一護→織姫・未然形のお部屋






「黒崎くん、お疲れ様!すごかったね!」
「おう。ありがとな、井上。」

高校生活最後の球技大会。
サッカーの試合で決勝進出を決めた俺に、ポニーテールを揺らして駆け寄る井上。

その弾けるような笑顔が眩しくて。
井上が、真っ先に俺に駆け寄ってきてきてくれたことが、バカみたいに嬉しくて。

…けれど、心のどこかでそんな自分を認めたくなくて…。










《気づいたら片想い》










「…黒崎くん?」
「え?」

再び名を呼ばれ、ハッとした俺の目の前には、申し訳なさそうな表情の井上。
多分、俺の不安定な感情が、ほんの一瞬顔に出てしまっていたんだろう。

そして井上は、そういう俺の感情に敏い。

「ごめんね、試合の間、ずっと走りっぱなしで疲れてるよね。休みたいのに、引き止めたりしてごめんね。」
「井上、違っ…。」

踵を返し、俺から離れていく井上を、引き止めようとして。
けれど、地面から離れない俺の両足。

…だって、俺は知っているんだ。

大切なモノを亡くす、あの痛みを。

涙だって枯れるまで泣いて、死ぬほど後悔して。

あんな痛みをまた味わうぐらいなら、「大切な存在」なんて初めから作らなければいい…そんな思いが、いつの間にか心に誰も入れない壁を作って。

だから井上も「仲間の1人」だ、って。

「特別」なんかじゃないって、そう思い込もうとして。

…だけど。
「茶渡くん、ゴールキーパーお疲れ様!さすが守護神ですな!」
「ム…ありがとう、井上。」
「石田くんも、頭脳プレーがばっちり決まってたよ!」
「ありがとう井上さん。井上さんの応援の声、ちゃんと聞こえてたよ。」

俺から離れていった井上が、他の男と親しげに話す姿を見るだけで、胸がざわつく。

何でだよ、俺。
バカじゃねぇの?

チャドや石田は、いくつもの死線を一緒に越えた仲間だろう?
その仲間にまで、何でこんな、まるで嫉妬みたいな感情を抱いてんだよ。

…本当、バカじゃねぇの…呆れるぜ、自分に…。

「…一護。」
「あ?」

俺の名を呼ぶ声に、ふと視線を上げれば。
俺に歩み寄ってきた水色が、苦笑しながら自分の眉間を人差し指でトントンと軽く叩いた。

「3割り増しだよ、眉間の皺。」
「……。」

思わず、自分の人差し指でなぞる己の眉間。
親しい仲間には俺のトレードマークだと笑われ、それ以外の奴らには目つきが悪いと恐れられる、深く深く刻まれた皺。
…いつの間にか、癖になってしまったモノ。

「あのさ、一護。」
「何だよ。」
「…楽になりたいなら、自分に嘘はつかないことだよ。」
「水色…。」

その言葉に、思わずハッとして。
同時に俺の視線は、人混みの中で揺れる胡桃色を探す。
それこそ、無意識に…。

「そしたら、多少は緩むかもしれないね…その皺も。」

そんな俺の心の内を見透かしたように、水色もまた遠くでたつき達とはしゃぐ井上を見つめた。

「ボクには詳しいことは解らないけど…尸魂界絡みの厄介な物事は、一応決着がついたんでしょ?」「…ああ。多分な。」
「だったら、もう怖いものなんてないじゃない?のびのびと恋愛したらいいと思うな。」
「み、水色…!」
「いつまでも強情になってないで、まるっと受け入れちゃいなよ。感情を抑えつけてるのって、結構苦しいもんだよ?」
「よ、余計なお世話だっての…!」

水色の説教に返す言葉も浮かばない俺は、踵を返して。
「喉が乾いたから」ともっともらしい口実を残し、校庭の隅の水道へと逃げるように走り出した。







蛇口から、勢い良く流れ出す水。
俺はいくらかそれを口に含んだ後、汗だくだった頭ごと蛇口の下に突っ込んだ。

ザァァ…。

ほとばしる冷たい水に、ずっと自分の心と向き合うことを避けてきた俺の目が覚めていく。

…いつから、好きになった?

ユーハバッハに一緒に立ち向かった、あの時からか?

浦原さんに着せられた、あのとんでもない戦闘服姿の井上を見た時か?

ウルキオラにさらわれたアイツを取り戻そうとして、死にかけた時か?

グリムジョーとの戦いの最中、「ケガしないで」って心配してくれた時か?

尸魂界で、「生きててくれて、ありがとう」って涙ぐんだ井上を見た時か?

…そんなの、解らない。

いつからなんて解らないんだ、でも。

解らないクセに、俺はアイツに向かって「オマエを護る」って言い切って。
アイツの部屋と俺の部屋を、ごく普通に行き来して。
戦闘になんか不向きだって承知の上で、いつだって俺はアイツを手元に置いた。

…本当は。
多分、アイツの兄貴を魂葬したあの日から、心のどこかで予感していたんだ。






俺はいつかきっと、井上を好きになる…。







「…ぷはっ。」

顔を上げ、蛇口を閉めて頭を軽く振る。

「く、黒崎くん!?」

名を呼ばれた俺が水を滴らせながら振り返れば、そこには驚いた様に目をまん丸く開く井上がいた。

「おう、井上。」
「頭、びしょびしょだよ!?」
「今日暑いし、汗だくだったからさ、いっそ水かぶった方が早ぇなって。」
「そ、そうなの?」
「おう。おかげでスッキリした。」

…そう。
汗と一緒に、ずっとモヤモヤしていたモノが綺麗に洗い流されて。
水色の言う通り、まるっと認めたら何だか楽になった。

俺は、やっぱり井上が…。

「あのさ、井上。」
「うん?」
「…この後の決勝戦も、応援に来てくれるか?」

タオルで顔や頭をわしゃわしゃと拭きながら俺がそう尋ねれば、花の様な笑顔で頷く井上。

「勿論です!井上織姫、全力で応援させていただきますぞ!」
「じゃあさ…もし、俺が試合でゴールを決めたら、ちょっとを時間くれるか?…言いたいことがあるんだ。」
「うん…いいよ?」

可愛らしく小首を傾げる井上を前に、俺は俺と賭けをする。

…もし、次の試合でシュートが決められたら、その時は…。

「頑張ってね、黒崎くん!」
「おう。何ならハットトリック狙ってやるぜ。」



(2016.09.19)
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