甘えた系一護✕母性系織姫のお部屋








《1 Love・おまけ》






「…よし、完成だ。」

上手くまとまらずに四苦八苦していたレポートがようやく形になり、思わず安堵の溜め息を漏らす。
パソコンの「上書き保存」をクリックした俺が部屋の時計を見れば、針は既に深夜の2時を回っていた。

「待たせたな、いの…。」

ノートパソコンをパタンと閉じながら、彼女の名前を呼びかけて。
けれど閉じたパソコンの向こうにいる井上に、俺はその語尾を飲み込んだ。

「…寝てやがる…。」

すうすうと寝息を立て、読んでいた雑誌を枕に。
机に伏せったまま、いつの間にか眠りに落ちていた井上。

その幸せそうな寝顔に、さっきまで深く皺が刻まれていた眉間がふっと緩むのを自覚する。

「だから、先に寝てろって言ったのに…。」

俺がレポートを終えるまで、一緒に起きていたい…そう子供みたいに言い張って。
俺を喜ばせるんだと、最近買った「男が喜ぶ・ガツンと肉料理」なる雑誌を真剣に見ていた。

…今頃、夢の中で俺の為に料理をしてくれているんだろうか…なんて少しの自惚れを抱きながら、俺のTシャツをパジャマ代わりに着ている井上をそっと抱き上げて。

そのままベッドへと運ぼうと立ち上がれば、その瞼がゆるゆると上がった。

「悪い、起こしちまったか?」
「…あれ…私…寝ちゃってた…?」
「ああ。」
まだ夢の世界にいるような眼差しで俺を見上げる井上は、それでも己の状況を把握したらしく。

俺の腕の中、もぞもぞっと僅かに身じろぐ。

「…私…自分で歩けるよ?」
「いいって。てか、もうベッドだ。」

そもそも一人暮らし用の狭い部屋、ベッドなんて目と鼻の先。

そんなやりとりをしている間に、既にベッドへと到着した俺は、抱き上げていた井上をそっとベッドへと下ろした。

「…えへへ…何だかお姫様気分ですな…。」

そう言って俺を見上げ、ふにゃり…と幸せそうに笑う井上。
その両頬に、俺の手を添えて。
愛しい彼女の額に、鼻先に、頬に、唇に…触れるだけの口付けを落とす。

「…黒崎くん…どしたの?」
「…何が?」
「こんなに私を甘やかして…よくないですぞ?」
「いいんだよ、偶には。…てか、ついさっき俺を甘やかしたのは、他ならぬオマエだろう?」

…提出期限が近いにも関わらず、全然上手くまとまらないレポート。

対して、そんな俺の目の前には、教え子の書いた絵日記を楽しそうに添削する井上。

…ふと、どうしようもない焦燥感に襲われた。

レポートは仕上がらず。

プロポーズしたものの、状況は一向に進展せず。

なのに、社会人として俺よりずっと先を既に歩いている井上は、とても楽しそうで。

俺だけが、何もかも上手くいかなくて。
井上には、いっそ俺なんか必要ないんじゃないか…そう思えて…。
そんな俺が、ガキじみた不安と独占欲で井上に絡み付けば。
井上はそれを振り払うどころか、まるっと受け止めてくれたんだ。

…まるで、聖母みたいに…。

「…黒崎くん…レポートは…?」
「終わったよ。明日は美味いブランチが食えそうだ。」
「良かった…。じゃあ、明日はいっぱい構ってね?」
「おう。」
「約束…ね…。」

井上をベッドの壁側に寝かせ、俺もまたその隣へ滑り込む。
嬉しそうに笑う井上の髪を撫でてやれば、彼女は少しくすぐったそうに身体を捩って。
安心したのか、程なく眠りの森へと落ちていった。

その寝顔はどこかあどけなくて、未だに少女の面影を漂わせていて。

愛しい…それ以外の言葉が、見つからない。

「…約束するよ、井上。明日は、いっぱい甘やかしてやるからな…。」

胡桃色の髪に唇を寄せ、密やかに誓う。

そう、飽きるくらい甘やかしてやるよ。

…だから、いっつも格好つけてばかりの俺も、たまにはオマエに甘えてもいいよな?

あの、一度知ったらやみつきになっちまう心地よさを俺に教えたのは、オマエなんだから…。












「ふぁ…さすがに眠みぃなぁ…。」

欠伸を1つして、枕元のデジタル時計を見れば、既に2時半過ぎ。

上手くいかない焦りを感じていたあの時間は、もう「昨日」になった。

これからもきっと、目の前にある課題をこなすだけで過ぎてしまう日々に、焦りや苛立ちを感じてしまうことがあるかもしれない。
思い描いた未来があまりに遠くて、不安になることもあるだろう。

…それでも「きっと未来は大丈夫だ」と、井上なら笑って言うんだろうな。

だって、明日がちょっと待ち遠しくなる…そんなまっさらな気持ちを思い出させてくれるのは、いつもオマエだから。

「おやすみ…井上。」

最後にもう一度、そっと口づけて。

きっと、今日はいい日になる…そんな期待と愛しい彼女をこの腕に抱きながら、俺もまた瞳を閉じた。







(2015.11.14)
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