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刀さに 短編

片目のジャック


 ——死に無頓着だが、愛に執着する。
 
 二十二時二十三分。
 急に豊前江と話したくなった。
 布団に入りながら携帯ゲーム機でソリティアをしているときに、彼の顔が浮かんできたのだ。しかし、時計を見て悩んだ。就寝時間が早い刀剣男士はもうすでに夢の中だろう。豊前江はどうだろうか。まあ、寝ていたら大人しく引き返して自分も夢の中に行けばいい話だ。
 行き詰まったソリティアをギブアップしてゲーム機の電源を切ると、布団からのそりと這い出した。机の引き出しからしばらく使っていないトランプを引っ張り出して、豊前江の部屋に向かう。話すついでにサシでババ抜きでもやろう。私は特別会話が得意ではないからゲームでもやりながらのほうが自然に話せるはずだ。
 廊下を進みながら、我ながらコミュニケーションの一環としていいアイデアだなと思った。百ふり以上が集うこの本丸において、業務連絡以外の会話をするのは、意識しないとなかなか難しいから。一日一ふり、寝る前のちょっとしたお話タイムだ。全口終えるのは三ヶ月以上かかってしまうけれど。
 豊前江の部屋は障子戸が開け放たれていた。肝心の彼は机に向かって何かを読んでいるようだった。とても分厚そうな何か。デスクライトの橙色の灯りが優しく手元を照らしていた。
 その様子をじいと眺めていると、豊前江は私の視線に堪えられなかったようで、ふっと息を漏らした。
 さすがに気付くよなと苦笑いして「ごめん、邪魔した」と声をかけると、豊前江は振り返って「んーん、俺に何か用?」と笑った。

「お部屋に入ってもいい?トランプやろうよ」
「別に構わねーけど、ふたりでか?」
「うん」

 部屋主の許可が降りたので敷居を跨いでお邪魔する。豊前江はどこからか青藍色の座布団を出してきて、自分の座布団の横に置いた。私は礼を伝えて腰を下ろした。

「なに読んでたの?」
「ん?辞書」
「辞書」

 机の上をちらっと見ると、確かにそこには開かれた状態で辞書が置かれていた。何か知りたい言葉があったのだろうか。気になって覗き込もうとすると、パタンと豊前江の手によって閉じられてしまった。
 あら、と豊前江の顔を見ると「で、やるんだろ?」と私の手元のトランプを指差した。はぐらかされた気がするが、まあいいかと紙箱からトランプを出してジョーカーを探す。豊前江は頬杖をついてその様子を眺めていた。

「なにすんの?」
「ババ抜き」
「……ふたりで?」
「そう」

 ふたりかどうか、さっきも聞かれたが豊前江にとって重要事項なんだろうか。確かにババ抜きは三人以上が好ましいとのことだが、別にふたりぽっちでできないわけではないから問題ないはずだ。
 ジョーカーを見つけて一枚だけ紙箱に戻してからシャッフルをはじめる。カードを切る音が心地よくて、私は長めにシャッフルをした。

「俺もやる」

 豊前江はそう言うと私からカードを受け取ってさらにカードを切った。手の中で五回くらい切ったあと、それを二つの山に分けてバラバラとカードを噛み合わせていった。リフルシャッフルと言ったか。マジックやカジノでよく見るやつだ。なんでもそつなくこなすとは思っていたが、こんなことどこで覚えたんだろうか。

「器用だね」
「まあな」

 得意気にするでもなく、さらっと私の言葉を肯定してから、トントンとカードを揃える。そして、それを律儀にも一枚づつ交互に分けはじめた。

「半分にして高さを揃えればいいのに」
「それじゃ、すぐに配り終わっちまうだろ」
「別に良いじゃん」
「主との貴重な時間だから、少しでも引き伸ばしたいんだよ」

 随分と可愛らしいお返事だ。私はニヤリと笑って「可愛いね」と言うと、豊前江は目元をほんのり赤く染めて「言わせんな」と唇を尖らせた。
 手札を確認して同じ数字を捨てていく。カードの整理をしながら、ジジ抜きのほうが良かったかもな、と思った。私の手元にジョーカーはなかった。

「準備できたよ」
「ん、俺も」

 じゃんけんをして先行を決める。私はチョキを出して負けたので、大人しく手札を差し出した。すると豊前江は一番右を引いてから言った。

「主って、じゃんけんするときチョキが多いよな」

 まったく自覚がなかった。そうなんだ。私ってチョキが多いんだ。言われたことを反芻していたが、豊前江の「お、揃った」という声で我に返った。随分と観察眼が優れているのだな、と漠然と思った。
 カードを順番に引っこ抜き合いながら、当初の目的であったなんでもない会話をする。今日のご飯が美味しかっただの、あそこのお饅頭が美味しいだの、最近暑くてつらいだの、遠征先で犬に吠えられただの。本当にたわいない話。
 そして私の手札が一枚、豊前江の手札が二枚になったときに彼は「なんで急に俺とトランプやろうと思ったん」と聞いてきた。私は正直に、ソリティアをやっていたら豊前江と話したくなったことを伝えた。明日から一日一口ずつ、この時間を設けようと思っていることも話した。

「じゃあ、明日の夜は他の男士とトランプすんのか」
「トランプはついでだけど、まあ、そうだね。いい機会だし、みんなとお話ししようかなって」

 豊前江の手札のうち、片方のカードがわざとらしく飛び出していたので、そいつを引いてみるとジョーカーだった。当の本刃ほんにんは涼しい顔をしている。彼の観察眼があれば、私の負けは確定かとも思われたが、なかなか決着がつかなかった。違和感を感じるほどに、私と豊前江でジョーカーの押し付け合いが続いたのだ。私はカードを引くのをやめて、無言で豊前江を見つめた。

「なあに」

 嬉々として私を見つめ返す豊前江。私の言わんとすることはわかっているようだった。

「わざとやってるでしょ」
「はは、まさか」

 快闊に笑い飛ばすと、私の前にカードをずいと近づける。引くと再びジョーカーだった。にわかには信じがたくて、眉間に皺を寄せ、豊前江にカードを引かせる。

「ただのグーゼンだろ」

 そう言うと、豊前江はハートとスペードのジャックを出して上がった。
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