一護→織姫・未然形のお部屋






ふわり、ひらり…甘い香りに引かれて。
そっと飴色の髪に止まって、羽を揺らす蝶。

…それは、多分俺自身。











《バレッタ》










3時間目、教師が出張のため、図書室で自習。

課題だった調べ学習を適当に終えた俺は、シェイクスピアを片手に図書室の片隅にいた。

「いっちごぉ~!そんな小難しい本を読むのなんかやめて、ボーイズトークしようぜぇ?」
「…うるせぇよ啓吾。ここは図書室だぜ?」
「だって皆楽しくお喋りしてるぜ?ほら、あっちでもさぁ…。」
「興味ねぇな。」

啓吾の誘いを、ピシャリとシャットアウトして。
…けれど、俺の視線が追うのは、本の文字でもなくて。

「ねぇ織姫もこっちに来なさいよ!」
「うん…なんのお話してるの?」
「決まってるでしょ、恋バナよ、恋バナ!」

井上が長い髪を揺らしながら、たつき達女子の一団に駆け寄る。

その髪に止まる、一羽の蝶。
俺が今朝、誕生日プレゼントに…と渡したバレッタだ。

別に、付き合ってる訳じゃねぇけど。
けど、俺の誕生日には、わざわざ俺の家にまで来てプレゼントをくれた井上。
お返しを渡すのは、別に不自然じゃねぇよな?

「あれ、織姫、今日髪を止めてるんだ。」
「え?えへへ…。」

井上の手が、髪に止まる蝶に触れる。
とくり…俺が触れられた訳でもないのに、跳ねる鼓動。
早速使ってくれているんだ…なんてくすぐったい感情を抱きながら、俺の目は勝手に井上の唇をオートフォーカスする。

ここからでは、女子達の会話を聞き取ることはできないから。

井上の唇の動きを、頭の中でトレスする。
そのふっくらとした桃色の唇が紡いでいる音声を、推理する為に。

例えば、あのバレッタの送り主が誰なのか…なんて話でもしているんじゃないか…なんて浅はかな期待を抱く俺の、視線の先。

ふいに井上がバレッタに手を伸ばす。
そして、ふわり…と髪から飛び立つ蝶、スローモーションでさらさらと流れ落ちる胡桃色。
そしてまたすぐに両サイドの髪を救い上げ、井上は指先にいた蝶を頭の高い位置にパチリ…と止めた。

たったそれだけのこと、なのに。
その優雅な一連の眺めに、目を奪われる俺。

また俺の中で、何かが疼く。
抑えきれない感情が、殻を破ろうとしてる。
…まるで、蛹から羽化しようとする蝶の様に…。

…そのとき。

「………!」

ふっと、井上がこちらを振り向く。
瞬間、反射的に目を逸らす俺。

井上は俺を見た訳じゃないかもしれないのに。
彼女と目が合ったら、俺の心の内を見透かされてしまいそうで…。

「なぁなぁ一護ぉ、あっちの女子の一団のスパイに行ってきたんだけどさぁ、どうやら『この学年の男子で誰がカッコいいか』について会議中らしいぜ?」「ふーん。」
「ふーんって何だよ、一護ぉ!自分に清き一票が投じられているのかどうか、知りたくないの!?あ、それとも余裕!?この間のサッカー部の試合で逆転ゴールを決めて、黄色い歓声を浴びた男の余裕かっ!?…ぎゃんっ!」
「うるせぇな、興味ねぇだけだよ。」

わめきたてる啓吾の脳天に拳を一発落として。

しゅうう…と沈んでいく啓吾の向こう、声を潜めて話をする女子の一団を再びチラ見する。

誰がカッコいいか、とか、自分がどう思われているか、とか。

そんなの、興味ねぇ。
興味ねぇ筈だった、のに。

「………。」

僅かに頬を染めて、周りの女子からの追及に答えているらしい井上に、胸がざわつく。

ひらり、ふわり…飴色の髪に舞い降りて。
羽根を立て、じっとしているあの蝶は、多分俺だ。

誰にでも優しくて、誰にでも愛される井上の、本当の気持ちが知りたくて。
けれど、こんな風に彼女の一挙一動に心を揺らしているなんて、気付かれたくなくて…。

井上が俺に見せた、笑顔、涙。
井上が俺にくれた、言葉。
井上が俺にしてくれたこと。

どれだけ状況証拠を並べ立てても、シェイクスピアなんかより遥かに難解な、アイツの気持ち。

「…完全に白旗だ。」
「あ?何がだよ、一護。」
「…何でもねぇよ。」
俺が啓吾のツッコミを軽くかわしたところで、授業終了を告げるチャイムが鳴った。








「なぁなぁ、さっきは女子達で何を話してたんだよ~。」

図書室の出口で女子の一団と一緒になった俺と啓吾。
啓吾にからまれたたつきは、鬱陶しそうにしっしっと手で追い払う仕草をした。

「うるさいわね、浅野。少なくともアンタは話題にのぼらなかったわよ。」
「ええっ!?そ、そんな…井上さんは!?女神の様に優しい井上さんなら僕ちゃんに清き一票を…!」
「入れてないわよ。ね、織姫。」
「あ、あはは…。」

井上は困った様に笑うと、ふと俺に視線を合わせた。

「そう言えば、黒崎くんシェイクスピアなんて読んでてすごいね。私もいつか挑戦してみようかなぁ。」
「別に大したことねぇよ。俺だって全作品読破した訳じゃねぇし。」
「そっか。でもやっぱりすごいよ!」

そこまで言葉を交わしたところで、たつきが次の授業が体育だったことを思い出し、井上もたつき達の後を追って走り出した。
俺達も急がなきゃな…そんなことをぼんやりと考えた、次の瞬間。

「……え?」

…井上、何で俺がシェイクスピアを読んでたって知ってるんだ?

…もしかして、井上も俺を見ていた…?

俺が思わず立ち止まり、井上の後ろ姿を見つめれば。

井上もまた足を止めるとこっそりとこちらを振り返り、髪を両手でかきあげて。
パチリ…またバレッタを止め直し、ふわり…はにかんだ様な笑顔を見せた。




(2015.09.03)
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