刀さに 短編
苦味
審神者は珈琲ショップに寄りたいと言った。
現世から本丸へとの帰り道、彼女は必ず行きつけの珈琲ショップに寄ってキャラメルクリームを購入する。同行している肥前忠広は比較的現世に連れて行かれることが多いので、大方今日もそうだろうと予想していた。先刻、案の定とも言うべきか道すがらに「寄っても良い?」と聞かれ、肥前は断る理由を見つけるのも面倒であったので「オウ」と答えたところであった。
「何にしようかな」
「どうせあのクソ甘ェのだろ」
肥前の相槌が気に入らなかったのか、審神者は口を尖らせて「そんなこと言うんじゃ、肥前くんの分は無しだからね」と言った。その間、器用にもオーダーを進めていた。
「別に頼んでねえよ」
聞いているのかいないのか、審神者は無言で道を進む。すっかり自分の世界だった。
最初のうちは審神者の歩幅も歩く速度もわからずに(肥前が思っているよりも審神者の一歩は小さいし、すぐに周りに気を取られて足を止めるし、護衛は一苦労であった)、肥前は度々審神者を置いて行ってしまったが、今では慣れたもので様子を確認せずとも合わせられるようになっていた。
歩いているうちに店の近くまで来ていたらしい。審神者は肥前の袖を掴んで声をかけた。
「さっき事前に注文しておいたから、多分すぐにもらえるよ。肥前くんはアメリカーノね」
スマートフォンを顔の横で左右に振りながらニコニコしている。肥前は「おれの分は無しだとか言ってなかったか」と言いたいのを抑えて「そうかよ」とだけ返した。
彼にとって、アメリカーノが特別お気に入りだというわけではない。初めて来店したときに審神者に何が良いかとメニュー表を見せられた際、適当に指を差したのがそれだったというだけの話だ。店に来るたびに「前ので良い」と言い続けた結果、審神者は勝手にアメリカーノを頼むようになったのだ。
ガラスの扉を引く。珈琲の香りが漂ってくる。審神者は商品受け取りのカウンターに向かった。そこには既にカップがふたつあり、確認さえ取れれば受け取れる様子だった。
「こんにちは、ネットで注文してたんですが」
「こんにちは!ホリカワ様ですね、どうぞお持ちください!」
店員は慣れた様子で挨拶を済ませると、カップをふたつ差し出した。審神者は礼を言いながら受け取ると、片方のカップを肥前に手渡す。店の外へ出るため扉の方へ向かうが、肥前は審神者に妙な違和感を感じた。名前を呼ばれたときに身体をこわばらせていたのと、歩速が少しばかり速いのだ。堀川の名を借りたことに罪悪感があるのだろうかと、揶揄うように審神者に問うた。
「随分聞き馴染みのある名前だったな、ええ?ホリカワ様よう」
開き戸を先に開け、審神者に先に通るように促そうと肥前は振り向いて、目を見開いた。耳まで真っ赤にした女が立ち尽くしていたのだ。いつまでも動かない彼女に声をかける。
「おい」
すると、審神者は小走りに扉を通った。顔は赤いままだ。ただの羞恥でここまで赤くなるかと不思議に思っていると、審神者が小さく口を開いた。
「変えるの忘れてたの、堀川くんには内緒ね」
審神者の瞳には、明らかに熱が籠っていた。まるで焦がれるような。
(ああ、そういうことかよ)
そのとき肥前の頭の中には、南海太郎朝尊に恋愛ドラマを無理やり見せられた時のことがよぎっていた。「興味深いねえ、恋というものはここまで人を変えるのか。見てごらん、肥前くん。この女性の表情を」審神者は、あのとき見たあの女と同じ表情をしている。
肥前は舌打ちをすると「告げ口したところでおれに何の徳もねえだろ」と吐き捨てるように言った。
珈琲は、なぜだかいつもより苦かった。
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