甘えた系一護✕母性系織姫のお部屋






この春、念願の教職についた私。

しかも、私が新任教師として勤めることになった学校は、黒崎くんが通う医大の近く。

それを知った時、ありがとうございます神様、やっぱり神様はいるんですね…なんて死神代行の彼女でありながら、思ってしまったりしたけれど。

…でも、物理的距離が縮んでも、2人が一緒に過ごす時間が増えるとは限らなかった。










《1 Love》











「…ふふ、はづきちゃんは夏休みにネズミーランドに行ったんだぁ。」

9月の土曜日。

カタカタ、さらさら。

部屋に響く、無機質なパソコンのキーボードの音と、ペンが走る音。
…そして。

「う~…。」

パソコンを睨み付けながらさっきからずっと眉間に皺を寄せている、黒崎くんの唸り声。

まだ大学生の黒崎くんにとって、9月は前期のまとめの時期。

今日も、提出期限間近のレポートを、どうしても完成させなければならなくて。

平日は私は仕事、黒崎くんは大学が忙しくて、こんなに近くで暮らしているのに会えなくて。

だからせめて土日ぐらいは…って、いつも週末は黒崎くんとデート…って決まっていて。

今日はとってもいい天気だから、本当なら二人でお出かけ…って言いたいところなんだけど、お出かけなんてとても無理。
それでも、やっぱり彼の傍にいたくて…彼の部屋に押しかけた私は、円卓に彼と向かい合わせに座り、クラスの子供達が書いた絵日記を添削している。

「わぁ、かずとくんは夏休みに泳げるようになったんだぁ!」

子供達が一生懸命に書いた絵日記に、くるくるっとハナマルをつけて、一言添えて。
クラスの子一人一人の個性が溢れる日記の内容に、思わず笑みが溢れる。

黒崎くんはレポート作成に真剣だから、私の呟きに返事や相槌が返ってくることはないけれど…それでも、こんな風に日常を彼と共有できる、それだけで幸せだなぁ…なんて。

私はちらちらとパソコンの向こうの彼を伺いながら、絵日記の添削を続けていた。

…すると。

パタン。

「え?」

その音に、絵日記に視線を落としていた私が顔を上げれば。
向かいでは突然ノートパソコンを閉じてしまった黒崎くんが、大きなため息を1つついて。

「…?」

そして、何を思ったのか私の隣へ移動してきた黒崎くんに、突然ぎゅっ…と後ろから抱き締められた。

「えーと…黒崎くん、レポートは?」
「…飽きた。」

私の肩に顎を乗せて、ボソリと低い声で呟く黒崎くん。
そのまま、彼の長い腕と脚が、私の身体に絡み付く。
「あ、飽きちゃだめなんじゃないかな?締め切りが近いんでしょ?私も絵日記を見るの頑張るから、黒崎くんも頑張って!」
「……。」
「…あの、黒崎くん…?」

私がどう励ましても、黒崎くんの腕の力は緩まない。
どうしたらいいのかな…なんて悩む私の耳元、憮然とした黒崎くんの声が響く。

「…なぁ井上。オマエは、俺のだよな?」
「も、勿論だよ。どうして?」

突然の問いかけを不思議に思いながらも、迷わず頷く私。
それでも、やっぱり不満そうな空気を漂わせる黒崎くんは、少しの沈黙の後、呟いた。

「…オマエ、今は俺と一緒にいるくせに…めっちゃ先生の顔してやがる。」
「え、ええっ?」
「…俺、ネズミーランドも海もプールも連れてってやれてねぇし。」
「き、聞いてたの?そんなこと気にしてないよ?この夏はお互いに忙しかったんだし、仕方ないよ。」
「…俺が気にする。」
「く、黒崎くん…。」

黒崎くんは私を抱き締めたまま、手を滑らせて赤ペンを握っている私の手を取る。
そして黒崎くんの長い指が辿るのは、薬指に光るオープンハートの指輪のカタチ。

「…ちゃんと仕事中もつけてるか?」
「う、うん…。」
「クラスのガキ共には、何か言われたりしねぇの?」
「その…時々『先生、綺麗な指輪だね』って気付いてくれる子がいたりするよ?」
「…で?」
「え?」「ちゃんと言ってるか?婚約者からもらった指輪だって。」
「えええっ?い、言えないよ、クラスの子供相手にそんなこと…。」

私が慌ててそう言えば、黒崎くんはますます腕の力を強めて。

「今は、『俺の井上』の顔してろよ。みんなの『井上先生』の顔じゃなくてさ。」
「く、黒崎くん…。」

そう言うと、私の肩に顔を埋めたまま、動かなくなってしまった。





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