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人形は泡沫のように


 人魚と言われたら、人はどんな姿を想像するだろう。ディズニー映画のリトル・マーメイドのヒロインみたいに、容姿は整い、ボディラインは美しく、性格すらも大海の如くおおらかで、人間に好意的で。そして、奏でるメロディは人々を魅了し、好奇心旺盛で夢を追いかける強い意志をもっているのだろうか。

もしくは有名な人魚伝説みたいに、怪物のような見た目をしていて、人魚の肉を食べれば八百比丘尼のように永遠に近いものを手にすることができるかもしれない……そう、不老不死という永遠を。

 一人の青年は探しものをしていた。探しているものというのは無くし物などではない。もっと見つけづらいものである。あるかどうかすら分からないのだ。

当然、周囲の人間はみな見つけられるとは思っていなかった。しかし、彼は諦めなかった。彼にはその探しものを見つけなければならない理由があったため、雨の日も風の日も雪にも夏の暑さにも負けずにさまよい続けたのである。

 その青年の名は丸井ブン太という。
赤髪の溌剌とした十五の彼には、同い年の尊敬している相手がいた。その人の名を幸村精市という。
丸井は尊敬する気持ちをそこまで直接表には出さなかったが、周りから見れば一目瞭然と言っても過言ではなかった。
その丸井が尊敬する彼、幸村精市がある日難病を患ったのだ。もしかしたらもう二度と一緒に外に出ることが出来なくなるかもしれない。そう語った彼の言葉を、初めて丸井は否定したいと思った。

 この世界にはかつて人魚が確かに生息していた。……じいちゃんはよくそう言って昔ばなしをした。

「わしがブン太と同じくらいの時だった。海で遊んでいたときに人魚と一緒に泳いだんだ。人魚の鱗が太陽の光を屈折させて、それはそれは美しかった。」

 じいちゃんの話が嘘じゃないっていうのは、どっかの生物学者だとかなんだとかが結構前に証明していた。その頃は陸には人間がいて、海には人魚がいる。そういう認識になるくらいの数の人魚がいたらしい。だけど、それは昔の話だ。今はどこを探しても見つけることが出来ないなんて言われている。いわば、絶滅危惧種のようなもの。そうなった原因には人間が深く関わっている。

 社会の授業で習うので、日本人ならばだいたい理由は知っている。人間が人魚を乱獲したのと、工場の排水による水質の悪化だ。後者の方は改善されたが、問題は前者の方だった。一体どこから始まったのか、「人魚の肉を食べれば不老不死になれる」という伝説が一般常識のように扱われるようになっていったのだ。

実際、ほとんどの人がそれを信じている。一年に数回、人魚の肉を食べたという人がニュースで取り上げられるくらいには、信じられている話だった。だから人魚は人前に現れることは滅多にない。自分が捕食される対象だということを知っているから。

 丸井は幸村が難病にかかったことを聞いた時に真っ先にこの伝説を思い出した。人魚の肉を食べさせればもしかしたら治るかもしれないと思った。そこからの行動は早かった。丸井はすぐに海に向かった。彼には迷いなどなかった。何も出来ないと悟った自分が悔しかったのだろう。せめて何かできるのではないかと思いついたのがそれだった。

 そこから何ヶ月も経った、ある日のことだ。その前日は台風で、降りしきる土砂降りの雨の中外に出ることすら危ないのに彼はいつもどうり海に向かった。やはり人魚はいない。

次の日のこと。もしかしたら人魚が台風にやられて打ち上げられていないかななんて考えて、歩道の欠けたコンクリートに深い水溜まりの残る早朝に出かけた。

 いつもどうりの海があるはずだった。そこに、間違い探しみたいに一つだけ違うものがある。上半身しか見えなかったが一目見て「人魚だ」と思った。

 打ち上げられた少女は痛々しいほど痩せこけていた。あるのは骨と皮だけ、過食部分があるのかすら分からなかった。それでも一人前くらいはあるだろうと、周りに人がいないことを確認してから人魚を引き上げようとした時だった。

「わたしを食べてもきっと不老不死になんてなれないよ」

 と大きな目をゆっくりと開いて諭すような口調でそう言われた。

「食ってみないとわかんないだろぃ」
「ねえ、お腹すいたの。最後に美味しいご飯を食べてみたい」

 生憎丸井は何も持ち合わせていなかった。

「私、死にたくない」

 人魚の少女は、丸井の目を見てゆっくりと自分の意志を確かめるようにそう言った。

「家族は全員殺された。……もちろん、人間によってね。だから私、やり返してあげようと思ってずっと人間を食べてき……」

 少女の言葉を遮るように、丸井は自分のそばにあった岩で少女の頭部を目掛けて振り下ろした。何度も、何度も。段々と湿っていく音。変色していく岩。ぐちゃ、ぐちゃ。少女の透き通るような白い肌は黒く、髪の毛は血液によって顔中に張りついている。

 丸井は動かなくなった少女を自分の秘密基地まで運んだ。小学生だった頃によく遊びに行った場所だ。痩せこけた人魚を運びながらでも、すぐに辿り着くことが出来た。

 早速家から取ってきた包丁を取り出して人魚を捌いていく。人魚は見た目の通りに肉はほとんどなかった。それでも、自分の尊敬する彼の為に、必死になって食べられそうな部分を見つけていく。誰にもバレてはいけない。臭みを取って、濃いめの味付けで。丸井はこれまでの自分の経験を全て生かすように、冷静に包丁を入れていく。そこには、幸村精市への愛だけが込められていた。

「幸村くん!」

 これ作ったんだ、よかったら食べてみてくれぃ。そう言って笑う赤髪の少年は、太陽のように眩しく笑っている。

 「うん、美味しいよ」

 ——難病の彼は、どこまで気づいているのだろう。今まであんなに落ち込んでいた少年が、明るい顔で差し出してきた料理。「それ」が何なのか。十五の青年は、察せないほど子どもではなかった。それでも、それを受け入れたのは。

「本当によくできてる。丸井はもう食べたのかい?まだなら、一緒に食べよう」

 きっと二人なら、この永遠を憂うことはないからだ。
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