白干し梅(長編)
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こちらに来て以降、毎日洗い物とお洗濯をしながら過ごしていた。なんとなく慣れて来た頃、機能回復訓練で炭治郎、伊之助、少し遅れて善逸が日々カナヲ達を相手に訓練をしていた。
どんな訓練なのか、分かってはいるのだが下手に口を出せば何故知っているのかと、己の身が危険に晒されるため、そうなんだー頑張ってねウフフとしか言えなかった。少し変な目で見られた気がする…
私が来てから人手が増えた分、アオイちゃんもそちらにほぼ付きっきりとなっていた。
その分家事の割合がこちらに傾いているが、いつもより多く仕事を任されると信頼されたみたいで、少し嬉しい気持ちになる。任された台所でひとり、うんうんと唸っていた。
「折角任されたから、ちょっと頑張りたいな…」
遠くから聞こえる悲鳴や雄叫びに苦笑し、腕を捲って気合いを入れて料理に取り掛かった。
蝶屋敷の台所は田舎にあるような家の台所をもう少し古くしたような作りになっていて、意外にも使い勝手がよい。それでも作る量が多い為2時間ほど掛かってしまったが、なんとか昼餉には間に合いそうだった。ホッと小さく息を吐くとテーブルの角からニョキっと手が伸びておにぎりを掴んだ。
呆気に取られて黙ってそれを見ていると、少しだけ顔を出した猪の頭が小刻みに揺れている。
「コラ!伊之助くん!」
ハッと我にかえり、モゴモゴと咀嚼を止めない彼に叱咤すると、見開かれた瞳と目が合う。
黙っていたら女の子と言っても過言ではない、綺麗な顔立ちに似合わず低い声で叫ばれる。
「ななし!!腹減った!!もっと寄越せ!!」
「分かったから、つまみ食いしないで!配膳が出来ないでしょ!!」
更に叱るとムキになった伊之助が、手当たり次第に盛り付けられたおかずを掴み取る。
その手をペシッと叩いてダメ!と言うとものすごい勢いで掴んだ食べ物を口に詰め込んでバシバシと体を叩き返してくる。
「いた!いたただだ!!!分かった!おにぎりもう1つあげるから、叩くのやめて!」
「天ぷらはねえのか!!」
天ぷらだと!?昼間から天ぷらを用意しろと!?
伊之助は軽く叩いたつもりだろうが、ここに来るまでぬくぬくと生きて来た自分にはとても耐え続けられる痛みと衝撃では無かった。
だからつい、
「お夕飯に天ぷらにするから!叩くのやめてぇえ!」
と、悲鳴に近い声でそう言ってしまった。
伊之助を宥めるために夕飯に天ぷらを用意すると言えば、その言葉に満足したのか、フン!と鼻を鳴らし、しっかりとおにぎりを1つ掴んで、ドカドカと去って行った。
嵐の去ったテーブルの上を確認し、絶望感に頭を抱えた。
痛みで半泣きになりながら足りない分を足して、今度こそ配膳を行う。配膳時、捲った腕に赤く指の跡が付いている事に気がついた炭治郎と善逸に問われて、伊之助が悪びれもなく、俺様の手の跡だぜ!と得意そうに言うと、しっかりと締められていた。
大人気ないが少し胸がスッとした。
夕方になり、炭治郎たちの訓練を終えたアオイちゃんと共に夕飯の支度を始める。
テキパキと動く様子は無駄がなくて見ていて気持ちがいい。
「ではななしさん、私はお味噌汁を作りますので、天ぷらはお任せします。」
「うん!任せて!……私が痛みに負けたからね、責任待って揚げまくるよ…」
小さくぼやいて衣を付けた具材を片っ端から揚げていく。
昼間の出来事は炭治郎くんと善逸くんからアオイちゃんに伝わり、アオイちゃんからしのぶさんへと、しっっかりと伝わっていた。
しのぶさんに呼ばれた伊之助は何があったのか、戻って来た時少し元気が無くなっていた。可哀想な気もしたが、腕に残る赤い跡が視界に入るとその気持ちも薄くなってしまった。
アオイちゃんは無理に天ぷらにする事はないと言ってくれたが、私が約束したからと言うと、天ぷらを揚げるなら天丼にしましょうと、明るく提案をしてくれたのだった。
時間も手間も安くはない油もたくさん使うのに、嫌な顔せずそう言ってくれるアオイちゃんがとても眩しかった。
揚がった天ぷらを、ご飯を盛った丼に乗せてタレをかければ食欲をそそる香りがしてくる。
そして、お盆におしんこと味噌汁を乗せれば3人娘が次々と配膳して行く。
昼間と違って一緒に作業して行くので、早めに終えることができた。
ここに来てからは3人娘とお風呂に入るのが当たり前になっている。後片付けを済ませたら今日も皆んなでお風呂へ向かった。
「ななしさん洗ってください!」
と言う彼女達を洗うのも日課になっていて、今日も3人をキレイに磨き上げる。
「私たちも洗ってあげます!」
もみくちゃにされて目が沁みるのも3日繰り返せば慣れてしまった。毎回痛がる私を申し訳なさそうに見る様子に、叱ったり怒ったりは出来ず大丈夫だよ、と笑ってお湯と共に涙を流した。
お風呂を上がり、おやすみなさいと挨拶を交わすのもいつも通りのやり取りになっていて、変わらないやり取りに居場所を見つけた様で心が安らぐ。
今日も疲れたなぁと寝ようと思い、布団を敷き始めると襖の向かうから声を掛けられた。
「こんばんは、ななしさん。少しよろしいでしょうか?」
まさかそこに人がいるとは思わなかったため、少しだけドキリとしてしまったが、声の主にホッとして返事をする。
「し…胡蝶さん、どうかしましたか?」
そう言うとゆっくりと襖を開けて微笑むしのぶさんがいた。
「おやすみ前にすみません。宇髄さんからお呼び出しがかかっています。こちらをどうぞ」
手渡されたのは手紙だろうか、既に結び目が解かれていてしのぶさんが先に目を通した事が予想できた。と、言う事はしのぶさんも了承済みの内容という事なのだろう。
どんな内容なのか恐る恐る折り目を開いていくと、結構な達筆で書かれていた。
そこには短くデカデカと、「按摩をしに来い」と書かれていた。
何故私が?と一瞬考えるが、ふとある記憶が頭をよぎった。
ーー飯炊きでも三助でも按摩でも何でもしますからーー
…言った。確かに言った。
蘇る記憶に力無く、項垂れる。そんな様子にお構いなくしのぶさんは続ける。
「実は既にお迎えが来ているので、お支度をしてください。それと、今から向かうとかなり遅くなると思うので朝になったら蝶屋敷に帰って来てください。ななしさん、危ないので、絶対に夜は、出歩かないでくださいね」
「…はい」
しのぶさんは最後、念を押す様に区切って伝えてくれた。
自分の発言にがっくりと肩を落としたが、既に決定事項となっているようで、疲れているから嫌だとは言えなかった。腹を決めて寝巻きの浴衣の上から羽織を着て玄関に向かうと、背中に隠と書かれた隊服を着た人に、着いて来てください、と言われた。
まだ日は暮れ切っていないが、隠の人が手に待っていた提灯の灯りをみつめながらその背を付いて行く。
最近は1日が長いなぁ、なんてそんな事を考えていた。