太中が推しの子の世界へ。 この手を離さない
SIDE 太宰
中也と再会した。
本当の、偶然だった。
『昼夜』について調べて調べて調べまくって、漸く辿り着いたのは「苺プロ所属」。
事務所前には時間がある限り足繁く通い続けた。それだというのに、中也の姿は見当たらなかった。
今日もその帰りだった。
帰り途中に雨が降って来て、仕方無しに事務所近くのコンビニで傘を買った。
そして、土砂降りの中を走る君を見付けた。
偶然と言う名の運命、とやらだろうか。だがそんなことはどうでもいい。
「取り敢えず、私の家に行こ」
素直にこくりと頷いた中也の肩を抱いて、投げ出した傘を拾う。ずぶ濡れになった私たちにはもう要らないものになってしまった。二人で笑いながら、暗くなりかけた路を走る。
家に着いたときには、これ以上ないほどに全身びしょ濡れだった。
「只今」
当然ながら返事はない。と思っていたのに、「お帰り」と小さく声が聞こえて吃驚した。隣に居る、中也が複雑な表情で笑った。
「返事がねえのって、悲しいだろ」
「...ありがと」
手を繋いだまま靴を脱いで、空いた方の手で靴下も脱ぐ。中也を見ると、濡れた足のまま家に上がるのを躊躇っている様子だった。全く、前世マフィア幹部だった人間とは思えないくらいの律儀さだ。姐さんの教育のお陰か、仕方ない。
「寒いでしょ、早く上がりなよ」
「...おう」
漸く足を踏み出した中也の頭を撫でてあげる。濡れて、夕陽色の癖毛がぺしゃんこになっている。
「風呂、入ってきて。風邪ひいちゃうから。服は洗濯機に入れといてね」
「ああ...悪いな、ありがと」
そう微笑む中也は、私の手を離そうとしなかった。でもそれは私も同じで、しばらくの間は離れなきゃいけないのに、中也を自分の傍に留めておきたい一心で強く手を握りしめていた。
互いの視線が絡む。じっと、中也と目を合わせて、その双眸に小さな星を見付けた。
中也の手を引いて、私の腕の中にその身体を収める。
もう一耗たりとも離れたくない。離したくない。
抱き締めた中也の身体は、張り付く服の水分によって徐々に体温を奪われていく。その感覚にはっと我に帰って、慌てて中也を解放する。
切なそうな目で見上げてくる中也の背中を押し、漸く風呂に入らせた頃には帰宅してから既に三十分が過ぎていた。
身体は寒い。のに、胸の奥は温かく、熱い。
「っはぁ...」
壁にもたれ掛かってしゃがみこむ。心臓がバクバクと音を立てて五月蝿かった。
どうしよう。
私、中也のことが、とんでもなく好きだ...
頬が熱い。立ち上がって着替えていると、洗面所の鏡に映る私の顔は見たこともないくらい朱く染まっていた。
それはまさしく、恋する者の顔。
思わず頭を振って、頬に手を中てる。
「どうしよ...こんな顔、見せられないじゃないか...」
***
SIDE 中也
太宰の云われるがままに風呂に入ってしまったが、熱いシャワーを浴びても、何時まで経っても冷静になれそうもなかった。
太宰と逢えた。
その事が表現できようもない位嬉しすぎて、その感情を押さえつけてばかりで如何しようもなく苦しかった。
「...っだざい」
小さく、呟く。と同時に、彼の顔が頭に浮かぶ。
もう、空想のそれではない。そのことを再度確認したくて、慌ててシャワーを浴びる。
早く風呂から出て、太宰の顔を見たい。話したい。接吻したい。
色々な慾と衝動に駆られ、頭にシャワーの水を目一杯浴びる。熱かった。信じられないほど。
風呂を出ると、服がないことに気付いた。太宰によって洗濯機で回されている。乾燥の段階の途中らしい。
一時停止して乾き工合を見ると、下着は乾いているものの他は全滅だった。取り敢えずそれだけ取り出して着るも、真冬だ、寒くて仕方ない。再び乾燥機を廻して蹲る。
と、急に洗面所の扉が開いて、太宰の顔が見えた。
「えっ中也!?...あ、服か、一寸待ってて」
ばたばたと忙しなく遠ざかっていく足音を聞き送る。暫くして、太宰は手に衣類を抱えて戻ってきた。
「御免寒かったよね...これ着て、サイズ合わないかもだけど」
黒いパーカーとジーンズを受け取る。
ジーンズは裾を上げ、パーカーは腕を捲れば何とかなった。
ふと太宰を見ると、顔を両手で覆って何やら悶絶している。
「うゎぁ...中也の彼 襯衣 ...破壊力...」
「襯衣じゃねえだろ」
「ごもっともで...」
うわ、素直な太宰とか気持ち悪いな。そう思っていると見透かして途端に唇を尖らせた。
...と、俺のスマホが着信を示した。鳴り続けるそれは、アクアからの電話だった。
「あ、やべ、連絡すんの忘れてた」
「出なよ」
太宰が目で促す。頷いて通話を開始すると同時に、怒声とも悲鳴ともつかないアクアの声が響き渡った。
『スイ!?今何処に居る!?何かあったのか!?』
「あー、。一寸落ち着けアクア。俺は何ともねえよ」
少しの沈黙の後、液晶の向こうからほっと息を吐く音が聞こえた。
全くなんでこんなブラコン(でもありシスコンまで)になってしまったんだろうか、この兄は。
『何で帰ってこない』
「悪い、電話するの忘れてた。一寸今日は帰れそうにねえ」
『はあ?なんで』
「あー......昔の、友人に逢って。今日は泊まらせて貰う」
良いよな?と太宰の顔を覗くと、太宰は親指を立てた。矢張り太宰も同じ考えだったのだろう。
久し振りに水入らずの二人だけの時を過ごしたかった。
『...友人?誰だ』
「誰って...アクア云っても誰だか判らねえだろ」
『クラスメイトか?芸能人か?』
「違えよ、昔の友人。手前なら解るんじゃねえのか、意味くらい」
アクアも前世の記憶を持っているらしい。その事を踏んで、含むように云った。
『......そうか。まあ、いいけど。明日には帰ってくるんだろうな』
「善処する。あ、そうだ飯だけど、冷蔵庫にタッパーに入った惣菜あるから適当に食べとけ。ミヤコさんとルビーにも食わせろよ、忙しそうでも」
『了解。帰ってきたらちゃんと話せよ』
「気が向いたらな」
返事を待たず、一方的に電話を切る。先程から横の視線が痛い。
「なんか...中也、もしかしてだけどお兄さんブラコン?あとどうなってんの君の家」
「あ?まあ過保護だな偶に。...あと手前は知ってんだろ、どうせ。俺が誰か」
それは、と太宰は言葉を詰まらせた。鎌を掛けた心算だったが、上手く行ったとは云えない反応だった。
「知ってるよ、君が今大人気の昼夜さんってこと」
「...っは、」
善かった。
見付けて貰えて、善かった。この名前にして、善かった...。
思いが複雑に絡み合って、また涙が零れ落ちそうで、太宰から顔を背ける。
ぐすぐすと一人で涙を堪えていると、不意に俺の胴体に腕が回ってきた。
「中也。もう独りで泣かないで。大丈夫、もう二度と離さないから」
あやすようにぽんぽんと頭を撫でられ、じんと心の底が熱くなった。堪えていた筈の涙腺が如何云う訳か決壊したようで、止め処なく涙が溢れた。何度も往復する太宰の大きな手が、これまでの寂しさを少しずつ解いていく。
何方ともなく唇を重ね合わせる。優しく、啄むような接吻から、段々と我慢が効かなくなったのか貪るような接吻に変わる。
「っぁ、ふ...ぅ...っん...」
「は、ちゅうや、可愛い」
「んんっ...」
幾度となく交わす接吻は、今世突然の初めての快楽で溺れ掛ける。知っている感覚の筈が、慣れていない身体は素直に求める。
「っだざい...」
「...もう駄ぁ目。流石にこれ以上は止まれなくなっちゃう」
「んー...」
止まれなくなっても好いのにな、と思う。箍が外れたように、求め合えば。後悔する筈もないのに。
「そんな顔しても駄目だよ、未成年には手は出せませーん」
「っち、青鯖が珍しく真面なこと云いやがる」
「珍しくはないでしょ」
「どの口が。...成人したら、善いんだな?」
「え、今同い年だよね?」
「二ヶ月早い事は変わんねえぞ」
二ヶ月差くらいでマウント取らないでよね、と唇を尖らせる太宰は、何処となく嬉しそうに見えた。それで、と俺を促す。
「来年だからな、法に許されるのは」
「...っ!...知らないからね?中也、泣いて喚いても知らないからね?」
「おうおう、云っとけ」
ていうか、前世マフィアだったのに法律遵守か。そう言えば、まだ飲酒もしてないし。煙草は...まあその、五反田カントクに勧められた時のが愛用していた銘柄のものだったから吸っちまったけど...。意外とまだ汚れてないのかも。殺人も、暴力も、何一つとして手を染めていない。
「云っておくけど、それが普通なんだからね」
「普通ってなんだよ。非合法組織所属者に普通を求めんな」
「忘れなよそんな前世、って云いたいけど。そうは云ってられないんだよね」
はあ、と大きな溜息を吐いた太宰は、ちっとも苦難の表情ではなかった。それどころか、にんまりと笑った。その笑みを見て、ぞくりと背中が粟立った気がしたが、それは紛れもない好意だ。
「双黒、再始動だよ」
「...!」
その言葉を、心待ちにしていたのだ。
黒社会最悪の名コンビ。それが今、ここに揃っている。
太宰と同じく俺も薄らと笑みを浮かべる。凶悪犯が見ても逃げ出すような。
「で?今世は如何なってやがる、聞かせろ」
「勿論、沢山話そうか。私のことと、君の事と。十七年分の隙間を埋めるためにね」
***
SIDE 太宰
「昼夜」は予想通り、中也のことだった。印税生活できるって言うのは本当らしい。いいなあ。
今世、森さんが私の伯父になった。
私の両親は私が十歳になった頃に交通事故で亡くなった。
それまで前世の記憶なんて一欠片も無かったのに、両親が目の前で死んだ途端に脳内で鮮やかに甦ったのが中也の像だ。それから前世の記憶のある森さんに引き取られてから、ずっと君を捜していた。
...え、中也は生まれたときから前世の記憶があったの?
...そっか、君は十七年間も私の事を探してくれていたんだ。ごめんね、早く見つけられなくて。
森さん率いるマフィアと福沢社長の武装探偵社は手を組んだ。と云っても、表面上だけ見れば、森さんの会社が武装探偵社を買収したって感じだけど。
でも、前世で対立していた二社が手を組んだことで、互いの力が増大した。それこそ、敵無しな位。
今や私たちの勢力は関東中心に縄張りを拡げている。
会社のツートップ––––森さんと福沢社長によってマフィアの勢力が発揮され、平和と安泰がこの国を平和惚けさせていると云っても過言じゃない。
......五大幹部?ああ、勿論あるよ今も。不覚だけど、私もその内の一人だよ。
...ふふ、そんな心配しなくて善いさ、君の席はちゃんとある。皆、君が居るって信じているからね。
君は変わらず、五大幹部の一員だよ。
残りは姐さんに、...そうだった。蘭堂さんとヴェルレエヌも、ポートマフィアに所属しているよ。二人共五大幹部だ。
実はA が見付かってないから、代わりに、というべきか蘭堂さんが幹部の一人になっているんだよ。
いや、代わりなんかじゃあないか。圧倒的に蘭堂さんの方が力を持っているから、しかるべき位置についているだけだね。
...皆君のことを待っているよ。勿論、森さんだって。
君が居てくれて、本当に善かった。
まあ、私の話はこれくらいにしておいて。
却説、次は君の話を聞こうか。
中也と再会した。
本当の、偶然だった。
『昼夜』について調べて調べて調べまくって、漸く辿り着いたのは「苺プロ所属」。
事務所前には時間がある限り足繁く通い続けた。それだというのに、中也の姿は見当たらなかった。
今日もその帰りだった。
帰り途中に雨が降って来て、仕方無しに事務所近くのコンビニで傘を買った。
そして、土砂降りの中を走る君を見付けた。
偶然と言う名の運命、とやらだろうか。だがそんなことはどうでもいい。
「取り敢えず、私の家に行こ」
素直にこくりと頷いた中也の肩を抱いて、投げ出した傘を拾う。ずぶ濡れになった私たちにはもう要らないものになってしまった。二人で笑いながら、暗くなりかけた路を走る。
家に着いたときには、これ以上ないほどに全身びしょ濡れだった。
「只今」
当然ながら返事はない。と思っていたのに、「お帰り」と小さく声が聞こえて吃驚した。隣に居る、中也が複雑な表情で笑った。
「返事がねえのって、悲しいだろ」
「...ありがと」
手を繋いだまま靴を脱いで、空いた方の手で靴下も脱ぐ。中也を見ると、濡れた足のまま家に上がるのを躊躇っている様子だった。全く、前世マフィア幹部だった人間とは思えないくらいの律儀さだ。姐さんの教育のお陰か、仕方ない。
「寒いでしょ、早く上がりなよ」
「...おう」
漸く足を踏み出した中也の頭を撫でてあげる。濡れて、夕陽色の癖毛がぺしゃんこになっている。
「風呂、入ってきて。風邪ひいちゃうから。服は洗濯機に入れといてね」
「ああ...悪いな、ありがと」
そう微笑む中也は、私の手を離そうとしなかった。でもそれは私も同じで、しばらくの間は離れなきゃいけないのに、中也を自分の傍に留めておきたい一心で強く手を握りしめていた。
互いの視線が絡む。じっと、中也と目を合わせて、その双眸に小さな星を見付けた。
中也の手を引いて、私の腕の中にその身体を収める。
もう一耗たりとも離れたくない。離したくない。
抱き締めた中也の身体は、張り付く服の水分によって徐々に体温を奪われていく。その感覚にはっと我に帰って、慌てて中也を解放する。
切なそうな目で見上げてくる中也の背中を押し、漸く風呂に入らせた頃には帰宅してから既に三十分が過ぎていた。
身体は寒い。のに、胸の奥は温かく、熱い。
「っはぁ...」
壁にもたれ掛かってしゃがみこむ。心臓がバクバクと音を立てて五月蝿かった。
どうしよう。
私、中也のことが、とんでもなく好きだ...
頬が熱い。立ち上がって着替えていると、洗面所の鏡に映る私の顔は見たこともないくらい朱く染まっていた。
それはまさしく、恋する者の顔。
思わず頭を振って、頬に手を中てる。
「どうしよ...こんな顔、見せられないじゃないか...」
***
SIDE 中也
太宰の云われるがままに風呂に入ってしまったが、熱いシャワーを浴びても、何時まで経っても冷静になれそうもなかった。
太宰と逢えた。
その事が表現できようもない位嬉しすぎて、その感情を押さえつけてばかりで如何しようもなく苦しかった。
「...っだざい」
小さく、呟く。と同時に、彼の顔が頭に浮かぶ。
もう、空想のそれではない。そのことを再度確認したくて、慌ててシャワーを浴びる。
早く風呂から出て、太宰の顔を見たい。話したい。接吻したい。
色々な慾と衝動に駆られ、頭にシャワーの水を目一杯浴びる。熱かった。信じられないほど。
風呂を出ると、服がないことに気付いた。太宰によって洗濯機で回されている。乾燥の段階の途中らしい。
一時停止して乾き工合を見ると、下着は乾いているものの他は全滅だった。取り敢えずそれだけ取り出して着るも、真冬だ、寒くて仕方ない。再び乾燥機を廻して蹲る。
と、急に洗面所の扉が開いて、太宰の顔が見えた。
「えっ中也!?...あ、服か、一寸待ってて」
ばたばたと忙しなく遠ざかっていく足音を聞き送る。暫くして、太宰は手に衣類を抱えて戻ってきた。
「御免寒かったよね...これ着て、サイズ合わないかもだけど」
黒いパーカーとジーンズを受け取る。
ジーンズは裾を上げ、パーカーは腕を捲れば何とかなった。
ふと太宰を見ると、顔を両手で覆って何やら悶絶している。
「うゎぁ...中也の彼
「襯衣じゃねえだろ」
「ごもっともで...」
うわ、素直な太宰とか気持ち悪いな。そう思っていると見透かして途端に唇を尖らせた。
...と、俺のスマホが着信を示した。鳴り続けるそれは、アクアからの電話だった。
「あ、やべ、連絡すんの忘れてた」
「出なよ」
太宰が目で促す。頷いて通話を開始すると同時に、怒声とも悲鳴ともつかないアクアの声が響き渡った。
『スイ!?今何処に居る!?何かあったのか!?』
「あー、。一寸落ち着けアクア。俺は何ともねえよ」
少しの沈黙の後、液晶の向こうからほっと息を吐く音が聞こえた。
全くなんでこんなブラコン(でもありシスコンまで)になってしまったんだろうか、この兄は。
『何で帰ってこない』
「悪い、電話するの忘れてた。一寸今日は帰れそうにねえ」
『はあ?なんで』
「あー......昔の、友人に逢って。今日は泊まらせて貰う」
良いよな?と太宰の顔を覗くと、太宰は親指を立てた。矢張り太宰も同じ考えだったのだろう。
久し振りに水入らずの二人だけの時を過ごしたかった。
『...友人?誰だ』
「誰って...アクア云っても誰だか判らねえだろ」
『クラスメイトか?芸能人か?』
「違えよ、昔の友人。手前なら解るんじゃねえのか、意味くらい」
アクアも前世の記憶を持っているらしい。その事を踏んで、含むように云った。
『......そうか。まあ、いいけど。明日には帰ってくるんだろうな』
「善処する。あ、そうだ飯だけど、冷蔵庫にタッパーに入った惣菜あるから適当に食べとけ。ミヤコさんとルビーにも食わせろよ、忙しそうでも」
『了解。帰ってきたらちゃんと話せよ』
「気が向いたらな」
返事を待たず、一方的に電話を切る。先程から横の視線が痛い。
「なんか...中也、もしかしてだけどお兄さんブラコン?あとどうなってんの君の家」
「あ?まあ過保護だな偶に。...あと手前は知ってんだろ、どうせ。俺が誰か」
それは、と太宰は言葉を詰まらせた。鎌を掛けた心算だったが、上手く行ったとは云えない反応だった。
「知ってるよ、君が今大人気の昼夜さんってこと」
「...っは、」
善かった。
見付けて貰えて、善かった。この名前にして、善かった...。
思いが複雑に絡み合って、また涙が零れ落ちそうで、太宰から顔を背ける。
ぐすぐすと一人で涙を堪えていると、不意に俺の胴体に腕が回ってきた。
「中也。もう独りで泣かないで。大丈夫、もう二度と離さないから」
あやすようにぽんぽんと頭を撫でられ、じんと心の底が熱くなった。堪えていた筈の涙腺が如何云う訳か決壊したようで、止め処なく涙が溢れた。何度も往復する太宰の大きな手が、これまでの寂しさを少しずつ解いていく。
何方ともなく唇を重ね合わせる。優しく、啄むような接吻から、段々と我慢が効かなくなったのか貪るような接吻に変わる。
「っぁ、ふ...ぅ...っん...」
「は、ちゅうや、可愛い」
「んんっ...」
幾度となく交わす接吻は、今世突然の初めての快楽で溺れ掛ける。知っている感覚の筈が、慣れていない身体は素直に求める。
「っだざい...」
「...もう駄ぁ目。流石にこれ以上は止まれなくなっちゃう」
「んー...」
止まれなくなっても好いのにな、と思う。箍が外れたように、求め合えば。後悔する筈もないのに。
「そんな顔しても駄目だよ、未成年には手は出せませーん」
「っち、青鯖が珍しく真面なこと云いやがる」
「珍しくはないでしょ」
「どの口が。...成人したら、善いんだな?」
「え、今同い年だよね?」
「二ヶ月早い事は変わんねえぞ」
二ヶ月差くらいでマウント取らないでよね、と唇を尖らせる太宰は、何処となく嬉しそうに見えた。それで、と俺を促す。
「来年だからな、法に許されるのは」
「...っ!...知らないからね?中也、泣いて喚いても知らないからね?」
「おうおう、云っとけ」
ていうか、前世マフィアだったのに法律遵守か。そう言えば、まだ飲酒もしてないし。煙草は...まあその、五反田カントクに勧められた時のが愛用していた銘柄のものだったから吸っちまったけど...。意外とまだ汚れてないのかも。殺人も、暴力も、何一つとして手を染めていない。
「云っておくけど、それが普通なんだからね」
「普通ってなんだよ。非合法組織所属者に普通を求めんな」
「忘れなよそんな前世、って云いたいけど。そうは云ってられないんだよね」
はあ、と大きな溜息を吐いた太宰は、ちっとも苦難の表情ではなかった。それどころか、にんまりと笑った。その笑みを見て、ぞくりと背中が粟立った気がしたが、それは紛れもない好意だ。
「双黒、再始動だよ」
「...!」
その言葉を、心待ちにしていたのだ。
黒社会最悪の名コンビ。それが今、ここに揃っている。
太宰と同じく俺も薄らと笑みを浮かべる。凶悪犯が見ても逃げ出すような。
「で?今世は如何なってやがる、聞かせろ」
「勿論、沢山話そうか。私のことと、君の事と。十七年分の隙間を埋めるためにね」
***
SIDE 太宰
「昼夜」は予想通り、中也のことだった。印税生活できるって言うのは本当らしい。いいなあ。
今世、森さんが私の伯父になった。
私の両親は私が十歳になった頃に交通事故で亡くなった。
それまで前世の記憶なんて一欠片も無かったのに、両親が目の前で死んだ途端に脳内で鮮やかに甦ったのが中也の像だ。それから前世の記憶のある森さんに引き取られてから、ずっと君を捜していた。
...え、中也は生まれたときから前世の記憶があったの?
...そっか、君は十七年間も私の事を探してくれていたんだ。ごめんね、早く見つけられなくて。
森さん率いるマフィアと福沢社長の武装探偵社は手を組んだ。と云っても、表面上だけ見れば、森さんの会社が武装探偵社を買収したって感じだけど。
でも、前世で対立していた二社が手を組んだことで、互いの力が増大した。それこそ、敵無しな位。
今や私たちの勢力は関東中心に縄張りを拡げている。
会社のツートップ––––森さんと福沢社長によってマフィアの勢力が発揮され、平和と安泰がこの国を平和惚けさせていると云っても過言じゃない。
......五大幹部?ああ、勿論あるよ今も。不覚だけど、私もその内の一人だよ。
...ふふ、そんな心配しなくて善いさ、君の席はちゃんとある。皆、君が居るって信じているからね。
君は変わらず、五大幹部の一員だよ。
残りは姐さんに、...そうだった。蘭堂さんとヴェルレエヌも、ポートマフィアに所属しているよ。二人共五大幹部だ。
実は
いや、代わりなんかじゃあないか。圧倒的に蘭堂さんの方が力を持っているから、しかるべき位置についているだけだね。
...皆君のことを待っているよ。勿論、森さんだって。
君が居てくれて、本当に善かった。
まあ、私の話はこれくらいにしておいて。
却説、次は君の話を聞こうか。