コンビニとレストラン






…高校1年生の時、貴方に出会って恋をした。

あれから10年。

絶え間なく流れていく時間の中で、あの頃の私が「未来」と呼んでいた場所が、いつの間にかすぐ傍まで近付いていることに、私は気付いていなかった。




《proposal》




「…それでね、たつきちゃんがね…!」
「たつきか。懐かしいな。」

今日は、3ヶ月ぶりのデート。
ずっとお仕事で忙しかった黒崎くんが、合間を縫ってドライブと食事に誘ってくれた。

久しぶりに会う彼が運転する車の助手席で、どうしようもなくはしゃいでる私がいる。

昨日もね、どの服を着て行こうかいっぱい悩んだの。
今朝はね、いつもよりお化粧を頑張って、艶っぽいグロスの口紅もつけたの。

高校3年生からお付き合いを始めて、黒崎くんが大学にいた6年間は遠距離恋愛。

黒崎くんが隣町の大きな病院に就職した後もお互いに仕事が忙しくて、結局遠距離恋愛していた頃と変わらない日々を送っている私達。

お付き合い歴は長いのに、それでもデートの日はいつも嬉しくて、いっぱいドキドキする。

「…でね、結局そのお店にあったケーキ、全部制覇しちゃったの!」「はは、さすが井上だな。」

隣には、私の止まらないお喋りに相槌を打ちながら、真っ直ぐ前を見ている黒崎くんの横顔。

(…かっこいいなぁ…。)

この春に社会人になった黒崎くんは、大人っぽさや落ち着きを身に纏って一段と格好よくなっていた。

運転するときに見せる何気ない仕草にすらドキドキして。
「高速が渋滞してるから下道で行こう」ってナビをスマートに操作する彼の長い指から目が離せない。

「…そ、それでね、黒崎くん。」
「ああ。何だ?」

今日、黒崎くんに会ったら話したいことは沢山あったけれど。
…いちばん話したかった話題を、私は思い切って切り出した。

「この前の日曜日、ね。職場の同期の子の結婚式に出たの。」
「ふぅん…。で、どうだった?」
「すっごくお似合いの2人だったよ!教会での式でね、ステンドグラスがすっごく綺麗で!ウェディングドレスもふわっふわのお姫様みたいなので…。」
「へぇ…。」
「…で、でね。私、なんと花嫁さんの投げたブーケをゲットしたのです!」
「そっか。良かったな。」

こんなに勇気を振り絞って言ったのに。そう、あっさりと返す黒崎くん。

「そ、そうなのです…。」

…ああ、かわされちゃった…。

そもそも、女の子が花嫁さんのブーケを欲しがる理由なんて、黒崎くんは知らないのかもしれないけど…。

「井上、花とか好きだもんな。ハイジャンプしてキャッチしたか?」
「ち、違うもん!ブーケが私のところにふわって降りてきたんだもん!ほ、本当なんだから!」
「分かった分かった。」

くつくつと笑いながらハンドルを切る黒崎くん。

ああもう、そんな風に茶化さないで。


あのね、黒崎くん。

最近ね、友達や知り合いの女の子が立て続けに3人結婚したの。

私が高校生の頃からあてもなく憧れた「未来」のその場所に、もう立ってる友達がいるの。

…私はね、黒崎くんに会えない時間にも、いっぱい黒崎くんのことを考えていて。

誰にも言えないけど、1人でこっそり「黒崎織姫」って名前もいい響きだな、なんて考えて、1人でキャーッて恥ずかしがってベッドの上でクッション抱きしめながらコロコロ転がったりして。

ドラマのプロポーズのシーンを見て、黒崎くんがあんな風に指輪を差し出してくれたら私嬉しすぎて倒れちゃうかも、なんて妄想してるの。
…ねぇ、黒崎くん。

貴方が思い描く「未来」の中に、私はいるのかな…?

社会人になったばかりの貴方だから、今すぐに…なんて考えてないことは解ってる。

うん、会えない時間は淋しいけれど、どれだけだって待つよ。
私には貴方しかいないから。

…でもね、ちょっとだけでいいから。

「大丈夫、心配しなくてもいいよ」って、そう伝えて欲しいって…そう思う私は、やっぱり我が儘なのかな。
「信じてる」って言いながら、それでも会えない時間に時々弱くなっちゃうんだよ…って伝えたら、貴方は怒るのかな。



ブーケを受け取ったときはとにかく嬉しくて、幸せ過ぎて死んじゃいそうって単純に思ったけれど。

花嫁さんが投げたブーケは、あの時まるで私を選んだみたいにふわりと風に運ばれて、私の手の中に落ちてきたから。

いつまでも待つつもりだった「未来」が急に近くに来たような気がして、心のどこかで勝手に期待して、「約束」を欲しがっちゃったんだ。

期待なんてしなければ、がっかりすることだってないのはずなのにね。

本当に、図々しくてバカな私…。







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