一護→織姫・未然形のお部屋
「えへへ、みんなとイブイブが過ごせて嬉しいなぁ。」
そう言う井上の笑顔をすぐ隣で眺めれば、ふわりと温かくなる胸。
けれど、だからこそ。
視線を落とせば目に入る、床につく井上の指先と俺の指先の間の2センチが、ひどくもどかしかった。
《12月23日のサンタクロース》
今日は12月23日。
俺とたつき、水色に啓吾。
いつものメンツで井上の部屋に押しかけ、クリスマスイブならぬクリスマスイブイブを祝っている。
「イブイブ」って何だよ、前倒し過ぎだろ…っていつもなら突っ込みを入れるところなんだけど。
「えへへ…みんな、どんどんお料理食べてね!クリスマスツリーも、頑張って飾り付けしたんだよ!」
さっきから、はしゃぎっぱなしの井上。
井上がこんなに嬉しそうに笑ってくれるなら、イブイブだって認めてやろうって気になるってもんだ。
「こんな夜に押しかけてごめんね、井上さん。」
「ううん!すっごく嬉しいよ!」
「でも、いいの?今日はまだ23日だけど。本当は明日の方が良かったんじゃないの?」
「問題ないっすよ、たつきちゃん!明日はバイト入れちゃったから、イブイブのお祝いがちょうどいいんだぁ!」
…クリスマスなんてイベントは、ことさら井上みたいな一人暮らしには寂しさが身に染みる筈で。
けれど、井上が敢えて「イブイブ」を集まる日に選んだのは、それぞれに家族を持つ俺達に遠慮したからなんだろう。
そんなところが、井上らしくて…だからこそ、彼女に一人ぼっちのクリスマスなんて過ごさせたくなくて。
…明日の夜はウチに来ないか…って。
妹達は喜ぶし、オヤジがウルサいのは俺がシメるから大丈夫だから…って。
そんな誘いの言葉を、脳内では数え切れないほど反芻しながら。
けれど声には出来ず、料理や飲み物と一緒に飲み込み続ける俺。
このイブイブの集まりが決まった時、内心「チャンスだ」と思った。
これで井上を誘える。
クリスマスを、一緒に過ごそう…そう言える…って。
けれど、実際に12月23日が訪れてみれば、水色やたつき、啓吾が常に一緒にいるこの状況、井上を誘うチャンスなんかどこにも存在しない。
それに、そもそも俺は井上と付き合っている訳じゃない。
井上の髪にはあのバレッタ、冬にもひらひらと踊る蝶。
その蝶が俺の顔のすぐ横で揺れるのを、複雑な思いで見つめる。
井上が、気付けばこうして隣にいてくれることが嬉しくて。
なのに、このバレッタを贈ったあの9月から、少しも縮まない距離が虚しくて…。
そう、解ってる。
結局は、俺が動かなきゃ、何も変わらないんだ…って…。
フッ…。
「あ?何だ!?」
突然、奪われた視界。
「ま、真っ暗!」
「…停電みたいだね。」
「て、停電!?」
皆がそう言って戸惑う。
けど、何も見えなければどうすることも出来なくて。
暗闇の中、しばらく俺が感覚を研ぎ澄まして様子をうかがっていれば、隣の井上が立ち上がろうとする気配を感じた。
「そうだ!待ってて、確か懐中電灯があっちに…!」
「バカ、目が慣れるまで動くな!」
「……っ!」
咄嗟、だった。
暗闇の中でもはっきりと判る、その温もりと霊圧、彼女が息を飲む音。
俺が伸ばした手が、立ち上がろうとした井上の手に…重なった。
「……っ!」
かっ…と、火がついた様に顔が熱くなる。
視覚が奪われている代わりに、急速に過敏になっていくその他の感覚。
ばくばくと鳴る心臓の音が、一層うるさく耳について。
すぐ傍からふわりと漂うのは甘い香り。
掌で感じる井上の手の輪郭は、想像以上に華奢で柔らかい。
暗闇の中、井上が今どんな顔をしているのか…不安と緊張が入り混じった感情が俺の中を駆け巡った。
…けれど。
俺の手を振り払うことも、逃げることもしないまま、俺の手の下にある井上の小さな手。
じわじわと馴染んでいく、重なった2つの手の温もり。
…ああ、もしかして。
期待しても、いいんだろうか。
「イブイブ」なんて言って2日も前倒ししてる今夜にも、サンタクロースは奇跡を起こしてくれるんだろうか。
なぁ、サンタクロース。
もし本当にこの世にいるんなら、プレゼントなんていらねぇから、どうか…これが俺の自惚れなんかじゃないって、そう言ってくれ…。
そう祈りながら、井上の手に重なっている己の手に、きゅっ…と力を込めれば。
「……!」
ぴくり…僅かに俺の手の中で震えた後、やがておずおずと握り返してくる井上の手。
「なかなか停電終わらないなぁ。」
「せっかくのクリスマスだし、ロウソクでもあれば雰囲気出たのにねぇ。」
そんな啓吾とたつきの会話を上の空で聞きながら、もう一度井上の手を握りしめて。
そして、どちらからともなく、今度は指を絡める様に手を繋ぐ。
「ま、もう少しこのままで待ってみようよ。ね、一護。」
「…っ!お、おう…。」
水色の突然の振りに、内心大いに慌てながら、けれど精一杯の平静を装い返事を返す。
まだ、灯りはつかなくていい。
あと少し、このままで。
井上と繋がったこの感覚を、確かめていたい…。
パッ。
「あ、ついた。」
たつきがそう言うと同時に、俺と井上は物凄い速さで離れた。
「どうかした?一護、井上さん。」
「は?や…その、別に何も?」
「う、うん…停電、終わって良かったね…!」
井上の顔すらまともに見られないまま、水色の鋭い突っ込みをどうにかかわせば。
「あああっ!」
「きゃっ!びっくりした、何よ浅野、いきなり叫んで…!」
「停電したってことは、姉ちゃんに頼まれたドラマ最終回の予約、リセットされちゃってるかもしれないんじゃね!?ヤベ、帰らなきゃ…!」
啓吾がわたわたとしながらそう言い、慌ただしく帰り支度を始めた。
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