太中が推しの子の世界へ。 この手を離さない

SIDE 太宰

「太宰君、おはよう」
「はあ...お早うございます、森さん。今日は仕事無いんですか」
「あれ、云わなかったっけ。今日は休み取ったんだけど。何処か出掛けたい?」
「いえ、結構です。自分で行くので」
「ええー辛辣」

ふと、太宰は部屋に漂う音楽に気付く。音が小さくて判らなかったが、邦楽らしい。
何処か儚げな声。それでいて芯の強い、惹き込まれる魅力的な声。この歌声。初めて聴く曲の筈なのに、懐かしい気がする。一体どこで、この声を。

「あ、太宰君もその歌手、好きかい?私も最初は名前ばっかり有名で聴く気になれなかったけど、有名なだけあるねえ、もうすっかり虜になっちゃったよ」

太宰は音源を凝視しながら、震える声を出す。

「森さん、この歌手、何て名前?」

「えーっと、昼夜逆転の、昼夜、だったかな。
 珍しいよね。中也君と同じ名前だ」

はっと息を呑む。懐かしい声の正体は、これなのかもしれない。ノートパソコンを抱えて自室に駆け戻る。検索エンジンに「昼夜」を打ち込むと、直ぐ様数多の情報が目に入る。

「昼夜...顔出しをしていない歌手...歳は私と同じ16歳...ってことは高校生...中三から活動を開始して直ぐバズった..登録者数は九桁越え...ロックからバラードまで多方面で活躍中...」

それから、太宰は昼夜の楽曲を凡て聴いた。矢張り凡ての曲が懐かしく感じられた。もしかしたら。もしかすると。

「中也、なのかい...?」

想いのままに歌う、黒い影を見詰める。自然と、涙が零れ落ちた。

「待ってて、直ぐに迎えに行くから。...私の中也」


***

SIDE 中也

高校に入学して、もう一年以上が経つ。依然、太宰は見付からない。
俺の生活は順風万帆といっても差し支えない程平和だった。
アクアは相変わらずぶっきらぼうだが優しい兄だし、ルビーはアイドルとしてデビューを果たした。B小町は最近ではかなり売れてきたようで、特にルビーは多数のテレビ番組に引っ張りだこ状態となっている。
その所為か、新生B小町のメンバーの二人とも仲良くなってしまった。特に、有馬かな。彼女には芸能科の先輩として面白い話を聞かせて貰っている。

「スイは善い子ねー。あの、人を小馬鹿にする二人とは違って、先輩へのリスペクトが感じられるもの。」
「そうか?色んな意味でそうでもないと思うが」
「そうでもなくないのよ、態度で解るの、態度で!」

何事か思い出したようで有馬は不機嫌を醸し出していた。
そう云えば、彼奴も俺が色の仕事をした後はこんな風に不機嫌だったな、と思い出して、胸の奥がつんと痛んだ。それに気付かないように感情に蓋をして、話に相槌を打つ。

自室に戻って、何の飾り気もない殺風景な部屋を見回す。最近は物が多いと落ち着かない。気紛れに机の上に置いてある参考書を開くが、何れも見知った内容で味気無く直ぐに閉じてしまった。
こういうとき、彼奴が居たら。
彼奴なら、何て云うだろうか。
そう云うことばかり考えると、もう止まらない。溢れ出した涙を慌てて拭う。
胸の奥の慟哭に耐えきれなくなり、ずるずると座り込む。膝を抱えて蹲り、額を押し付ける。身体を縮こめて己の両腕を掻き抱き、涙の止まらない目を伏せた。
こういうとき彼奴なら、柄にもなく焦って「大丈夫」と優しく背中を摩ってくれるだろう。それで、泣き止むまでずっと傍にいてくれて...
ああ、そうだ、彼奴、もう俺の隣に居ないんだっけ。
正常に回らない頭を振って、立ち上がる。

「スイ何処か出掛けるのか」
「一寸コンビニ行ってくる」

黒いキャップを目深に被り、靴紐を締める。コンビニに行くと云うのは口実で、街中を走るのが目的だった。
気分が沈み込んでいるときは矢張り動くのが自分の性だ。

「あー、スイ、コンビニ行くんだったら買ってきて欲しいのがあるんだけど」
「分かった。ラインで送っとけ」
「りょうかーい」

玄関の扉が閉まったことを確認して、剥き出しの非常階段から飛び降りる。常人なら良くて骨折、悪くて死亡のこの高さも、鍛えてきた身体と異能があれば何て事無い。
ただ今は、それくらい激しく動かないと気持ちが落ち着きそうもなかった。アクアとルビーの前では騙せたが、少しの事でも動揺しそうだった。
誰にも会わないように。誰にも見付からないように。
陽の沈みかけた東京の街を、走り抜けていった。


***
 
SIDE アクア
最近、スイの様子が様子がおかしい。
というのも、泣き腫らした目で自室から出てくるのに、それでいて全く何事もなかったかのような平然とした顔を作るようになってきた。此奴も、嘘を吐くのが上手い。目元さえ見ていなければ俺だって騙されただろう。
それとなく、何か訊いた方がいいのだろうか。
でも警戒されて、それこそ完璧な嘘を吐かれてしまってはもう俺にも見破れない。
それに、懸念事はスイについてだけではない。

「ルビー、忙しいのは判っているが睡眠を疎かにするなよ」
「解ってるよー、ちゃんと寝ないとお肌荒れちゃうからねー!」

アイドルをするルビーの眼も、嘘つきの眼に染まりかけている。それもこれも、全部...俺達の父親のせいだ。
拳を固く握って、玄関へ向かう。

「五反田監督のとこ行ってくる」
「暗くなる前に帰ってきなさいよー」

俺は俺のすべき事をする。その為には何だってしてやる。
この世界で生き残り、アイを殺した奴を見付ける為には必要な覚悟だった。
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好き?