コンビニとレストラン
10分ほど、車を走らせただろうか。
「こんなところに一人で、寂しくないのかな…?」
「は…?」
小倉フレンチトーストを頬張りながらそう呟く彼女に、俺は思わず間抜けな声が出た。
「誰の話だ?」
「えと…さっきのコンビニの、人。」
相変わらず、彼女の話は唐突だ。
「寂しいって、なんでだ?」
「だって、あのコンビニの周り、家とかも全然なくて。ただ1人でずっと、ああしてお客さんを待ってるなんて、寂しいだろうなあって…。」
そんなこと、店を開く段階で覚悟してたことだろう、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
ほんの一瞬見た彼女の表情に、その揺れる瞳に、どきりとしてしまったから。
そして、ああ、と悟った。
たった1人で待つ寂しさは、彼女がずっと味わってきたもの。
否、俺が味わわせてきたもの。
6年の遠距離恋愛。
年月が過ぎるほどにお互い忙しくなって、特に、俺の多忙ぶりは凄まじく。
いつの間にか、彼女は遠慮して「会いたい」と言わなくなった。
メールや電話でギリギリ繋いできた関係。周りには「よく続くね」と感心されて。
分かってる。俺自身が、一番そう思っている。
だから、今日は俺の身体中から勇気を振り絞るんだ。「あのさ、井上。」
「うん、なあに?」
「いつも待たせてばっかで、ごめんな。」
一瞬、大きく目を見開いて。俺の想いを汲み取ったのか、それが温かい、穏やかな表情に変わった。
「うん…。」
「でも、もうすぐだから。」
俺は右手をジャケットのポケットにそっと忍び込ませて、今日何度目かの確認をする。
小さな、けれど、俺の数え切れない感情の詰まった箱。
給料3ヶ月分とはいかなかったけれど。
この春、やっと社会人になった俺の精一杯が、ここにある。
「レストラン、もうすぐなの?楽しみだなあ。」
柔らかい笑顔でふわりとそう言う彼女。
いつも手頃な店で済ます俺が、わざわざ高級レストランに連れて行く理由なんて、多分彼女は分かってないんだ。
「…着いた。あの看板の店だ。予約時間に何とか間に合ったな。」
「すごい!予約までしてあるなんて、さすが黒崎くん!」
嬉しそうに、両手を合わせそう言う彼女。
ここまではシミュレーション通り。頭の中で何回と繰り返した、台本通りに事が運ぶとは思っていないけれど。
「さ、行くぞ、井上。」
「うん!」
繋ぐ彼女の左手。
願わくは、二人で店を出るときには、この薬指に指輪が光っていますように…。
(2012.08.26)