太中が推しの子の世界へ。 この手を離さない
SIDE 中也
「只今」
リビングからガシャン、と何かが割れる音と、ルビーの怒声が聞こえてきた。
ルビーが荒々しく自室のドアを閉める。
前にもこんなこと無かったか。否、あのときはアクア一人だけ荒れていた。...それも、アイの事だろう。死んだ、母親の。
少しだけ憂鬱になりながら、その感情に蓋をしてリビングに入る。
アクアが一人、割れた皿を拾っていた。
「...ああ、スイか」
「危ねえぞ、俺がやっとくから一寸休め」
アクアの手は震えていた。下手をすれば手を切りかねない。
俺は屈んで破片を拾い、紙に包む。
「スイは怒らないのか」
「...怒る?何にだ」
手を動かしながら、言葉を返す。
アクアは俺の言葉の真意を探りかねているようだった。そして、戸惑ったように「ニュース、観てないのか」と質問を返された。
「...見たが」
俺達の、関係。刺殺された星野アイの隠し子であり、三つ子。
アクアは俺の本名と顔は出さず、「昼夜」が自身の三つ子の弟であることを明かしただけだった。
...俺は、アイに固執していない。だからアイの秘密が暴かれようが、痛くも痒くもない。薄情な子供だろう。前世の記憶を持つということは、時には酷なことだってある。俺はその一例に過ぎない。
「アクアはすべき事をしただけだろ。有馬を守ることと、何れは暴かれる秘密を記者共にスクープさせないこと。それによってルビーだって守られたことは事実だ。違うか」
「...お前は何でも見透かすな、スイ。お前だけだよ、俺の考えていることをそう簡単に見破るのは」
紙を包んだ袋の口をきゅっと縛る。フローリングに指を這わせ、破片が落ちていないか確かめる。
「それは違えだろ。人間の考えていることなんて、そう単純なものじゃねえ。他人の考えを全部知ることなんか誰にだってできねえよ」
誰にだって、で彼奴の顔を思い浮かべた。彼奴なら、どんな人間をも掌握する頭脳がある。そこまで考えて手が止まっている事に気付き、頭を振る。
「スイ。俺は...どうしたらいい」
「...んなもん、知らねえよ。......手前が決めた道だろ、何て酷なことは云わねえ。けど、大切にしてみれば善いんじゃねえのか」
何をか、は云わなかった。否、云えなかった。前世で俺がしてきたことの数々を思えば、俺にそんなことを忠告する資格なんてない。
それでも何かを望むのは、赦されないのだろうか。
それでも誰かを願うのは、駄目なのだろうか。
***
その日は、雨が降っていた。冬だというのに、ゲリラ豪雨と表現するのが正しいほどの土砂降り。
俺はスタジオの防音室に居た為に、外の様子など知る由もなかった。
「...うお、...マジか」
雷鳴が何処か遠くで響いている。耳に五月蝿い雨音が容赦なくぶつかって、顔をしかめた。
傘は持っていない。近くにコンビニもない。暫く止むのを待とうか、とスマホで天気予報図を見るが、一向に止む様子はない。寧ろ、更なる降水量を示すのみである。
さて、どうするか。
ひとつ深呼吸をして、雨で霞む帰路を見据える。
「...行くか」
覚悟を決めて、文字通り滝のような雨に飛び込み、走る。
ばしゃばしゃと跳ねる水が、身体を重くしていく。ちっ、と一つ舌打ちをした。
異能を使うことも出来るが、この街中で白昼堂々使いたくはない。...こんな大雨の中歩き回る人間などそうそう居ないが。
頬に中たる雨水が冷たい。
誰かが傘をさして前から歩いてくるのが見えた。こんな雨の中、何で外出するんだよ、と少しだけ驚く。
黒い傘と、擦れ違った。
瞬間、足を止める。振り替えれば向こうも止まっている。
其奴も、振り返った。
––––––ああ、どうして。
弾かれたように走り出す。其奴も、同じように此方へ向かってくる。
ぶつかり合った互いの身体を、かたくかたく抱き締め合う。
ああ、やっと、見つけた。
やっと、逢えた。
漸く。
「っだざい...」
「...ちゅうや」
愛おしむように、互いの名前を呼ぶ。何度かそうして、ふ、と唇を重ねる。懐かしい、何て一言では収まりきらなかった。
頬を流れる水滴が、最早雨なのか涙なのか判別がつかない。
「太宰...」
「...ん...中也...」
「逢い、たかった...」
「私もだよ、中也...私も、愛してる」
おれも、と答えた声は、掠れて聞き取れたかどうかわからない。
ただ、嬉しくて。「愛してる」だなんて。
この世にたった一つの幸せを掴んだような嬉しさに、ただ涙が止まらなくて。
それほどまでに、嬉しくて、愛おしかった。
「ごめん...太宰、ごめん」
「如何して謝るの、」
「...独りにして...ごめん」
太宰ははっと目を見開く。
暫くして、太宰の手が俺の頬を滑った。再び、接吻 を交わす。
「許してあげる。君にもう一度、逢えたからね」
「っだざ...」
ぎゅう、と強く抱き締められる。太宰の胸に顔を押し付けて、鼓動を聴く。
ああ、生きてる。夢じゃない。
ふ、と笑う。
もう一度、甘い接吻を交わして、また笑い合う。
「「愛してる」」
「只今」
リビングからガシャン、と何かが割れる音と、ルビーの怒声が聞こえてきた。
ルビーが荒々しく自室のドアを閉める。
前にもこんなこと無かったか。否、あのときはアクア一人だけ荒れていた。...それも、アイの事だろう。死んだ、母親の。
少しだけ憂鬱になりながら、その感情に蓋をしてリビングに入る。
アクアが一人、割れた皿を拾っていた。
「...ああ、スイか」
「危ねえぞ、俺がやっとくから一寸休め」
アクアの手は震えていた。下手をすれば手を切りかねない。
俺は屈んで破片を拾い、紙に包む。
「スイは怒らないのか」
「...怒る?何にだ」
手を動かしながら、言葉を返す。
アクアは俺の言葉の真意を探りかねているようだった。そして、戸惑ったように「ニュース、観てないのか」と質問を返された。
「...見たが」
俺達の、関係。刺殺された星野アイの隠し子であり、三つ子。
アクアは俺の本名と顔は出さず、「昼夜」が自身の三つ子の弟であることを明かしただけだった。
...俺は、アイに固執していない。だからアイの秘密が暴かれようが、痛くも痒くもない。薄情な子供だろう。前世の記憶を持つということは、時には酷なことだってある。俺はその一例に過ぎない。
「アクアはすべき事をしただけだろ。有馬を守ることと、何れは暴かれる秘密を記者共にスクープさせないこと。それによってルビーだって守られたことは事実だ。違うか」
「...お前は何でも見透かすな、スイ。お前だけだよ、俺の考えていることをそう簡単に見破るのは」
紙を包んだ袋の口をきゅっと縛る。フローリングに指を這わせ、破片が落ちていないか確かめる。
「それは違えだろ。人間の考えていることなんて、そう単純なものじゃねえ。他人の考えを全部知ることなんか誰にだってできねえよ」
誰にだって、で彼奴の顔を思い浮かべた。彼奴なら、どんな人間をも掌握する頭脳がある。そこまで考えて手が止まっている事に気付き、頭を振る。
「スイ。俺は...どうしたらいい」
「...んなもん、知らねえよ。......手前が決めた道だろ、何て酷なことは云わねえ。けど、大切にしてみれば善いんじゃねえのか」
何をか、は云わなかった。否、云えなかった。前世で俺がしてきたことの数々を思えば、俺にそんなことを忠告する資格なんてない。
それでも何かを望むのは、赦されないのだろうか。
それでも誰かを願うのは、駄目なのだろうか。
***
その日は、雨が降っていた。冬だというのに、ゲリラ豪雨と表現するのが正しいほどの土砂降り。
俺はスタジオの防音室に居た為に、外の様子など知る由もなかった。
「...うお、...マジか」
雷鳴が何処か遠くで響いている。耳に五月蝿い雨音が容赦なくぶつかって、顔をしかめた。
傘は持っていない。近くにコンビニもない。暫く止むのを待とうか、とスマホで天気予報図を見るが、一向に止む様子はない。寧ろ、更なる降水量を示すのみである。
さて、どうするか。
ひとつ深呼吸をして、雨で霞む帰路を見据える。
「...行くか」
覚悟を決めて、文字通り滝のような雨に飛び込み、走る。
ばしゃばしゃと跳ねる水が、身体を重くしていく。ちっ、と一つ舌打ちをした。
異能を使うことも出来るが、この街中で白昼堂々使いたくはない。...こんな大雨の中歩き回る人間などそうそう居ないが。
頬に中たる雨水が冷たい。
誰かが傘をさして前から歩いてくるのが見えた。こんな雨の中、何で外出するんだよ、と少しだけ驚く。
黒い傘と、擦れ違った。
瞬間、足を止める。振り替えれば向こうも止まっている。
其奴も、振り返った。
––––––ああ、どうして。
弾かれたように走り出す。其奴も、同じように此方へ向かってくる。
ぶつかり合った互いの身体を、かたくかたく抱き締め合う。
ああ、やっと、見つけた。
やっと、逢えた。
漸く。
「っだざい...」
「...ちゅうや」
愛おしむように、互いの名前を呼ぶ。何度かそうして、ふ、と唇を重ねる。懐かしい、何て一言では収まりきらなかった。
頬を流れる水滴が、最早雨なのか涙なのか判別がつかない。
「太宰...」
「...ん...中也...」
「逢い、たかった...」
「私もだよ、中也...私も、愛してる」
おれも、と答えた声は、掠れて聞き取れたかどうかわからない。
ただ、嬉しくて。「愛してる」だなんて。
この世にたった一つの幸せを掴んだような嬉しさに、ただ涙が止まらなくて。
それほどまでに、嬉しくて、愛おしかった。
「ごめん...太宰、ごめん」
「如何して謝るの、」
「...独りにして...ごめん」
太宰ははっと目を見開く。
暫くして、太宰の手が俺の頬を滑った。再び、
「許してあげる。君にもう一度、逢えたからね」
「っだざ...」
ぎゅう、と強く抱き締められる。太宰の胸に顔を押し付けて、鼓動を聴く。
ああ、生きてる。夢じゃない。
ふ、と笑う。
もう一度、甘い接吻を交わして、また笑い合う。
「「愛してる」」