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刀さに 短編

とある日の悶着


「あのね、私ね、姫鶴くんのことがね」
「ん」
「あの、す、すきなの」
「え、こまる」

 審神者が言葉に詰まりながら一世一代の告白をするも、姫鶴一文字からの返事は「困る」であった。時が止まったかのように審神者は動けなくなり、息をするのも忘れてしまった。
 遠くから、誰かが姫鶴を呼ぶ声が聞こえる。その方角に姫鶴はゆったりとした動きで顔を向けると「呼ばれてっから、行くね」といつもの調子で告げて席を立った。
 淡い水色の瞳が審神者から逸らされた刹那、女は自分が振られたのだと理解した。
 
「困るってなによ。もっと、他に言い方ってもんがあるでしょ」

 あの日、あのあと、振られたショックで使い物にならなくなった審神者は、遠征部隊を送り出したあとに体調が悪いと嘘をついて自室に戻った。顔色が悪いのは誰から見ても明確だったので、審神者を疑うものはいなかった。幸か不幸か、姫鶴は遠征部隊に組まれていたから審神者の体調不良については知らないし、顔も合わせなくて済んだので過去の自分に感謝した。
 ふらふらとおぼつかない足取りで布団まで行くと、その上に丸くなってしくしく泣いた。いつもは刀剣男士に負けないくらい夕食を食べるのに、その日は豆腐の味噌汁しか口を付けられなかった。
 涙を存分に流したことでいくらかすっきりした審神者は、翌日は玄関前の石畳の掃除に勤しんだ。体を動かせば、もやもやがどこかにいってくれるだろうと思ったのだ。

「せっかく、乙女が勇気を振り絞ったっていうのに!」

 竹箒をぶんぶんと振り回し、感情のままに落ち葉や花びら、砂を払っていく。姫鶴一文字が恨めしくてたまらないと思う一方で、諦めきれないわ!と叫ぶ己の心のままならぬこと。さながら少女漫画のヒロイン……ではなく、そのライバルにでもなったようだとわざとらしくため息をついたのだった。

「おぉ、荒れてんなぁ」

 背後から間の抜けた声がして、これが荒れずにいられるもんですかとほっぺたを真っ赤にして振り返ると、買い物にでも行くのか、篠竹の籠を引っ提げた御手杵が立っていた。

「御手杵」
「体調はもういいのか」

 審神者は気遣われるや否や、やっぱり悲しい気持ちがひゅるりと舞い戻ってきてしまって「絶不調よ」と箒をきゅ、と握りしめた。
 その様子を見た御手杵は、どうしたもんかと頭を掻いた。今にも泣きそうな女の子を慰めるなんてのはめっぽう苦手であった。

「長義につかいを頼まれてんだ。一緒に行くか?」

 御手杵は、控えめに頷いたきりずっと地面を見つめている審神者の丸っこい頭をひと撫でしてから、審神者の小さな手に握られている箒を受け取り玄関先に立てかける。置きっぱなしにすると歌仙兼定あたりに怒られそうだが、わけを話せば許してくれるだろう。今はすっかり元気をなくしてしまった審神者をどうにかするのが先決であった。

「じゃあ行くかぁ」

 御手杵は声をかけて門に向かうも数歩歩いてから、ついてくるはずの気配がないことに気づいて、後ろを振り返った。すると、審神者はそこから動かずに「あの、その、」ともじもじしていたのだ。長い足を動かして審神者のもとに戻ると「迷惑でなければ、手を繋いでもいいかしら。なんだかとっても寂しくて」と溢した。
 御手杵はそれくらいで悲しみが拭えるのであればいくらでも繋いでくれていいが、という気持ちのもと手を差し出す。

「別にいいけど」
「ありがとう」

 審神者に対して恋愛感情を抱いていない御手杵だったが、彼女の安心した顔を見て嬉しく思った。手を繋いでふたりが一歩を踏み出したその時。

「全然よくねーし」

 審神者にとって、いま一番聞きたくない声が鼓膜を揺らした。御手杵が声のするほうに顔を向けると、不機嫌な顔をした姫鶴が腕を組んで玄関に突っ立っているではないか。

「おー、姫鶴、帰ったのか。なにがよくねぇの」
「全部」

 姫鶴は御手杵の問いに簡潔に答えると、つかつかと審神者の元へ歩み寄って、繋がれたままの手を見るなり眉間の皺を深くした。姫鶴と審神者の事情など知りもしない御手杵は、ぽかんとしてふたりを交互に見やる。審神者は俯いたままだった。

「とりあえず、手、離して」
「……なんでよ」
「おれのこと好きなんじゃないの」
「ええ!そうなのか」

 ふたりのやりとりを聞いた御手杵は、これは手を繋いでる場合ではないと、大急ぎで手をぱっとひらいた。しかし審神者は手が白くなるほどに力強く握ったままだった。黙り続ける審神者を心配して「主?」と御手杵が呼びかけると「いや!」と大きな声を出し、体を翻して、なんと御手杵の腰に腕を巻き付けたのだった。審神者が自分を拒否して他の男に抱きついたのを見た姫鶴は「はあ?」と凄んで審神者のつむじと御手杵を睨みつけた。

「俺はなんもしてねえ!」

 姫鶴が怒るとおっかないことを知っている御手杵は、持っていた籠を落とすと両手をあげて降参のポーズをした。その間審神者は、振ったんだから告白を思い出させるようなこと言わないでよ、と怒りの限り腕に力を込めていく。完全に八つ当たりだった。
 ギリギリと強くなっていく締め付けと、姫鶴の視線に冷や汗が止まらない御手杵。そして、聞く耳を持たない審神者。そんなふたりの様子を見ながら、姫鶴は小さく息を吐くと審神者の後ろにしゃがんで子供をあやすような優しい声で話しかけた。

「おれのこと、きらいになった?」
「だって……」
「うん」
「困るって言ったじゃない」
「……そんなこと、言ったっけ」

 まるで覚えていませんとでもいうような姫鶴の返しに、審神者は勢いよく振り返りあらん限りの声で「はあ⁉︎」と睨みつけた。

「言った!忘れない!あなたの言葉で私がどれだけっ」

 言い終わらないうちに審神者の視界がだんだんぼやけてきて、文句を言ってやろうと思ったのに言葉に詰まってしまって、どうにもならずにとうとうウワーンと小さい子が泣くように大声をあげた。

「あれ、泣いちった」

 さすがに姫鶴も驚いて、目を丸くする。えぐえぐ泣きながら、ぽろぽろ落ちる涙を一生懸命に拭う審神者の姿に、姫鶴は早く慰めてやらねばと思う一方で、自分の言葉でこの子はこんなにも乱れてしまうのか、と嬉しさに似た気持ちに襲われた。むずむずして今すぐに掻きむしってしまいたい、そわそわして落ち着かない、例えるならそんなような感覚だった。

「かあいいね」
「いま言うことじゃないだろ……」

 御手杵に呆れられながら、姫鶴は審神者に「すき」と言われた時のことを思い返していた。しばらく経って、何かに気がついたのか「あ」と声を漏らすと、涙を拭い続けている審神者の両手を取り、目をしっかり合わせてからおもむろに口を開いた。

「かあいくて困るって、言いたかった」

 姫鶴の本心であった。この本丸の姫鶴は普段から言葉が少し足りないことがあって、疑問を残していくのも少なくはなかった。足りなかった言葉を補うように、そっと審神者のまぶたに唇を落とす。
 驚いた審神者はぱちくりと瞬きをした。

「今の、キスはなに」
「ん、すき、のキス」
「私のこと好きなの」
「うん」
「でも、昨日はあんなに無反応だったじゃない」
「それはごめん。あのあと遠征だったから、変に浮かれるのも良くないかなって」

 姫鶴は、間違えないように、傷つけないように、審神者をまっすぐに見つめて言葉を紡いでいった。

「帰ってきたらゆっくり話聞こうと思ってたのに体調悪いって言うし。大丈夫かなって様子見にきたら、ぎねくんに頭撫でられてるし手繋いでるし抱きついてるから嫉妬した」
「あなた、嫉妬なんてするの」
「……嫉妬くらいするし」
「そう、そうなのね」

 嬉しそうな審神者の声を聞いた御手杵は、もう自分は居るべきではないなと、そっと離れて厨番に今夜の夕食は赤飯にしてくれと頼みにいった。そして、からの買い物籠を見た長義には、もちろん怒られたのだった。
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