一護→織姫・未然形のお部屋






…数十分後。

「無事魂葬できて良かったね。」
「あ、ああ…。」

純粋な瞳でそう言う井上に、罪悪感を感じつつ頷く俺。

井上を握手会からムリヤリ連れ出す為、宛もないのに虚退場に出かけて。

しばらく空座の町をうろついて、俺1人でも秒殺だろっていうちっさい虚を偶然に見つけて、「よくぞいてくれた」と感謝しつつ即魂葬。

俺は井上を抱えながら、身体のある屋上へと舞い降りた。

身体に戻った俺と井上が屋上のフェンス越しに体育館を見れば、まだ煌々と灯りがついているのが分かって。
多分、あの中では井上目当ての野郎共がまだ大騒ぎしているに違いなかった。

「まだ握手会やってるみたい。行かなくちゃ…。」

俺の隣、そう呟いた井上が、踵を返したその瞬間。

…パシリ。

「え…?」

驚いて振り返る井上、ワンテンポ遅れて翻る胡桃色の髪。
俺は頭で考えるより早く、井上の手を掴んでいた。

「あの、黒崎くん…?」
「や…その…。」

井上が戸惑いながら、俺を見つめる。
俺は、何をどう話せばいいのか解らなくて…そのくせこの手を離したくなくて、井上を握手会に行かせたくなくて。

「い…行く必要ないんじゃねぇ?握手会…。」
「でも…。」

真面目な井上に、引き受けた仕事を黙って放棄させるなんて、少し胸が痛むけど。
「その…握手なら、今ここで俺としてる訳だし…これで一応役目は果たせただろ?」
「あ…。」

俺は握手券なんて持ってねぇし、そもそもこんなの屁理屈意外の何物でもないけど。
俺がそう言えば、井上は俺が握っている手に視線を落とし、少し考えたあと小さく頷いた。

「うん…そうだね…。私1人いなくたって大丈夫だよね。あと23人もいるんだもん。」
「あ、ああ…。」

いや、例え23人いたとしても、井上目当ての野郎共には意味のない話なんだけどな。
そう考えながらも声には出さず、俺と井上はフェンスに背中を預け、手を繋いだままコンクリートに腰を下ろす。

井上のちっさい手が、俺の手の中にあることが素直に嬉しくて。
井上のちっさい手が、こんなにも愛しい。

「なぁ…井上。」

すっかり日も暮れ、星が瞬く夜空を見上げながら。
俺は久しぶりに二人きりの時間を持てた喜びを噛み締めつつ、井上の名を呼んだ。

「なぁに?」
「アイドルって…どうだ?やっぱり楽しかったか?」

俺がそう尋ねれば、井上もまた夜空を見上げて。

「うん…みんなで1つの目標に向かって頑張る楽しさみたいなのはあったかな。でも…。」
「でも?」
「正直、私には向いてないなぁって思ったよ。別に私を見てる訳じゃないって分かってても、大勢の人の前に立つのって緊張するし、恥ずかしいし。」「そっか。」
「それに、私ね…。」

そう言った井上は、躊躇うかの様に少しの間沈黙して。
そして、繋いでいる俺の手をキュッ…と握りしめた後、ゆっくりと口を開いた。

「私は…、沢山の人のアイドルとかじゃなくて、たった1人でいいから、大切な人に必要としてほしいな…って…。」
「…井上…。」
「その人が私を見ててくれるなら…私を必要としてくれるなら…それだけで私、きっとどんな困難も乗り越えて行けるもの。」

俺が思わず井上の顔を見れば、薄暗がりの中、井上ははにかんだ様に笑っていて…けれど今にも泣き出しそうにも見えて。

俺は井上の手をキュッと握り返し、そのままクッとその手を引いた。

ぽすっ…と軽い音を立て、俺にもたれかかる井上の頭。

肩が、腕が、髪が触れる。
そして、俺もまた井上の頭にそっと顔を乗せて、願うこと。

…どうか、井上の「大切なたった1人」の座にこの世でいちばん近い男は、俺でありたい。

そして、この温もりを、この小さな手を、俺の手でずっと護りたい…。

「そういうの、井上らしいな。」
「そ…そうかな…?」

…ああ、水色の言う通りだ。
後悔したくないなら、井上を誰にも渡したくないなら。

俺は。

「なぁ、井上。」
「うん…。」
「俺さ…。」

俺が告白する決心をし、息を大きく吸い込んだ、その瞬間。

カシャッ!

屋上のドアの隙間から瞬いた、眩しい光。

「やった!スクープだ!」
「は!?」
「やったやった~!これは特ダネだぞ~!」

突然何が起きたのか理解できず、唖然とする俺と井上をその場に残し、階段を大喜びで駆け下りていく男の声。

「な…何だ…?…あ!」
「どうしたの?黒崎くん。」
「思い出した…今の声、聞き覚えがあると思ったら…さっきの新聞部のヤツだ!」










…数日後。

朝、いつもの様に登校した俺は、廊下にある掲示板の前で立ち尽くしていた。


『熱愛発覚!KKI24のセンター井上織姫、屋上で二人きりの握手会!』


《熱愛のお相手は、運動部の助っ人として有名な3年・黒崎一護。ライブ後の握手会で忽然と姿を消したKKI24不動のセンター・井上織姫(写真1)が、屋上にて黒崎一護と密会し、2人だけの時間を過ごしていた姿を新聞部記者が激写した(写真2)。暗い屋上で寄り添いあい、手を繋ぐ2人。以前から交際が噂されていた2人だったが、どうやらこれで交際は確実な模様。
尚、双方の事務所に2人の関係を問いただしたところ、「プライベートなことは本人に任せています」とのコメントを発表した。どちらの事務所も恋愛関係を否定しなかったところを見るに、どうやら事務所も2人の熱愛を黙認している模様だ。今後も空座のアイドルと万能スポーツ選手の恋愛から目が離せない。》







「…俺、事務所とか持った覚えねぇけど…。」
「あ、僕新聞部の人達に『2人の熱愛は本物か』って聞かれたよ、一護。」
「…オマエか、水色…。」
「あはは、ちなみに織姫側の事務所はアタシみたいよ、一護。」
「たつき…オマエもなぁ…。」
「ま、いいんじゃない?アイドルにスキャンダルは付き物だからさ。これで井上さんと一護の仲が公認になった訳だしね。」
「……(まだコクれてねぇっての…)。」





(2015.01.14)
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