とにかくイチャイチャ一織のお部屋







「あのね、黒崎くん。お願いがあるの…。」

青空広がる屋上。
二人で昼食を済ませ、そろそろ教室へ戻ろうか…と立ち上がる俺に向けられる、井上の上目遣い。

この「お願い」が何であれ、断ることができる男なんて存在するのだろうか。












《壁ドン》











「あのね、実はね…。」

俺に続いて、井上もまた立ち上がって。
もじもじとパンの入っていた袋をいじりながら、遠慮がちに俺を見つめる。

「…改まって何だよ、お願いって。」
「あのね…今日、友達が教えてくれたんだけどね。…黒崎くん『壁ドン』って知ってる?」
「は?」

ほんのり頬を赤く染めた井上に、恥ずかしそうにそう尋ねられ、思わず間抜けな声を出す俺。

「私全然知らなかったんだけどね。最近、すごく流行ってるんだって。」
「……お、おう。」

確かに、テレビでやたらにやってたな…壁ドン。
あれを「最近」と言うかどうかは別として。
…てか、井上バラエティー番組とか好きな癖に、なんで今日まで「壁ドン」だけ華麗にスルーしながらテレビ見てるんだよ…。

「友達から聞いて、ちょっと憧れちゃうなぁって…。」
「へ、へえ…。」

…何となく見えてきたぞ、会話の流れが。

「私も…やってみたいの、黒崎くんと…。」
「………!」
「だめ…かな?」

可愛らしく小首を傾げ、伺う様にそう言う井上。だから、オマエのその上目遣いのお願いに逆らえる野郎なんて存在しないんだって。

「いや、その…オマエがどうしてもって言うんなら…いいぜ?」
「本当!?わぁぁ、ありがとう黒崎くん!」

ぴょこんっと跳び跳ねて喜び、準備とばかりに手に持っていたパンの袋を井上が床に置く。

あんなギザで女タラシみたいなこと、俺には無縁だと思ってたけど。
…まぁ、可愛いカノジョのお願いだし、一生に一度くらいはやってもいいんじゃねぇ?…な~んて…

「えいっ!」

ドン!

「……………は?」

えい?ドン?

「「……………。」」

えーと、何だこれ?

青空の下、楽しげにチュンチュンと飛んでいくスズメの声を遠くに聞きながら。

驚きすぎて完全に止まっていた俺の思考が、漸く動き出す。

唖然とする俺の顔が、至近距離にある真剣そのものの井上のデカイ瞳に映って。

俺の背中には屋上の壁、両脇に音を立てて突き立てられた井上のちっさい手。

え、まさか…壁ドンされるのが…俺?

「………ど…どうでしょう…?」

凛々しい眼差しで俺を見上げ、井上が頬を染めながらそう問いかける。

どうでしょう…って…まぁとりあえず突然かつ予想外過ぎて驚いたよ。

あと、俺の腹の辺りに誰かさんの柔らかい超特大の凶器が2つ当たってて…ドキドキはしますケド?みたいな…。
いやもう、あまりにも想定外のことが起こると、人間ってのは咄嗟に反応できないモンで。

井上におとなしく壁ドンされたまま俺が固まっていれば、しばらくの沈黙のあと、井上が困った様に口を開いた。

「えーと…。」
「な、何だよ井上…。」
「このあとは、どうすればいいのでしょう…?」
「…ぶっ!」

そう、両腕で俺の逃げ場を塞いだまま尋ねる井上に、思わず吹き出す。

何で壁ドンした側が戸惑ってんだよ。

…本当に、コイツくそ可愛い…。

俺はくつくつとひとしきり笑ったあと、表向きは真剣な顔で、その実イタズラをしかける子供みたいな気分で井上に告げる。

「壁ドンのあとはな、井上。」
「う、うん…。」
「キスに持ち込むんだよ。」
「…へ?ふ、ふぇぇっ!?」

俺がせっかく親切にそう教えてやったのに、「キス」の二文字にボンッと顔を真っ赤にし、壁ドンしていた手を壁から離してわたわたし始める井上。

「え!?え!?」
「ほら、キスまでして『壁ドン』の完成だぜ?」
「で、でも…!」

オロオロしながら、とりあえず背伸びをしてみたり、すぐまた踵をストンと落としてみたり。

井上の両手は、胸の前でキュッと握られていて、もう壁ドンでも何でもねぇんだけど。

「…あのさ、井上。」
「は、ははははいっ!」
ぴょこんっと跳ねて、眉尻を下げて。
まるでキュンキュン鳴く仔犬みたいな瞳で俺を見上げる井上に、俺もそろそろ本当のことを教えてやることにした。

「オマエの『壁ドン』知識、ぶっちゃけ間違ってるから。」
「へ?」

俺は、井上の両脇を掴み、その身体をひょいと持ち上げて。
壁際に立つ俺と立ち位置を交替させる。

「え?え?」

…そして。

ドン!

「……っ!!」

俺が井上の顔の横に手を付き、至近距離で覗き込めば、ぱちぱちと瞬きを忙しなく繰り返していた井上の顔が、かああっ…と1テンポ遅れて赤くなった。

「…どうだ?」

にっ…と笑って、今度は俺が井上に評価を求めれば、井上はうろうろと瞳をさ迷わせたあと、恥ずかしそうに俺を見上げて。

「…あ…えっと…その…。」
「おう。」
「黒崎くんの壁ドン…カッコいいね…キュンってしちゃった…。」
「………!」

あの上目遣いとストレートな殺し文句のコンボが、俺を直撃。

…いやもう、本当にコイツくっそ可愛くて困る。

「…ばぁか。」

照れくささに、思わずそう呟きながらも。
とりあえず壁ドンの仕上げ…ってことで、井上とのキスはしっかりいただいた。







「黒崎くん、流石だなぁ!私も黒崎くんみたいなカッコいい壁ドンができる様に、練習しなくちゃ!」
「…だからしなくていいんだっての。」


(2015.09.16)
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