とにかくイチャイチャ一織のお部屋







「ねぇ、一護。」
「ん?」

昼休みの屋上、スマホをイジりながら俺の名を呼ぶ水色。
俺はそれに答えながら、遊子が作った弁当の最後の一口を放り込む。

「付き合い出してから、井上さんとますますベッタリになったね。」
「そうか?」
「倦怠期が来ないように、気をつけなよ?」
「…倦怠期、なぁ。」

咀嚼したハンバーグをゴクリと飲み込んで、俺は隣に視線を移す。
そこには、俺同様にきょとんとして、メロンパンにかぶりついたままこちらを凝視する井上がいた。










《やっつけろ倦怠期》











「うーん…。」

学校からの帰り道。
夕日を受け、道路に長く伸びる2つの影。
そして井上のうなり声。

「ねぇ、黒崎くん。」
「おう。」
「私…これから毎日、黒崎くんがもっと楽しくなってくれるよう、頑張ろうと思うの。」

ああ、やっぱり。
そうじゃねぇかなとは思ってたけど。
さっきからずっと何かを考え込んでいたのは、昼間の水色の一言を気にしていたんだな。

「別に、俺は…。」

井上と過ごす毎日に、飽きちゃいないぜ?
…そう言おうとして、喉元で止める。

果たして井上がどんな「頑張り」を見せるつもりなのか、ちょっと面白そうだな…なんて、意地悪な好奇心がむくりと湧いたから。

「多分、普通にお喋りしてるだけだと、マンネリ化しちゃってダメなんだよね。」「まぁ、そうかもな。」
「じゃあ、お喋りが普通にならないように、全部英語でお話してみる?」
「…やめてくれ、俺の脳みそが腐る。」
「それは大変。じゃあ…そうだ!」

人差し指をピッと立て、井上はちょっともったいぶる様な仕草を見せたあと、誇らしげに俺を見上げた。

「逆に、英語なしでお話してみましょう!」
「………へ?」
「ほら、普段の会話に英語ってかなり使われてるから!どう?意外と難しいかもしれないよ?」

名案を思いついたとばかりに大張り切りの井上。

こういう時、井上ブレインの作りは本当にすげぇなと素直に感心する。

けど…まぁ、割と面白いかもな?

「いいぜ。せっかくだから、先に英語を使った方が罰ゲームってのはどうだ?」
「むむ…よいですぞ。」

確か、一昔前にそんな企画のバラエティー番組があったよな…なんて思い出しながらの提案に、井上はコクリと頷いた。

「じゃあ、今からスタートな。」
「うん!負けないぞ~!」

井上が拳を振り上げ、夕日に向かって叫ぶ。
そして。

「ねぇ黒崎くん!いつものお喋りも、こういうゲームにすると何だかワクワクしちゃうね!」
「はい、井上の負け~。」
「…ほえ?…ああっ!」

…即、決着。

「い、今のなし!もう1回チャンスをください!」
「ほい、もう1発負け~。」
「え?…あ、ああっ!」

…駄目だコイツ、くそ可愛い…。











2日目。
「黒崎くん、黒崎くん!昨日のヤツ、今日もやろう!」
「ああ、いいぜ?」

帰り道、やたらと張り切ってそう言う井上。
まぁ、あれだけソッコー撃沈してりゃ、リベンジしたくもなるわな。

「じゃあ、今からスタートね!」
「おう。」
「えーとねぇ、昨日バイ…じゃなかった、非正規雇用の仕事場でね…。」
「井上、多分バイトは英語じゃねぇぜ?」

慎重に慎重に、言葉を選びながら俺に話しかける井上。
これはこれで面白いけど…俺からも、ちょっと仕掛けてみるかな。

「井上。」
「なぁに?」
「今日、オマエんち寄っていってもいいか?」

俺が「普段通り」を装いそう尋ねれば、井上は途端に顔をぱあぁっと明るくして。

「うん!」
「小腹減ったな。何かあるか?」
「勿論!売れ残りのパンとアイスコーヒーがお出しできますぞっ!」
「はい、井上の負け。」
「え?…あ、あああっ!!」

俺の指摘を受け、目をまん丸くする井上と、その隣で笑いを必死でこらえる俺。

「わーん、悔しい~っ!」
「くく…井上、簡単に引っかかりすぎ…。」
「だって、黒崎くんがウチに寄ってくれるんだと思ったら、嬉しかったんだも~ん!」

子供みたいに悔しがる井上は、やっぱり可愛いけど。
…何よりそういう発言が、本当にクソ可愛くてヤバい。













3日目。

「黒崎くん、黒崎くん!昨日のヤツ、今日もやろう!絶対負けないんだから!」
「ああ、いいぜ?」

帰り道、今日こそはと気合いを入れる井上。2日連続の敗北を反省し、多少作戦を練ってきたか?

「じゃあ、今からスタートね!」
「おう。」

……しーん……。

威勢良く「スタート」と言ったきり、俺の隣で黙りこくる井上。

「井上?」
「……はい。」
「何か喋らねぇの?」
「……はい。」

…ああ、多分迂闊に喋ると負けるから、黙りこくって俺がスベるのを待つ作戦だな。
それなら…。

柔らかなオレンジ色の夕焼けの中、俺がピタリと歩みを止める。
井上もまた、不思議そうに俺の隣で足を止めた。

「どうしたの黒崎くん?……っ!!」




ちゅっ…。




こっそり辺りに人目がないことを確認して、井上の唇に俺のそれを押し当てる。
井上はきょとんとしたあと、1テンポ遅れて耳まで真っ赤になり、わたわたしながら俺を見上げてきた。

「な、なっ…///!」
「ごっそさん。」
「や、やだ、黒崎くん!こんなところでキスなんて…!」
「はい、井上の負けな。」
「え?」
「今言ったろ?『キス』って。」
「あ…あああああっ!」

ぼん、ぼんっ…と二段階で顔を真っ赤に染める井上。

「ず、ズルいよ~!!不意打ちなんだもん!」
「はは、井上3連敗だな。」

もうキスなんて両手両足使っても数え切れないぐらいしてるのに、いつまで経っても変わらない、井上のこの反応。
…本当に、どうしようもなくクッソ可愛い…。











…翌日、昼休み。
いつもの様に屋上で昼食。
今日の遊子の弁当は、唐揚げ弁当。
心地よい風を感じながらそれを口へ運ぶ。

そして、ふと弁当から視線を上げれば、少し離れたところで俺達をじーっと観察しているらしい、水色と目があった。

「あのさ、水色。」
「なに?」
「多分、俺ら倦怠期とか来ねぇわ。」
「…あ、そう。」

この3日間の成果を告げる俺の右隣には、コッペパンにかぶりついて俺を見上げる井上。

「…な?」
「うん。」

こくり…と頷いて、パンを口の端につけながら、本当に嬉しそうに笑う井上。
だってこの笑顔は、どれだけ一緒にいたって一生見飽きないよな…そんなことを思いながら、俺は最後の唐揚げを口に入れた。












「うわぁぁ!何だよ何だよ一護のあの余裕は~!」
「…ま、いいんじゃない?井上さんも幸せそうだし。」
「毎日毎日べったりイチャイチャしてるのを見せつけられる、俺達の身にもなれってんだ~!」「うるさいですよ、浅野さん。潔く諦めましょう。」
「敬語イヤー!」












「あ、そう言えば黒崎くん。」
「おう、何だ?」
「例の罰ゲームって…結局まだしてないよね。」「ああ。てか、罰ゲーム受ける側からそれ言い出すなんて、オマエ本当に律儀だな。」
「だって、約束は約束だもん。」
「まぁな。じゃあ、今日オマエの家にいったら、罰ゲーム決行な。」
「う…。な、何するの?すご~くニガいアイスコーヒー飲むとか?」
「いや………井上から、キスしてもらおうかな。」
「ふ、ふぇぇぇっ!?」




(2016.08.28)
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