一護→織姫・未然形のお部屋
「ああ、僕も明日はデートなんだ。そろそろ失礼しようかな。」
「そうね。アタシも明日は朝が早いんだったわ。」
そして、啓吾につられる様に水色とたつきまでもが、次々に帰り支度を始め出す。
「お、おい待てよ!食い散らかしたままで帰る気か!?」
「だ、大丈夫だよ黒崎くん。私がちゃんと片付けるから…。」
そう言いながらも、突然の幕引きにやっぱり井上はどこか寂しそうで。
俺が何とか3人を引き止めようとすれば、水色がちらりと振り返った。
「別に、予定がないなら一護は残ればいいんじゃない?」
「は?」
「悪い一護!井上さんと片付け頼む!今度埋め合わせはするからさぁ!」
「よろしくね、一護!」
「あ…おい!」
「じゃあ、今日はありがとう、井上さん。メリークリスマス!」
そうして、俺と井上に片付けを押し付ける様に、3人は井上の部屋を去っていった…。
「「……。」」
パタリ…閉められたドアを井上と2人、無言で眺める。
突然の停電、突然の2人きり。
あまりの急展開に、半ば呆然としながらドアを眺めていれば。
「あ…の…。」
「お、おおおう!?」
井上の小さな小さな呼びかけに、情けないほどどもる俺の返事。
停電の中、こっそりと手を繋いでいたことが、今更の様に恥ずかしくなって。
正面から顔を見ることができず、チラリと横目で隣を見れば、井上もまた赤い顔で視線を逸らしながら呟いた。
「その…片付けなら、私1人でも大丈夫だよ…?」
「いや、俺もやるよ。1人じゃ大変だしさ。」
「あ、ありがとう…。」
そんな短い会話の後、2人で黙々と「イブイブ」の片付けを始める。
井上は皿やコップの洗い上げ、俺はゴミをまとめてテーブルを拭く。
雑念を振り払うように机をキュッキュッと磨けば、それなりに落ち着きを取り戻し。
井上と2人きりというこの状況が、むしろ好都合なことに漸く気付いた。
そうだ、2人きりの今なら、チャンスじゃねぇか。
今なら、井上を誘える。
井上は俺と手を繋いでくれたんだ、今ならコクることだって…。
俺がそう決意を固めたところで、食器を洗い終えた井上が俺を振り返る。
「ありがとう、黒崎くん。わぁ…机、ピカピカになったね!」
そう言って嬉しそうに笑う井上の笑顔に、柔らかく締め付けられる胸の奥。
…そうだ、信じてみよう。
まだ俺の手にはっきりと残っている、井上の手の感触を。
あの時、確かに「繋がった」ってそう感じた…自分自身を…。
「あのさ、井上…。」
「うん、なぁに?」
…そうして。
どんな誘い文句を言ったのか、正直何も覚えちゃいないけど。
それでも俺は、12月24日クリスマスイブに、彼女を自宅へ招くことに、何とか成功したのだった。
コクれなかったけど…。
「…お、おはよう、黒崎くん。」「お、おう、はよ、井上。」
翌日、12月24日。
せっかくの冬休みだというのに、受験生の俺達は補習の為に朝から登校。
重い足取りで学校まで来たけれど、教室で最初に会ったのは井上で。
いきなり気分がハイになる。
「あ…えっと…今日、楽しみにしてるね。」
「…おう。その…バイト先まで迎えに行くから…。」
「う、うん…ありがとう…。」
そんな会話を、小声で交わして。
何事もなかったかの様に、井上はたつきの元へ駆けていき、俺もまた水色や啓吾と合流した。
結局、遊子と夏梨の強い要望もあり、今夜はウチに泊まることになった井上。
クラスの誰も気付いちゃいないだろうけど、昨日の今頃の自分には想像できないほど、井上と急接近している俺。
今思えば、あの停電はサンタクロースからのプレゼントみたいなモンだったのかもしれないな…なんて考えながら、俺は啓吾の話に適当に相槌を打っていた。
「そう言えばさ、夕べ家に帰ったら、停電なんかしてないって家族が言ったんだよなぁ。」
「…何?」
けれど、さっきまで軽く聞き流していた啓吾の言葉に、ピクリと反応する。
…確かに、ウチの家族も停電なんて一言も言ってなかったな。
同じ空座町内で…?
「ああっ!停電してなかったなら、もっと井上さんの部屋に居座りたかったなぁ!悔しい~っ!」
そう叫びながら、ひどく残念がる啓吾。
俺が呆れつつそれを遠目で眺めていれば、ツンッと水色が俺の脇腹をつついた。
「…何だよ?」
「で、どうだった?」
「…何が?」
意味深な笑顔で俺を見上げる水色。
俺が訝しみながらもそう問えば、水色は俺だけに聞こえるよう、小声で言葉を続けた。
「…僕からのプレゼントは、役に立ったかな?」
「プレゼント…?」
「啓吾も言ってたでしょ?停電なんて起こってないって。」
「…?……あ……!」
夕べの状況を必死で思い出した俺は、ハッとして思わず声を上げた。
あの時、確か水色は部屋の出入り口…灯りのスイッチのそばに立っていた。
そして、暗くなったときに「停電みたいだね」と言ったのも水色…。
「水色、まさかオマエが…!」
「一護と井上さんの距離感が実に微妙でさ。ちょっとサービスしたくなっちゃったんだ。」
水色は、何もかもお見通しだ…と言わんばかりの笑顔を浮かべ、人差し指で俺の胸をトンと突いた。
「さ、僕が出来るのはここまで。そろそろ井上さんに告白すること。つかず離れずも悪くはないけど、やっぱり男からビシッと決めないとね!」
「み、水色…!」
…どうやら、12月23日に現れたサンタクロースは、空座町在住の、赤色じゃなくて「水色」のサンタで。
しかも、プレゼントと一緒に、とてつもなくデカい宿題を俺に持ってきやがった。
…けれど。
「ほら、今日も井上さん、あのバレッタつけてるよ。フられたら…なんて余計な心配いらないんじゃない?」
「…そっかな…。」
その宿題をクリアしたなら、俺もオレンジ色のサンタになれるのかもな…なんて、髪に蝶を留める井上の後ろ姿を見つめながら考えてみた。
(2015.12.20)