太中が推しの子の世界へ。 この手を離さない

SIDE 太宰

『だ、ざ...悪い...』
『中也っ!お願い、駄目...!!』

中也がごぽり、と大量に血を吐く。血に塗れた身体を抱き締めた。徐々に、腕の中の身体から熱が失われて行く。中也がゆっくり、唇を震わせる。最後の力を振り絞る、ように。

『    』


「...っ!!」

太宰はがばり、と身を起こす。見慣れた光景。自室の寝台ベッドの上だった。
太宰は大きく息を吐いて、もぞりと寝台から這い出す。

「太宰君ー行ってくるねー」

階下から出勤を知らせる叔父、森さんの声を無視する。
あの日。ドストエフスキーの策略によって、中也は汚濁を余儀なくされた。しかし、太宰が遠方に居た所為で汚濁を止めるのが遅くなった。
消失は免れたものの、身体の機能を維持する力は残っていなかった。太宰が止めて直ぐ、中也は息を引き取った。
それから数日経った頃、太宰は入水自殺に成功した、筈、なのだが。
気付けばこの世界に転生、...をしていた。しかも、異能力付きで。
これまた記憶のある森さんが太宰を養っており、以来太宰は中也を捜している。
探偵社員やポートマフィアに居た人間は皆、記憶を持っているようで太宰もその姿を確認し、接触した。
でも。
最愛の相棒...中也が居ない。中也だけが、見付からない。
太宰は来る日も来る日も、夕陽のような髪を、深い海のような眼を、探していた。

「何処に、居るの...」

はあ、と再び嘆息し、制服に着替える。息の詰まる学ランに身を通すと、小さくかぶりを振って部屋を出た。


***

SIDE 中也

「スーイー!?未だ?早く早く!」
「おう一寸待てって」

真新しくかっちりした制服に身を包む。真逆、この俺が制服を着る日が来るとはな、と鏡の前で苦笑する。
どうやら俺は、転生なるものをしたらしい。
というのも、あの日、太宰に別れを告げたあの時から目を覚ませば、奇しくもこの世界に居た。
今世では、俺の名は「星野水晶」というらしい。然も異能力は健在。重力とベクトルを操るこの異能は、前世から受け継いだようで幼少期でも制御が可能で役に立った。
そして、三つ子の兄と姉が出来た。兄はアクアマリンを縮めてアクア、姉はルビー。...正直、前世で闇宝石の管理をしていた俺からしてみれば、奇妙でしかなかった。
そうして俺は、太宰を捜しながら生きてきた。
あの時、ちゃんと云えただろうか。彼奴の口から、返事を聞きたかった。

「そうだスイ、新しい楽曲何時リリースするの?」
「あー、来週だな」
「ええ、遅いー」

中学三年生に進級した頃、芸能人の兄とアイドル志望の姉に引っ張られて何故だか、デビューを果たした。
何のデビューかというと、所謂シンガーソングライターとしてだ。云ってみれば顔を出さない歌手のようなものだ。
経緯はというと、アクアの自称師匠だとか云う五反田カントクって奴にカラオケに連れていかれ、「確実に売れるな」と云われそのままデビューしてしまった。
そして俺は、所謂バズる、というものを経験した。どうしてか、某有名動画配信アプリでは視聴者数と登録者数は共に日本人口より遥かに多い数を記録し、某有名な年末の歌番組まで出てしまった。
元々曲を歌うのも創るのも好きな方ではあった。でも素人の趣味程度のもの如きで...と思っていたのが印税生活出来る位のプロと認定されてしまったことは本当に訳が判らない。
芸名は前世の名を文字って'昼夜'にした。太宰に見付けて貰いたかったから。

そんな俺も、高校生になった訳で。
学力は前世の姐さんによる教育の賜物で偏差値は優に七十を越えていたが、ブラコンの兄によってルビーと同じ芸能科に入った。顔出しをしていないだけあって、誰にも俺の正体はバレていなさそうだった。
それでも。
太宰が隣にいない日々は、何処となく味気ない。否、正直に云って、...寂しい。
汚濁をして満身創痍の俺を撫でる手の感触を。初めて接吻キスをした時の、彼奴の嬉しそうな顔を。四年越しに再会して、棄てられたと思っていた俺の心を抉じ開けた、あの手の温もりを。

「何処に居るんだよ...逢いたい」

小さな呟きは、誰にも拾われることなく消えていった。
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