二章 不退転
「ねえ、中也」
「あ?」
スマホで何やら調べていた中也を覗き込む。
「んだよ」
「別にぃ…」
何で私の家にいるのに私に構ってくれないの。
訳わかんない。
はぁ、と溜め息を吐いて、視線を上げる。
点けっ放しのテレビが視界に入って、何となく見続ける。
軈てスポーツのニュースに変わり、タイミングが良いのか悪いのかフィギュアスケートの特集を始めた。
「あ、この人…」
「ん?」
私が声を上げると、中也も漸く顔を上げた。
「この人知ってる。次のオリンピックで、いちばん金メダルに近い人って言われてるんでしょう?」
そうだよね、と横にいる中也の方を向く。
「…中也?」
様子がおかしい。
光の点る画面を、その眼を目一杯開いたまま凝視している。
その綺麗な瞳は、驚きと恐怖に染まっている。
まるで、憎い敵だが恐ろしくて手も出せない、みたいな。
「ねえ中也、どうしたの?」
思わず、テレビの電源ごと消してしまう。
じっと固まっていたような中也は、瞬時に解凍したように瞬いた。
「…あ、…悪い…」
「さっきの人、知ってるの?」
吃驚したように中也は私を見て、俯く。
そして小さく呟いた。
「知…らねえ」
「…どうしてそんな見え透いた嘘吐くの」
「知らねえ!!」
突然、びりびりとした怒号が部屋中に響き渡った。
驚いて、中也の背に伸ばし掛けていた手を引っ込める。
彼は微かに、でも確かに震えていた。
暫くの間、ぴんと張り詰めた沈黙がぐさりぐさりと私を刺すように感じられた。
自分が何か、彼が触れて欲しくない事に触れてしまった様で焦りもした。
何かを口に出そうと思ったが、それすらも躊躇われて無言が続く。
「………悪い」
口を切ったのは、中也だった。
彼はまだ、俯いたまま掠れた声を出した。
「…私も、ごめん」
赭色の髪に隠された横顔をじっと見つめてそう言うと、その髪を揺らして緩慢に首を振った。
「悪い……太宰、いつか…ちゃんと、話す。から、まだ何も聞くな」
顔を上げた中也の眼差しは、凛として私を捉えて離さなかった。
気迫か。それとも別の何かに支配された様に感じた私は、ただ、頷くことしか出来なかった。
「…わかった」
私はまだ、中也のことを何も知らないままだ。
強く実感して、唇を噛み締めた。
知りたい。
もっと、君を知りたい。
どんな君だとしても、私は君を愛すことが出来る自信すらあるのに。
––––––たった一ヶ月と一寸の交友関係にそんな事を想うのは、身勝手だろうか。
◽︎◽︎◽︎
「中也。私、コンクール出ることにしたよ」
思わず、手に持っていた人参をごとりと落とした。
あまりにも唐突すぎる。
「あー傷んじゃう」と人参を拾い上げる太宰を目で追いかける。
「……人参は落としてそんなすぐ傷まねえよ」
「え?そっち?」
動揺から現実逃避。
…え?
「俺、結構な思い付きで言ったんだけどな」
「そうなの?私、結構真剣に考えてたんだけどな」
ふふん、と何故か得意げに話す太宰に、思わず笑いを堪える。
「それでねえ、このコンクールにしてみた」
スマホを出して、俺に画面を見せる。
それは、慥かにあの時に見た演奏動画の載っていたコンクールで間違い無かった。
少し身構えたが、それとこれとは関係ない、と頭を振る。
「見て、これ、入賞したら賞金もらえるんだ!しかもこれ、賞金が百万円単位!」
嬉しそうに言う太宰に、違和感を覚えて首を傾げる。
「…太宰って、そんなに金に苦労して無いんじゃねえの?」
俺がそう言うと、太宰は笑顔を顔に残したまま、口を閉ざした。
手に掲げていたスマホを下ろして、電源を切っている。
「まあ、そうなんだけど。でもさ、私、自分で得たお金っていうの無いからさ。十分過ぎるくらいにお金を渡されるから、並の高校生みたいに遣り繰りとかした事もないし。羨ましいだとか恵まれてるとか思われても仕方ないとは思うけど、でも私はそういう普通が羨ましい」
「普通…」
普通。その言葉は、いつまでも付き纏って世の道に背く事を嫌う。
それがいつだって正しいとされてきた。
「…ごめん、やっぱ何でもない。全部嘘、今のこと忘れて」
「あ?」
太宰は、今にも舌打ちでもしそうな苦悩と後悔の様な表情を見せた。
こんなこと言うんじゃ無かった、というような。
「…約束したんだ、自分と」
張り詰めた表情で真っ直ぐ俺を見るその視線を、切り離すことは如何してもできなかった。
何を、と問おうとしたが、声が出なかった。
「私、優勝してみせる。それで、きっと…きっと、自分との約束を果たしてみせるから」
そこで太宰は、ふっと視線を緩ませた。
「楽しみにしててよ、中也」
「っ…ああ」
何だか善く分からなかったが、それほどに真剣に考えた事なのだろう。
俺に口を出せる訳がない。
それきり、口を閉ざして洗った人参をざくざくと切り始める。
しかし、その話はそれで終わりじゃ無かった。
夕食を食べ終えて、何か映画でも観ようと云う話の流れだった筈だ。
「ねえ、中也は」
「あ?俺は、こっちのが良いと思うんだけど––––––」
「そうじゃなくて」
手首をがしりと掴まれて、太宰と目が合う。
鳶色の目が、俺を捉えて離さなかった。先程と同じ、意志の強い目だった。
如何にもその眼には抗えなくて、言葉に窮してしまう。
「…あのさ、中也、選手として復帰する気はない?」
「………は?」
驚きを、声に出す事すらできない。
一体全体、何が何なのか。
如何して、一番、そこに触れないと思っていた太宰に、そう言われたのか。
解らない。解りたくもない。
太宰を、他の人間と一緒だと思いたくない。
「私は、君に期待を背負ってほしいだとか、そんなことは微塵も思ってない」
弁明するように、でも焦った様子は見られず、太宰は続けた。
逃げたい。けれど、太宰が腕をつかんで離すまいとしている。
「私は、君に…輝いていてほしい」
「………輝い、て?」
予想外の言葉を、意味もなく反芻する。
俺が、輝く?
「ううん、違うな…その、何と言ったらいいか…」
太宰は、俺の腕を握ったまま、あのね、と話し出した。
「今の君の演技を見てると、凄く…胸が苦しくなる」
「やっぱり、劣ってるか?」
「違う」
あえなくきっぱりと否定される。
いっそのこと、肯定してくれれば良いのに、と思ってしまう。
「寧ろ…君は今、選手の時より…凄く、巧いと思う。これは多分、そう思っているのは私だけじゃないと思う」
「でも、でもそれだけで選手に復帰しろって云うのか?知ってると思うが、日本は世界の中でも競争激しいんだぞ?引退した俺なんかは蚊帳の外なんだよ」
「そうじゃない。そうじゃないよ…君は…如何してそんなに君自身を悲観できるんだい?」
痛みと、悲しみ。純粋に、俺だけを案じている声だった。
太宰は、俺の引退を止めた他の奴らとは、どこかが違う。
嬉しくもあった。
同時に、如何して俺をあの世界へ戻させようとするのか、不思議というより気持ちのやり場がない。
「君は君自身を知らない。それが、私にとっては辛い」
「…俺が、俺自身を?」
うん、と太宰は頷いて、俺を射竦める。
言葉の端々は柔らかいのに、如何したってその目つきは鋭くて動く事も出来ない。
「ごめん…難しいな。…君の演技を見ていて苦しくなるって、言ったけどさ。君の演技は凄い、だから私は…悔しい。君が、狭い世界にいる事も、十分に輝けていない事も。今の君は、もっと輝けるのに光を抑えているみたいだ」
「俺は…輝いてなくて良い」
「本当はそうじゃないだろう?君は今でも、舞台に立っていたい筈だ」
「そうじゃない、俺はもう諦めたんだ」
「諦め切れて無いんでしょう」
「違え、」
「っ何も違く無いよ!、なんにも…」
視界から太宰が消える。
暖かい。
自分が、抱きしめられていると気付くのに時間がかかった。
こんなふうに、自分の本音を知っている誰かに抱きしめられた事など、初めてに粗等しくて実感も湧かない。
不意に、涙が零れ落ちた。
「もっと…君自身を、大切にしてあげてよ…それが出来ないんだったら、私が君を大切にするから」
するから。
するから、何だというのだろう。
怖くて、嬉しいのが怖くて、訊けなかった。
自分をこんなに見てくれている人が居るだなんて、知りたくなくて。
そんな事を知って仕舞えば、自分が安心してしまうのが怖くて仕方なくて。
だから、その身体を突き飛ばした。
「…手前にそんな事を言われたくなんかねえ、俺は、…誰にも見られなくたって良い!」
荷物も何も手に取らず、太宰の呆気に取られた顔に心がひしゃげて歪むのを隠す様に走り去る。
自分が今、どんな顔をしているのかも知りたくない。
どれだけ酷い事をしたのか。
街灯で照っているのに暗い夜道を、泣き叫びそうになるのを堪えながら走る。
ほんとうに人を信じる事なんて、まだ自分には出来ない。
◽︎◽︎◽︎
「なんで…」
呆気に取られたまま、中也を呼び止める事すら出来なかった。
如何して、あの子は、あんなに自分を大事にしない。
考えられない。
考えたくもない。
けれど…
あの顔を見れば、何も言えなくなってしまう。
希望に揺らめき、それでいて自分を棄てようとする泣き顔を。
「あ?」
スマホで何やら調べていた中也を覗き込む。
「んだよ」
「別にぃ…」
何で私の家にいるのに私に構ってくれないの。
訳わかんない。
はぁ、と溜め息を吐いて、視線を上げる。
点けっ放しのテレビが視界に入って、何となく見続ける。
軈てスポーツのニュースに変わり、タイミングが良いのか悪いのかフィギュアスケートの特集を始めた。
「あ、この人…」
「ん?」
私が声を上げると、中也も漸く顔を上げた。
「この人知ってる。次のオリンピックで、いちばん金メダルに近い人って言われてるんでしょう?」
そうだよね、と横にいる中也の方を向く。
「…中也?」
様子がおかしい。
光の点る画面を、その眼を目一杯開いたまま凝視している。
その綺麗な瞳は、驚きと恐怖に染まっている。
まるで、憎い敵だが恐ろしくて手も出せない、みたいな。
「ねえ中也、どうしたの?」
思わず、テレビの電源ごと消してしまう。
じっと固まっていたような中也は、瞬時に解凍したように瞬いた。
「…あ、…悪い…」
「さっきの人、知ってるの?」
吃驚したように中也は私を見て、俯く。
そして小さく呟いた。
「知…らねえ」
「…どうしてそんな見え透いた嘘吐くの」
「知らねえ!!」
突然、びりびりとした怒号が部屋中に響き渡った。
驚いて、中也の背に伸ばし掛けていた手を引っ込める。
彼は微かに、でも確かに震えていた。
暫くの間、ぴんと張り詰めた沈黙がぐさりぐさりと私を刺すように感じられた。
自分が何か、彼が触れて欲しくない事に触れてしまった様で焦りもした。
何かを口に出そうと思ったが、それすらも躊躇われて無言が続く。
「………悪い」
口を切ったのは、中也だった。
彼はまだ、俯いたまま掠れた声を出した。
「…私も、ごめん」
赭色の髪に隠された横顔をじっと見つめてそう言うと、その髪を揺らして緩慢に首を振った。
「悪い……太宰、いつか…ちゃんと、話す。から、まだ何も聞くな」
顔を上げた中也の眼差しは、凛として私を捉えて離さなかった。
気迫か。それとも別の何かに支配された様に感じた私は、ただ、頷くことしか出来なかった。
「…わかった」
私はまだ、中也のことを何も知らないままだ。
強く実感して、唇を噛み締めた。
知りたい。
もっと、君を知りたい。
どんな君だとしても、私は君を愛すことが出来る自信すらあるのに。
––––––たった一ヶ月と一寸の交友関係にそんな事を想うのは、身勝手だろうか。
◽︎◽︎◽︎
「中也。私、コンクール出ることにしたよ」
思わず、手に持っていた人参をごとりと落とした。
あまりにも唐突すぎる。
「あー傷んじゃう」と人参を拾い上げる太宰を目で追いかける。
「……人参は落としてそんなすぐ傷まねえよ」
「え?そっち?」
動揺から現実逃避。
…え?
「俺、結構な思い付きで言ったんだけどな」
「そうなの?私、結構真剣に考えてたんだけどな」
ふふん、と何故か得意げに話す太宰に、思わず笑いを堪える。
「それでねえ、このコンクールにしてみた」
スマホを出して、俺に画面を見せる。
それは、慥かにあの時に見た演奏動画の載っていたコンクールで間違い無かった。
少し身構えたが、それとこれとは関係ない、と頭を振る。
「見て、これ、入賞したら賞金もらえるんだ!しかもこれ、賞金が百万円単位!」
嬉しそうに言う太宰に、違和感を覚えて首を傾げる。
「…太宰って、そんなに金に苦労して無いんじゃねえの?」
俺がそう言うと、太宰は笑顔を顔に残したまま、口を閉ざした。
手に掲げていたスマホを下ろして、電源を切っている。
「まあ、そうなんだけど。でもさ、私、自分で得たお金っていうの無いからさ。十分過ぎるくらいにお金を渡されるから、並の高校生みたいに遣り繰りとかした事もないし。羨ましいだとか恵まれてるとか思われても仕方ないとは思うけど、でも私はそういう普通が羨ましい」
「普通…」
普通。その言葉は、いつまでも付き纏って世の道に背く事を嫌う。
それがいつだって正しいとされてきた。
「…ごめん、やっぱ何でもない。全部嘘、今のこと忘れて」
「あ?」
太宰は、今にも舌打ちでもしそうな苦悩と後悔の様な表情を見せた。
こんなこと言うんじゃ無かった、というような。
「…約束したんだ、自分と」
張り詰めた表情で真っ直ぐ俺を見るその視線を、切り離すことは如何してもできなかった。
何を、と問おうとしたが、声が出なかった。
「私、優勝してみせる。それで、きっと…きっと、自分との約束を果たしてみせるから」
そこで太宰は、ふっと視線を緩ませた。
「楽しみにしててよ、中也」
「っ…ああ」
何だか善く分からなかったが、それほどに真剣に考えた事なのだろう。
俺に口を出せる訳がない。
それきり、口を閉ざして洗った人参をざくざくと切り始める。
しかし、その話はそれで終わりじゃ無かった。
夕食を食べ終えて、何か映画でも観ようと云う話の流れだった筈だ。
「ねえ、中也は」
「あ?俺は、こっちのが良いと思うんだけど––––––」
「そうじゃなくて」
手首をがしりと掴まれて、太宰と目が合う。
鳶色の目が、俺を捉えて離さなかった。先程と同じ、意志の強い目だった。
如何にもその眼には抗えなくて、言葉に窮してしまう。
「…あのさ、中也、選手として復帰する気はない?」
「………は?」
驚きを、声に出す事すらできない。
一体全体、何が何なのか。
如何して、一番、そこに触れないと思っていた太宰に、そう言われたのか。
解らない。解りたくもない。
太宰を、他の人間と一緒だと思いたくない。
「私は、君に期待を背負ってほしいだとか、そんなことは微塵も思ってない」
弁明するように、でも焦った様子は見られず、太宰は続けた。
逃げたい。けれど、太宰が腕をつかんで離すまいとしている。
「私は、君に…輝いていてほしい」
「………輝い、て?」
予想外の言葉を、意味もなく反芻する。
俺が、輝く?
「ううん、違うな…その、何と言ったらいいか…」
太宰は、俺の腕を握ったまま、あのね、と話し出した。
「今の君の演技を見てると、凄く…胸が苦しくなる」
「やっぱり、劣ってるか?」
「違う」
あえなくきっぱりと否定される。
いっそのこと、肯定してくれれば良いのに、と思ってしまう。
「寧ろ…君は今、選手の時より…凄く、巧いと思う。これは多分、そう思っているのは私だけじゃないと思う」
「でも、でもそれだけで選手に復帰しろって云うのか?知ってると思うが、日本は世界の中でも競争激しいんだぞ?引退した俺なんかは蚊帳の外なんだよ」
「そうじゃない。そうじゃないよ…君は…如何してそんなに君自身を悲観できるんだい?」
痛みと、悲しみ。純粋に、俺だけを案じている声だった。
太宰は、俺の引退を止めた他の奴らとは、どこかが違う。
嬉しくもあった。
同時に、如何して俺をあの世界へ戻させようとするのか、不思議というより気持ちのやり場がない。
「君は君自身を知らない。それが、私にとっては辛い」
「…俺が、俺自身を?」
うん、と太宰は頷いて、俺を射竦める。
言葉の端々は柔らかいのに、如何したってその目つきは鋭くて動く事も出来ない。
「ごめん…難しいな。…君の演技を見ていて苦しくなるって、言ったけどさ。君の演技は凄い、だから私は…悔しい。君が、狭い世界にいる事も、十分に輝けていない事も。今の君は、もっと輝けるのに光を抑えているみたいだ」
「俺は…輝いてなくて良い」
「本当はそうじゃないだろう?君は今でも、舞台に立っていたい筈だ」
「そうじゃない、俺はもう諦めたんだ」
「諦め切れて無いんでしょう」
「違え、」
「っ何も違く無いよ!、なんにも…」
視界から太宰が消える。
暖かい。
自分が、抱きしめられていると気付くのに時間がかかった。
こんなふうに、自分の本音を知っている誰かに抱きしめられた事など、初めてに粗等しくて実感も湧かない。
不意に、涙が零れ落ちた。
「もっと…君自身を、大切にしてあげてよ…それが出来ないんだったら、私が君を大切にするから」
するから。
するから、何だというのだろう。
怖くて、嬉しいのが怖くて、訊けなかった。
自分をこんなに見てくれている人が居るだなんて、知りたくなくて。
そんな事を知って仕舞えば、自分が安心してしまうのが怖くて仕方なくて。
だから、その身体を突き飛ばした。
「…手前にそんな事を言われたくなんかねえ、俺は、…誰にも見られなくたって良い!」
荷物も何も手に取らず、太宰の呆気に取られた顔に心がひしゃげて歪むのを隠す様に走り去る。
自分が今、どんな顔をしているのかも知りたくない。
どれだけ酷い事をしたのか。
街灯で照っているのに暗い夜道を、泣き叫びそうになるのを堪えながら走る。
ほんとうに人を信じる事なんて、まだ自分には出来ない。
◽︎◽︎◽︎
「なんで…」
呆気に取られたまま、中也を呼び止める事すら出来なかった。
如何して、あの子は、あんなに自分を大事にしない。
考えられない。
考えたくもない。
けれど…
あの顔を見れば、何も言えなくなってしまう。
希望に揺らめき、それでいて自分を棄てようとする泣き顔を。