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刀さに 短編

覚悟を決めろ


「薬研、ちょっとわたしに迫ってみてよ」
「ん?」
「きす」

 わたしは自身の唇をとんとんと叩きながら、珈琲を飲む薬研に向き合った。砂糖もミルクも無し。黒く揺らめく液体から、芳ばしい香りがする。わたしは珈琲が飲めないから香りだけを堪能した。

「大将、それは主従でするようなもんじゃねえな」
「本当にしなくていいよ。ほら、わたしを好きなヒトだと思って、どんなふうに誘惑するの?」
「また突拍子もないことを」

 薬研は呆れながらもカップを机上に置いてぐるりと右肩を回した。どうやらわたしのお遊びに付き合ってくれるらしい。

「どんな風に、か」

 ぐい、とグローブを引いてから、薬研はわたしと目を合わせる。冗談とは思えないような熱い視線に思わず視線を逸らしそうになると、そうはさせるかと言わんばかりに両手を伸ばしてわたしの頬を包んだ。

「たァいしょ、逃げるなよ」

 目先に薬研の顔がある。微かに彼から珈琲の香りがした。

「逃げない」
「その割には腰が引けてるけどな」

 目を細めて、ぼそりとつぶやく。薬研の低い声が空気を揺らしている。グローブ越しの手のひらの熱がじわじわと伝わってきて、ああ、自分がはじめたことなのにどうするのが正解なのだろう、と息が詰まるほど緊張していた。

「なあ、どこまで許してくれる?」
「どこまでって」
「このままだと本当にしちまう」
「しなくていいってば」
「やめていいのか」
「や、やめようよ」
「可愛いお人だな」

 薬研の声がえも言われぬ甘さを孕んできて、本当に口説かれている気持ちになって、このまま流れに身を任せて目を瞑ってしまおうかと思うほどだった。薬研の薄い唇から目が離せなくなっている自分は、なんと単純なことか。わたしは羞恥に覆われた。

「と、こんなもんだな」

 言葉と同時に両手が、ぱ、と離され距離もあいた。ギブアップ寸前で解放され、安堵のため息をつきながらもちょっともったいなかったかなと調子付いていた。

「薬研って油断ならない。本当にされるかと思った」

 わたしがそう言うと、ははと笑っていっとう優しい笑みを浮かべた。

「しないさ。本当に好いてるからな」

 目の前の男は、覚悟しとけよと言って珈琲に再び口をつけた。
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