コロイカ夢
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新学期早々の席替えはくじ引きで決まった。
運が悪い私は、教室入り口すぐ傍の最前列右前を引き当ててしまった。先生の目につくし、まだ大して仲良くないクラスメイトの視線も集まる。我ながら嫌な席を引き当ててしまったものだ。
「教科書を貸してくれ」
俯いていた最中、振ってきた声に顔を上げる。
隣のクラスのスカルくんだ。顔を覆い隠す物騒なマスクに、厳めしい顔つき。
全然関りがないのに、教室入ってすぐ目につくから私に声を掛けたんだ。こんな怖そうな子に話しかけられるなんて、本当についてない。それもこれもこの座席のせい。違う、私の運が悪い。ひいては、私のせいだ。
「科目は何、ですか?」
「数学」
そんな始まりからスカルくんとは、些末なやり取りをするようになった。
数学に始まり、英語、現国、歴史、地理、科学。一通りは貸したかもしれない。スカルくんに貸した教科書は綺麗な状態で戻ってくる。隣のクラスはうちのクラスよりも進んではずなので、ラインマーカーの一つでも引いてあれば予習に役立つかもと思ったけど、教科書をちゃんと読んでいるのか不安になるレベルで綺麗だ。借り物だからやっぱり気を使っているのかな。
最初は怖かったけれど、教科書を貸すだけで何もない。頻度も週に一度あるかないかだし、その授業が終わればすぐに返してくれるから安心している。昼休みを挟む時は購買の菓子パンを一緒にくれるようになった。悪いと言って断ったけれど、教科書と一緒に押し付けられるので有難く頂いている。
「……やっちゃった」
体操着を忘れた。しかし今日の体育は絶対に休めない。確か実技テストがあったはず。
体調不良と嘘をついて見学か、保健室に行ってしまう事が頭をよぎるが嘘はつきたくない。誰かに借りるか。せめてジャージだけでも借りれれば、なんとかなるかも。
他のクラスの友人に声をかけてみるも、そもそも今日は体育がないから持っていないという。
「うちのクラス、今日体育ないんだ」
「運動部の子でもよければ声かけよっか?」
さすがに身に着けるものを知らない子に借りるのは気が引ける。気持ちだけは受け取って、友達の教室を後にする。他のクラスにも積極的に友達を作っておくべきだった。
今更自分を恨んでも仕方ない。
たしか、スカルくんは4組だった。
「あの、スカルくん……って、居ますか?」
教室の入り口で、手前にいる子に声をかける。
私と同じように忘れ物借りや人探しの訪問には慣れているようで、クラス中を見まわして一声を掛けてくれる。その声に応えてやってきたのは、いつもの見慣れた髑髏のマスクではなくサングラスの男の子。
「いつもスカルに教科書貸してくれてる子ってキミだよね。オレはタレサン。スカルの幼馴染。よろしくね」
「よろしく……」
なんというか、スカルくんも少し怖い見た目をしているけど、その幼馴染のタレサンくんもちょっと、などと失礼なことが頭をよぎった。
「ごめんね、いつもスカルが面倒掛けて。もしかして、教科書の返し忘れ?」
「ううん、違うの。借りたいものがあって」
「ああ、そういうこと? 昼の買い出しだからすぐ戻ってくると思うから、スカルの席で待っててよ。オレのすぐ隣だし」
「いいの? ありがとう」
話が通じる! 優しい! ちょっと怖いなんて思ってごめんなさい!
「教科書だったらオレも持ってるから貸せるけど」
タレサンくんが優しくて面倒見がいいのは解った。でもジャージを借りるのは気が引ける。
あれ。なんで私、スカルくんのジャージなら借りていいって思ってるんだろう。
「む」
「おかえりスカル。お客さんきてるよ」
「勝手に座ってごめんなさい、すぐ退くから」
「気にするな」
そんなことはお構いなしに、まっすぐこちらにやってきて両手いっぱいの菓子パンを机の上に置く。すごい量。私が貰ってた菓子パンはこのうちの一つだったってことか。いつもこんなに食べてるの? 知らなかった。知らなくても、当たり前か。スカルくんが私に教科書を借りに来るだけ。私がたまたま教室の一番手前にいたから。それだけの関係だもの。
今更こんなことに気づきたくなかった。じわじわと、背筋を伝って焦燥感がせり上がってくる。スカルくんも、きっとなんで私がいるんだろうって思っているはず。早くクラスに戻ろう。
「大丈夫、飲み物買ってくるからスカルはオレの席座りなよ」
「えっ……」
タレサンくんの手が、立ち上がろうとした私の肩に手を置く。軽く添えたように見えてしっかりと圧を掛けられ、座ったままにされてしまう。
「大丈夫だから」
そう小声でささやくけれど、何が大丈夫なんだろう。話が通じるタレサンくんがいなくなってしまい、妙な気分になる。
スカルくんは無言でタレサンくんを見送り、席に座る。スカルくんと隣同士になる。なんだか変な感覚。スカルくんは何も思わないのか、私の目の前に積まれた菓子パンの山から一つ掴んでは吸い込むように食べていく。マスクをしたまま。どうなってるの? 幻?
「何かあったか」
食べているはずなのに、まるでそうは感じさせない話しぶり。目の前の光景に驚いてしまうが会話に応える。
「全然話したことないのに、急にゴメンね」
「なぜ謝る」
そんなこと言われても言葉に詰まる。私とスカルくんはクラスも違うし、スカルくんに幼馴染がいることもたくさん食べることも今日知った。その程度なのに、ジャージ貸してなんて今更言えない。そんな目的で来てゴメン。そう伝えたところで気を使わせてしまうのは解りきっている。
「何も無くてもいい」
スカルくんは菓子パンに向き直る。どういう意味だろう。言葉に詰まる私を気遣ってだとは思う。言葉の通り、何も無くても急に来ていいってこと? でも今日は何も無く来たわけじゃない。伝えなきゃ。
私は、幼馴染がいることもたくさん食べることも今日知った。でも、タレサンくんが知らない事、スカルくんが教科書を綺麗に使うことも、必ず次の時間には返してくれることも知ってるから。
「お願いがあって……」
「なんだ」
「嫌だったら断って欲しいんだけど」
「わかった」
この即答、安心できる。
「次の授業体育でテストがあって、絶対休めないから……ジャージを貸してもらえないでしょうか」
「構わない」
食べてる途中なのに立ち上がり、ロッカーのほうへ向かう。食べ終わってからでいいよという制止をする間もない。
むき出しのまま差し出されたジャージをそのまま受け取る。休み時間はもう残り少ない。
「あ、ありがとう! 洗って返すから!」
「気にするな」
心強い言葉を背に、クラスへ早足で戻る。
絶対綺麗に洗うし、購買のパンもつけると心に誓った。
あと、返すときにもう一、二言、お話してもいいよね。