とにかくイチャイチャ一織のお部屋






「ねぇねぇ、見て黒崎くん!」

学校帰りに寄った、井上の部屋。
円卓の前に座ってくつろぐ俺のところへ、井上は満面の笑みで駆け寄って。
そして胸のところで大事そうに抱えていたそれを自慢気に差し出した。

「じゃじゃーん!どうしても欲しくて、遂に買ってしまいました~!」

嬉しそうに笑う井上が手にしているのは、写真集。
その表紙にいるめっちゃブサイクな猫と、至近距離で目が合った。













《天性のセラピスト》













「ねー、もう可愛くて可愛くて、はにゃーってなっちゃうよね?このぶさかわいい寝顔とか!」
「…そうか?」

どうやら、この猫の写真集は『ぶさかわ』がテーマらしい。
いわゆる正統派な写真はほんのちょっとで、あとは反目開いた寝顔だの、餌にむさぼりつく顔だの、欠伸を噛み殺した様な顔だの…。

「もう、どのページの猫ちゃんも可愛くて困っちゃうよね!癒されますなぁ~!」
「………。」

眉尻を下げ、そりゃあ幸せそうにぶさかわな猫を眺める井上。

いや、俺にしてみたら、『ぶさかわ』じゃなくて、どう見てもただの『ブサイク』なんだが…。

確かに、井上の「可愛い」基準は世間一般とちょっとずれたところがあるけれど。
写真集の帯に「話題沸騰!あのぶさかわ猫がついに写真集に!」とか書かれているのを見るに、どうやら井上以外にも一定の支持を集めているらしい。
「…あれ?黒崎くん、あんまり癒されてない…?」

しばらくはご機嫌で写真集のページを捲っていた井上が、ふと俺との温度差に気付き、伺う様に俺の顔を覗く。

「や、その…。」
「わかった!黒崎くん、反対から見てるから、この可愛さがあんまり伝わってないのですな!」

俺の向かいにいた井上は「気付かなくてごめんね」と言って立ち上がり、俺の胡座にストンと腰を下ろして、再び写真集のページを捲り始めた。

「ささ、これで二人とも正しい目線で猫ちゃんを見られますぞ!」
「あ~、そうだな…。」
「きゃあ、この顔のアップも可愛い!」

…いや、井上。
俺と一緒に写真集見たいからって、さりげなく膝に入ってくるオマエはクソ可愛いけどよ。
眺める位置が反対だろうが正位置だろうが、この猫はやっぱりブサイクだ…。
けど、井上はこんなに喜んでいて、それを俺と共有しようとしてくれてるのに、俺だけテンション低いままだと、コイツに悪いか?

だからといって、可愛くねぇモンは可愛くねぇしなぁ…。

「ああ、やっぱり猫っていいなぁ、抱っこして癒されたいなぁ!」
「ああ、そうだな……ん?」

待てよ、抱っこ…?

それなら、俺今してんじゃねぇの?

今、俺の膝の上にいる、俺にとっての「いちばん可愛いイキモノ」を…。

俺は後ろから井上の腰に手をぐるりと巻き付け、肩に顎を乗せてみた。

「…あー、確かに癒されるなぁ。」
「でしょ?黒崎くんもそう思うよね!?」
「おう。」
俺が心の底から同意すれば、満足そうにうんうんと頷く井上。

「猫って、天性のセラピストだよね。もう、いるだけで癒し系って言うか。」
「天性のセラピスト…か。成る程な。」

確かに、井上は天性のセラピストだ。
井上がそこにいて、笑っている…それだけで場の空気が和んだりして。

六花の力で実際に俺の傷も癒してくれるしな。

それに…こうして井上の肌に触れて、体温を直に感じるだけで、いつだって俺の心は満たされていくんだ。

「ねぇ見て黒崎くん、この猫パンチの写真!猫の肉球って柔らかそうだよねぇ。ぷにぷにしたいなぁ。」
「…ああ、柔らかいな。」

そう呟きながら、井上のちっさい手を取り、そっと握る。
本当、柔けぇ。

「それにね、猫の肉球って、すごくいい匂いがするらしいよ!」
「…ああ、いい匂いがするよな。」

そして甘い香りを放つ井上の髪に、顔を埋めて。

「あとね、猫をナデナデするとね、病気で入院している人が癒されるって話をこの間ニュースで…。」
「ふぅん。解るぜ、それも。」

俺がサラサラした胡桃色の髪を撫でながら頷けば、井上がピタリと口をつぐんだ。

「…どした?」
「黒崎くん…今話してるのって、猫の話?それとも、もしかして私のこと…?」

そう言って、ゆっくりと振り返り、肩越しに俺を見上げてくる井上に、思わず吹き出す。
「ぶっ!やっと気付いたのかよ!」
「もうっ!黒崎くんの意地悪!」

ああ、やっぱりオマエは天性のセラピストだよ。

怒った顔も拗ねた顔も、全部可愛くてしょうがねぇんだから。












「あのね、黒崎くん。」
「おう、何だ?」
「私、猫じゃないよ?」
「は?…そうだな、確かに井上は猫っていうよりはむしろ犬…。」
「んもう、そうじゃなくて!」
「はいはい。で?」
「だってね、猫とか犬とか…小動物を抱っこしたり撫でたりすると人は癒されるって話、さっきしたでしょう?」
「ああ。」
「あれ、動物側にとっては、かなりのストレスなの。」
「へぇ…。」
「でも、私はね、黒崎くんに抱っこされたりナデナデされたりするの…全然ストレスじゃないから…。」
「………!」
「その…むしろ、抱っこもナデナデも大好きですから…。」
「…誰でもいいのか?」
「黒崎くん限定デス…。」
「よろしい。」
「えへへ…じゃあいっぱい抱っことナデナデしてください。」






やっぱりオマエは、天性のセラピストだな。

けどな、井上。

…そのうち、ナデナデだけじゃあ満足しなくなるから、そのあたり覚悟しとけよ?




(2015.09.23)
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