刀さに 短編
死後の仕合わせ
取り残された女審神者がいた。
取り残されたと言っても刀剣男士に、ではない。女友達に、だ。
今日は仲良しグループのうち、一番仲の良い子の結婚式だった。そして、誓いの鐘が鳴ったことで、とうとう審神者はグループ内で唯一の独り者となってしまったのだ。式のあいだは、友人の幸せいっぱいの姿を見て大泣きした。本当に良かった、と感動のあまり鼻水まで流した。全身全霊を捧げてお祝いした。あまりにも泣いていたから、友人は審神者に「次はあんたの番だよ」とトスするはずのブーケを手渡ししたのだった。
「さっきまであんなに楽しかったのに」
二次会まで存分に楽しんで、とっぷりと日が暮れて星が瞬く頃、審神者は本丸に帰ってパンプスを脱ぐと、唐突に寂しい気持ちに襲われた。胸をときめかせてくれるはずのパンプスのきらめきが今は憎らしかった。
上がり
「主さまの気配がしたのです」
「うん」
少年のようにも、成人した男性のようにも聞こえるこの声は抜丸のものであった。
「ただいま」
「……ふふ。いつにも増して翅が重いようでいらっしゃる」
抜丸の双眼が審神者の背をじいと捉えている。このお人はいつも何かしらを背負っておいでだ、と視線を注ぎ続けた。見続ければそのうち、その何かしらがわかるか、とも思ったがわかりそうになかった。今はただ、見送る時にはあんなに
一方で、審神者は振り返ろうか迷っていた。全てを見透かすかのような、赤い前髪から覗く、抜丸のあの大きな瞳が苦手だったからだ。見つめられると、後ろめたいことは何もないはずなのに、ぎくりとして逸らしたくなるほどだった。
「どうして笑うの。滑稽に見える?」
迷った末に審神者は抜丸に背を向けたまま話を続けることにした。すると、彼が動く気配がして、次いで彼の
「いいえ。愛おしいと思ったのです」
「なにそれ」
予想していなかった言葉が聞こえてきて、審神者は思わず顔を抜丸のほうへ向けてしまった。夜の色が滲んだ深緋色がじいと審神者を捉えている。いつもは逸らしたくなるはずの彼の瞳が今はなぜだか魅力的に思えて目が離せなかった。
「花嫁に憧れてるの」
「ほう」
話すつもりはなかったが、誰かに打ち明ければ心のつかえが取れるかもしれないと、隣にいる抜丸にしか聞こえない声量でそっと呟いた。
「嫁ぎ先はありますか」
「無いからへこんでるんでしょ」
気遣うことを知らない真っ直ぐな問いに、はやくも心が折れそうになった審神者は、半ば投げやりになって倒れ込むように抜丸に寄りかかった。体温が感じられなさそうな見た目の抜丸だが、触れてみると案外あたたかくて、血がしっかりかよっていることがわかった。
「仲良しの子たち、みんな結婚しちゃった」
「そうでしたか。しかし、主さま以外は審神者では無いのでしょう?」
「そうだけど、でも、良いなって思っちゃったの」
幼子が駄々をこねるように、審神者は唇を尖らせた。どうしてこうも羨んでいるのか、自分でもわからなかった。
「栄華を極めればあるいは」
それっていつよ、という言葉が喉まで上がってきたが、これではただの八つ当たりではないか、と冷静になって一度開いた口を閉じた。出かけた言葉の代わりに「人生の伴侶を得るのって難しいんだ」と審神者は自分に言い聞かせるように呟いた。
「主さまであれば、すぐに見つかりますよ」
栄華を極めればナントカって言ったくせに今度は自信満々な声色ですぐ見つかると言ってのける抜丸に、審神者は形だけのお礼を伝えてため息をついた。
無言の時間が続く。抜丸はなにも言わない。
「ねえ」
「はい」
生産性のない無言の時間に耐えられなかったわけではないが、きっと彼は自分から言葉を紡ぐことはないだろうなと、審神者は声をかける。彼女は突拍子もないことを言おうとしていた。
「相手が見つからなかったら抜丸くんが私のこと、花嫁にしてよ」
恋愛関係にある審神者と刀剣男士も少なくないことを知っていた審神者は、この際拾ってはくれまいかと告白紛いのことをした。
「禿は刀です」
「え」
凪いだ声色で、諭すように抜丸は語りかける。
「ご存知の通り、もとは玉鋼」
きちんと正座をして審神者の手を取ると、抜丸はその手を自身の頬に擦り寄せた。そうしてからゆっくり審神者のほうを見遣って、静かに口角を上げる。
その一連の動きに審神者は目を奪われていた。
「主さまは人の子、我は刃。道は交わらないのです」
抜丸の縦に長い瞳孔がおおきく開き、審神者を捕え続ける。糸が張り詰めたような緊張感があって、審神者は言葉を挟むことができなかった。
「然れど、人の子として生涯を終えても尚、この抜丸を求めるのであれば迎えにゆきましょう」
この瞬間、審神者は大蛇に締め上げられて死のうと決めた。そうすれば、きっと、抜丸が見つけやすくなるだろうから。
