる。すると彼は私の視線に気づき、励ますかのようにしっかりと頷いてみせた。
不思議。彼のおかげか、ふと、ある記憶が浮かび上がる。
『――イレブンといればオレの願いは果たされる』
そう言っていたことを、思い出した。
「ゆっくりでいいよ」
「…え?」
「私はアカリっていうんだ。私たちは世界がおかしくなる前に、カミュと一緒に旅をしていたの」
カミュだよ。
「だから、もう大丈夫。一人じゃないよ」
雰囲気は違っても、カミュはカミュだよ。
こわがらせないように、優しく目を合わせる。眉をさげ、瞳をまんまるにした彼をみて、イレブンも続く。
「僕はイレブン。カミュは僕たちとの旅の中で、叶えたいことがあったみたいなんだ。それが何かは教えてくれなかったけど、きっと力になれると思う」
ちらりと横目でみると、イレブンはあの誰もを包み込むような眼差しを向けている。
「そうだったんですか」
一瞬だけ目が合った。その視線はすぐにさまよってしまう。
守らなきゃ。あのとき私を照らしてくれたように。一緒にいてもいいんだと、その都度救ってくれたように。
数秒の沈黙が続いたあと、俯きがちだった顔はあがる。
――あ、知ってる。
「……あの、盗み食いした分は弁償します。掃除でも皿洗いでもなんでもします!だから、あなたたちに同行させてくれませんか?」
「もちろん!こっちからお願いするよ…!」
「一緒に行こう。弁償もなしでね」
「…っ、ありがとうございます!オレ、ジャマにならないよう、がんばります」
こちらの心配を他所に、自分からお願いをしてくれた。ふとみせた真剣な顔に、涙腺が緩くなって困る。カミュは私たちの答えに安堵した表情をみせ、今までとは一変、柔らかい空気に包まれた。
「またよろしくね」と手を差し出すと、彼はおずおずと手を取ってくれた。冷えた指先が手のひらに触れる。立たせるように引っ張ると、じわりと私の体温がうつった。
シルビアさんが嬉しそうに傍に来てくれる。ロウさん、グレイグさんも改めて挨拶をし始める。
「さっきは驚いてしまってすみません…」
「んもう気にしないの!こういうカミュちゃん、なんだかムズムズするわ〜」
シルビアさんの返答に小首を傾げるカミュ。そのやりとりをみてほんのり口角があがる。
ああ。また1人、仲間と再会を果たせたんだ。
船に揺られながら、人目につかないところでうずくまる。先ほどイレブンが教えてくれたことが頭から離れない。
カミュは私のことを随分と不思議そうに見つめていたようだ。同行が決まり、船の中を案内しているときや他の仲間と談笑しているときによく私のことを見ていたと。自分では気づかなかったけれど、少しでも何か記憶にひっかかっていたのなら?…目頭が熱くなる。
今までの彼とは一切縁がなさそうな、子犬のようなか弱い印象。最初は正直ショックを隠せなかったが、たまにみえる"カミュ"の面影に希望がみえる。ゆっくりでいい。万が一、記憶が戻らなくても、また一緒に過ごせるのだ。なんなら生き延びて、出会ってくれただけでそれで…。
こう思えるくらいに、私は変わらずあなたを――
見間違えるはずがなかった。フードを被っていたってわかる。ずっと。ずうっと会いたくてたまらなかった背中だ。
少し鼻にかかった声で、呼びたかった名を口にした。彼は咄嗟に振り返り、予想外にも怯えた表情で私とイレブンをみた。
食料を持った両手はわなわなと震え、なぜか被っていたフードは勢いで落ちた。よく知っている端正な顔ではあるが、なにやら様子がおかしい。
「…ゆっ、ゆるしてください!」
次々と他の仲間たちがやってきたところで彼はそう叫び、ファーリス王子さながらの土下座を披露した。
今までにきいたこともない上擦った声色に、心臓はどくりと嫌な音を鳴らす。
「オレ、3日も飲まず食わずで…。この船に食べ物が積まれているのが見えて、それで、つい出来心で…」
頭をさげて、彼はなにを、言っているんだ。
時が止まったかのように周囲が愕然としている中、先に動いたのは私の隣にきていたシルビアさん。心配そうに声をかけ、一歩近づく。
その刹那、彼は悲鳴をあげて後退りをした。
思わず目を見開いた。普段からは決して想像もつかないような行動の数々に、より緊迫感が漂う。
どこからどうみても見た目はそっくりなのに、表情も、声色も、動きも正反対にうつる。
私の知ってる彼じゃ、ない。
「一体どういうことだ。この男、カミュではないのか?」
「あの…、オレの名前はたぶんカミュであってますけど…。でもどうしてそれを…。あなたたち、もしかしてオレのこと、何か知ってるんですか?」
グレイグさんが呟くと、返ってきたのは違和感だらけの言葉。脳内で思考が喧嘩しては弾け飛ぶ。そして、
「おぬし、まさか…、記憶を失っているのか?」
ガ ン ッ
ビンで頭を強打されたような、そんな感覚に襲われた。
脳裏によぎっても気づかないふりをしたことを、ロウさんが突く。実際に耳にすると、それはもう、重く響いた。
辺りは静寂に包まれる。浅い呼吸を続けていると、聞かれた本人は心の内から掬い取るように、ぽつぽつと話し始めた。
「…オレ、昔のことを思い出せないんです。覚えてるのは自分の名前と、あとは何か大事な、やらなくちゃいけないことがあったような…。それくらいしか…」
震えた声はよくきこえた。遠くにいきそうだった意識もなんとか持ち直す。
記憶喪失。…フィクションでしかみたことがない。「まあ私がこの世界にきたくらいだからこういうこともあるよね」などと、気楽には考えられなかった。これからどうなってしまうのかと一気に不安が押し寄せる。
…しかし、今にも消えてしまいそうな佇まいの彼をみて、少しだけ塞き止められた。今の彼は、
また、途中で気になる発言が飛び出した。思うがはやく、イレブンの様子を伺ってみる。すると彼は私の視線に気づき、励ますかのようにしっかりと頷いてみせた。
不思議。彼のおかげか、ふと、ある記憶が浮かび上がる。
『――イレブンといればオレの願いは果たされる』
そう言っていたことを、思い出した。
「ゆっくりでいいよ」
「…え?」
「私はアカリっていうんだ。私たちは世界がおかしくなる前に、カミュと一緒に旅をしていたの」
カミュだよ。
「だから、もう大丈夫。一人じゃないよ」
雰囲気は違っても、カミュはカミュだよ。
こわがらせないように、優しく目を合わせる。眉をさげ、瞳をまんまるにした彼をみて、イレブンも続く。
「僕はイレブン。カミュは僕たちとの旅の中で、叶えたいことがあったみたいなんだ。それが何かは教えてくれなかったけど、きっと力になれると思う」
ちらりと横目でみると、イレブンはあの誰もを包み込むような眼差しを向けている。
「そうだったんですか」
一瞬だけ目が合った。その視線はすぐにさまよってしまう。
守らなきゃ。あのとき私を照らしてくれたように。一緒にいてもいいんだと、その都度救ってくれたように。
数秒の沈黙が続いたあと、俯きがちだった顔はあがる。
――あ、知ってる。
「……あの、盗み食いした分は弁償します。掃除でも皿洗いでもなんでもします!だから、あなたたちに同行させてくれませんか?」
「もちろん!こっちからお願いするよ…!」
「一緒に行こう。弁償もなしでね」
「…っ、ありがとうございます!オレ、ジャマにならないよう、がんばります」
こちらの心配を他所に、自分からお願いをしてくれた。ふとみせた真剣な顔に、涙腺が緩くなって困る。カミュは私たちの答えに安堵した表情をみせ、今までとは一変、柔らかい空気に包まれた。
「またよろしくね」と手を差し出すと、彼はおずおずと手を取ってくれた。冷えた指先が手のひらに触れる。立たせるように引っ張ると、じわりと私の体温がうつった。
シルビアさんが嬉しそうに傍に来てくれる。ロウさん、グレイグさんも改めて挨拶をし始める。
「さっきは驚いてしまってすみません…」
「んもう気にしないの!こういうカミュちゃん、なんだかムズムズするわ〜」
シルビアさんの返答に小首を傾げるカミュ。そのやりとりをみてほんのり口角があがる。
ああ。また1人、仲間と再会を果たせたんだ。
船に揺られながら、人目につかないところでうずくまる。先ほどイレブンが教えてくれたことが頭から離れない。
カミュは私のことを随分と不思議そうに見つめていたようだ。同行が決まり、船の中を案内しているときや他の仲間と談笑しているときによく私のことを見ていたと。自分では気づかなかったけれど、少しでも何か記憶にひっかかっていたのなら?…目頭が熱くなる。
今までの彼とは一切縁がなさそうな、子犬のようなか弱い印象。最初は正直ショックを隠せなかったが、たまにみえる"カミュ"の面影に希望がみえる。ゆっくりでいい。万が一、記憶が戻らなくても、また一緒に過ごせるのだ。なんなら生き延びて、出会ってくれただけでそれで…。
こう思えるくらいに、私は変わらずあなたを――